第9話 狐様と寄り道

 実際その客から交際を申し込まれたが、唯はきっぱりと断った。それからストーキングが始まったのだ。


 背後に気を付けているので、自宅はバレていないと思う。


「まあ、それもこれからは大丈夫でしょう」

「え? お祓いしてもらったからですか?」


「それもありますが、そのお狐様が見守ってくれていますから」

「小弥太が?」

 瑞連が深く頷く。

「はい、素晴らしいボディガードになると思いますよ」

 小弥太は唯の隣に座って、出されたほうじ茶を飲み、茶請けの水ようかんをもぐもぐと食べている。とても綺麗なことを差し引けば、どう見てもタダの子供だ。


 すると小弥太とかちりと目が合った。吸い込まれそうな琥珀の美しい瞳に白銀に輝く髪。やっぱり普通じゃない。


「唯、食わないのなら、お前の分の水ようかんもくれ」


 我がままで、マイペースなお狐様だ。やはりただの子供としか思えない。守られている実感などなく、どちらかというと守ってやらねばと思わせる。


「そうだ。高梨さん、バイトがまだ決まっていないのなら、うちで働きませんか?」


「え、本当ですか!」

「社務所にちょうど欠員がでていて、掃除が主で、お茶出しの雑用ですが、どうですか?」


「ぜひ、使ってください! よろしくお願いします」

 唯は食べ盛りの小弥太の食費を稼がねばならない。渡りに船だ。


「それから、妖を飼っているなどと人には言ってはいけませんよ」


 ちらりと舞香の顔が浮かぶ。


「えっと、それは頭がおかしいと思われるからですか? 友人には言っても大丈夫ですよね?」

 きっと舞香なら、信じてくれる。


「やめておいた方がいいですよ。高梨さんは陰陽寮というのはご存じですか?」


「おんみょうりょう? 陰陽師とかそんな感じのものですか? テレビとか映画でやっていたような……」


「ええ、映画や小説で出てくるアレです。安倍晴明が有名ですよね。実際に存在していました」


「ああ、平安の頃でしたっけ? 昔のはなしですよね」

 

唯もうろ覚えだ。あまりそっち方面には興味がなかった。


「もし、それが今もあるとしたら?」

「え? まさか」

 にわかに信じがたい。


中務なかつかさ省陰陽寮がいまだに存続しているという噂を聞いたんです。氏子さんからですけれど」

「なかつかさ省?」


 確かこの国の省庁は1府11省2庁だったような気がする。中務省など聞いたこともない。歴史でちらっと習った気がする。唯の記憶も定かではない。


「ただの噂ですが、妖を監視している者たちがいるという話を聞きました。それから、狐様の道案内には気を付けて」

「狐様の道案内?」


「はい、こちらが近道だと言われても絶対について行っては駄目ですよ」

「小弥太が道案内ですか?」

 

 こちらに来たばかりで、道案内できるとは思えない。


「はい、珍しい草があるとか、いろいろなことを言って誘ってくるでしょう。狐はとても悪戯ですからね。それから、よかったらバイトの時は狐様も同伴でどうぞ」


「え? 小弥太も連れてきていいんですか?」

「本人が来たいといったらですけれど」


 そう言って占い師はふわりと笑った。唯が思わず隣の小弥太を見る。彼はうまそうに水ようかんを食べていた。


 帰りは少年姿の小弥太と帰った。当然エコバッグには入らないので、バス代も電車代もかかった。小弥太の見た目は9歳から10歳くらいだ。連れて歩いているとすれ違う人が振り返る。小弥太の容姿はとびぬけて美しい。

 

 唯は慌てて途中で帽子を買って、被らせた。綺麗な顔に銀髪など目立ちすぎるが、彫りの深い狐顔の小弥太にはそんな色がよく似合っていた。


 どこの国の者とも分からない不思議な風貌である。


 しかし、服装は紺絣の着物に兵児帯。この時期だと祭りに行く子供に見えるところがせめてもの救い。それに今は帽子をかぶりどこかちぐはぐだ。冬はどうしよう? 髪を染める?

いやいや、それはかわいそうだ。


 最寄り駅に着くと小弥太が、うどん屋のチェーン店を指さした。


「唯、俺はあれが食べたい」

「ええ、小弥太お家まで我慢できない?」

 小弥太を連れて歩くのは目立ちすぎるので、速やかに家に帰りたい。


「出来ない」

 わがままなお狐様だ。


「さっき二つも水ようかんを食べたでしょう?」

「あんなもの腹の足しにもならん」

「しょうがないな」

 唯もこういう店には初めて入る。まず店の外で食券を買わなければならない。


「小弥太は何が食べたい? やっぱり狐うどん?」

「何? 狐うどんだと?」

 小弥太が、不機嫌そうに柳眉を上げる。


「そう、狸うどんもあるよ」

「ならば、狸を食らってやろう」

 満足そうに言う。


「はいはい。冷たいのと熱いのあるけれどどっちがいい」

「冷たいの」

 唯は券売機のボタンを押した。


 小弥太は上手に箸を使い、美味しそうにうどんを食べた。

 ふと唯の食べているものに目を向ける。


「その上に乗っている小判のようなものはなんだ」

 小弥太は好奇心旺盛のようだ。主に食に関して。


「コロッケだよ。食べてみる?」

 小弥太に半分コロッケをやると嬉しそうに食べた。


 言葉遣いは奇妙で、ものの言い方は上からだが、根は素直な子供のようで安心した。琥珀の瞳も澄み切っている。


「ねえ、小弥太って、いくつなの?」

「年齢を聞いているのか?」

「そう、それとも年齢なんてないの?」


 物の怪や妖のたぐいは年齢など気にしないのだろうか。


「わからん、目が覚めたら、お前が目の前にいた」


 小弥太が興味なさそうに言う。彼はどれくらい封じ込められていたのだろう。あの祠は随分と年季が入っていた。


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