第13話

 唯は昼前に副会長の敷島しきしまかおりに電話をかけることにした。サークルを辞めると告げなければならない。


 部長の阿藤あとうには言いにくいし、彼に電話をかけるのは何となく嫌だ。


 かおりは直ぐに電話に出た。しかし、唯が辞めたいと告げると、

「ええ、唯にやめられるとまじで困るんだけど」

と難色を示した。


「なんでですか? そんなことないと思いますよ。私、マリヤとも上手くいっていないし」

 さりげなく後輩女子にも馬鹿にされている。


「いや、次の会長は村瀬でいいとして、副会長はマリヤには無理でしょう。あんたに頼もうかと思ってたんだ」

 

 とんでもない話を聞かされる。引き受けたらやめられなくなってしまう。


「そんな、私だって無理です」

「困ったなあ」

「いざとなったら、明美あけみちゃんだっているじゃないですか。それに他の一年もいるし。そうだ井上君なんかしっかりしてますよ」

「井上は、唯が辞めたらやめると思う。というか唯が辞めたら、うち何人辞めるかな」


 かおりはそういうが絶対にそんなことはないと思う。


「そんなことないですよ」

「はあ、そうか、唯ってそういう子だったよね。なんていうか一見地味に作っているようで目立つんだよ。だから、マリヤなんかに目をつけられるんだね」

「え?」

「まあいいや、分かった。一年の時から辞めたいってずっと言ってたもんね。じゃあ、私から、阿藤に伝えておくよ」


 それを聞いてほっとした。


「助かります! 先輩ありがとうございます!」

「全く人の気も知らないで、まあ、サークルは離れても私とはお茶くらい飲もうね」

「もちろんです」


 唯は明るい気持ちで電話を切った。やっと辞められる。凄い解放感だ。



 ♢


 次の日、唯はバイトの初日となった。一日四時間で週二回、神社が忙しい時期にはそれに一日二日増えることもあるという。今の唯にとっては丁度良い頻度だ。


 成績優秀者で大学から給付型の奨学金を受けている。だから、勉強は頑張らなければならない。バイトで稼ぐよりも給付型の奨学金を受けた方が、より節約になる。


 バイトの初出勤は緊張する。ドキドキしながら行ってみると、赤い袴をはかされた。まずは竹ぼうきを持って広い境内を掃く。


 それから、社務所で氏子や客に茶を出したり、ときにはお守りや破魔矢を売ったりする。


 仕事自体は簡単だが、いろいろとやることが多く忙しい。あっという間に時間は過ぎていった。

「高梨さん」

 そろそろバイトも終了というころに、瑞連に声をかけられた。


瑞連ずいれんさん。バイトのご紹介ありがとうございました!」

「こちらこそ、助かっていますよ。それで、もう一つ頼みたいことがあるんだけれど」


「はい、何でしょう?」 

「宝物庫の宝物を磨いてほしいんだ。もちろんバイトの時間の範囲内で」


「はい、もちろんです。でも宝物って高価なものなのではないですか? 私が触れてもいいんですか?」

 瑞連がふわり笑う。


「高梨さんだから、御願いしているんだよ。そうだ。宝物庫の掃除担当のとおる君を紹介するね。彼も大学生のバイトなんだ。確か君と同じ学年だったかな。ちょっと紹介するよ。宝物は年に何度か一般公開していて、その時に手伝いを頼むと思うからよろしくね」


 そう言われて、広い神社の一角にある宝物庫に連れて行かれた。東京とは思えないくらい木が鬱蒼と生い茂っている。


 高床式になっているので階段を上る。瑞連がぎぎいと音を立てて、観音開きの扉を開けた。なかは薄暗く、夏なのに空気がひんやりしている。目が慣れるの少し時間がかかった。


「亨君、いるかい?」

 瑞連が声をかけると奥の方でがさがさと音がした。


「はい、何ですか?」


 背が高くがっしりとした精悍な顔立ちの若い男性が現れた。しかし、彼は唯を見た途端ぎょっとしたように固まった。


「瑞連さん、そいつ憑き物付き! 狐か?」

 そう言われて唯はびっくりした。


「大丈夫だよ。悪い憑きものではないから」

 亨の言葉に瑞連が苦笑する。


「はあ、まあ、そうみたいですね」

 亨と呼ばれた男性が訝しげに唯を見る。観察されているようで、なんだか居心地が悪い。


「どうして? なんで、わかったんですか?」

 唯が聞くと

「そりゃ、見りゃあ分かるさ。狐があんたは自分のものだと主張している」

 亨が決めつけるように言う。

「え? 小弥太が、そんなことするわけない」

 唯は反射的に言い返した。

「小弥太って……、その妖はあんたに名を教えたのか?」

 亨がぎょっとしたように言う。


「小弥太の名前は、私が付けました」


「あんた、妖に名を与えたのか?」


 矢継ぎ早な彼の質問とその内容に唯は腹が立つより混乱した。妖に名を与えると何かあるのだろうか? 唯にはさっぱりわからない。


「フェネックだと思っていたのよ。普通、妖なんているとは思わないでしょ。だから、ペットにしていたの」


「変わった人ですね」


 亨がびっくりしたように目を瞬いて、瑞連に言う。初対面で変わっていると言われたのは初めてだ。彼は少々口が悪いのだろうか。それに失礼だ。唯は腹が立ってきた。


「亨くん、人出が欲しいといっていたでしょう? 彼女なら適任だと思って連れて来たんだよ」

 亨は瑞連の言葉に気まずげに頭をかく。


「……確かに適任です。あっと、いろいろと失礼なことを言ってごめん。俺、犬上亨いぬがみ とおる、って言います。よろしくお願いします。えっと」


 亨はあっさりと謝ると、打って変わってかんじよく唯に挨拶をする。


「私は、高梨と言います。よろしくお願いします。犬上さん」

 唯も挨拶を返した。


「あ、悪いけれど。名前で呼んでくれる。俺、犬上っていう自分の苗字嫌いなんだ」

「え? ああ、はい」


 事情があるのだろうか? それにしても少し変わった人のようだ。


「大丈夫、君の事は高梨さんて呼ぶから」


 そう言って爽やかに微笑んだ。さっきの不躾な態度は鳴りを潜めている。とりあえず敵意はなさそうで唯はほっとした。


「そうそう、高梨さん。おれ半分妖だから。時々いわくつきの宝物に触れると耳やしっぽが出ることはあるけれど気にしないで」

「へ?」

 亨のとんでもない発言に唯は呆けた。


「人間と狼の妖のハーフなんだ。あらためてよろしくね」

 といってにこにこと笑う亨に、絶句した。サラリととんでもないことを言う。


「へ?」


 唯が慌てて瑞連を見ると、

「君なら、ここのバイトはうってつけだと思ってね。この神社はなぜか昔から、妖関連のものが集まって来るんだ」

と言って笑った。


――え? 笑っている場合? なんで? どういうこと? 妖関連が神社に集まって来る? 家にもバイト先に妖が……。


 唯はプチパニックで固まった。


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