第3話

 ロビーに入るな否や、VRゴーグルに躓いて盛大にコケた。コケたほうのエフ氏(スワンプマン)が立ち上がり、コケなかったほうのエフ氏がゴーグルを拾い上げる。今日はスワンプマンが喋り担当だ。(なお主幹は自分自身の遺産を一部分けてもらえた)

「一発芸大会なら向かいの演芸館ですよ」受付のペッピー君だ。どこも人手不足である。

「いや、一発芸観に来たんじゃないんで」

「出演してるほうでしたか」

「出演もしてない。なぜそこまで演芸館にいかせたがる。ライブに来たんですよ」チケットを出した。地下アイドルのライブを観に来たのである。

「あれれ、一枚しかないですよ。もうお一方は?」ペッピー君がオリジナルのほうのエフ氏を手で示す。

「その、同一人物なんですよ。私たちは同じ人間なんです。だから一人分で入れるのではないかと」エフ氏はとてつもないケチだった。

「またまた〜、ロボットだからってからかうのはヒューマンの悪いクセですよ。ところで“ロボット”ってカレル・チャペックによる造語で……」

 ペッピー君の雑学を無視し、エフ氏はスワンプマンについて説明を試みた。

「SMAPマン?ジャニーズ事務所の方ですか?懐かしいですねえSMAP!」

「いや、スワンプマンです。沼のスワンプ。地下アイドル沼にハマっちゃったせいですかね。ハハッ」

「それよりチケットはどうするんです?一人分で二人は入れませんよ」

「他人の冗談には厳しいのか……」

 突然ペッピー君がバックヤードに向かって叫んだ。「ちょっと来て下さーい!!怪しい二人組が一人分のチケットで押し入ろうとしてます!!助けて下さい!!この人は悪人です!!」

「人を悪人扱いするんじゃないっ!」

 ペッピー君は一瞬で元のテンションに戻った。「そんな怒らなくても〜」

「いや、失礼……」

「そんなに入れ込んでるならズルしないで二人分買えば良かったのに。誰推しとかあるんですか?どういうグループなんです?」

 エフ氏は堰を切ったように喋り始めた。彼の説明はオタク特有のハイテンション早口で要領を得ないので、代わって簡潔に述べる。

 四人組のハードロックバンド地下アイドルで、グループ名「ならず者グリムリーパーズ」。ドクロのフェイスペイントをしており、古典落語『死神』を題材にした派手な演出で知られる。演奏開始前に、ベースのジャイアントサラマンダーが火のついたロウソクを腹にくくりつける。演奏終了後、舞台が少し明るくなって、ドラムのダスゲマイネ(エフ氏の推しである。「冥界から来た」と主張しているが本当は鳥取県出身)が「もう明るいから消したらどうだ」と言う。そしてジャイアントサラマンダーがロウソクを取って灯油を口に含み、火吹きをする。

「それKISSじゃないですか。ジーン・シモンズにシバかれますよ」ペッピー君はなぜかロックに詳しい。

 スタッフがバックヤードから出てきた。人間である。

「すんません、一発芸の練習しとったもんで」

「仕事中に何してんですか……」

 ペッピー君が状況を伝える。「コイツらが一人分のチケットで二人入ろうとするんですよ。おかしな野郎どもですよね〜」

「急に口悪いなこのロボット。スタッフさん、私たち同一人物なんですよ。一人分のチケットで入れませんか」

「それはできません。会場には定員がありますから。分かってもらわなあきません。んん?それ俺のゴーグルやないですか。落としとったんや。拾ってもろてありがとうございます!」エフ氏からVRゴーグルを受け取る。

「これ一発芸で使うんですわ。VRショーゆうんをやっとりますんで」

「一発芸でVRショー?聞いたことありませんが……」

「VRゴーグルを5つ使ってジャグリングするんですわ」

「思ってた用途と違うな……」

 スタッフは話を戻した。「それはともかく、チケットですけど、一人分で二人入ることはできません。埒が明きませんから、ジャンケンなり何なりで決めたって下さい」

 結局エフ氏も諦め、ジャンケンで決めることにした。勝ったのはスワンプマンだった。スワンプマンは快哉を上げ、オリジナルは肩を落す。

 ペッピー君が口を開く(口は無いが)。「お客さんドラム推しでしたね。ドラムとかけて〈ズルをする〉とときます。」

 スタッフが合わせる。「その心は?」

「どちらも“バチが当たる”でしょう」

 しかしエフ氏はもう聞いていなかった。スワンプマンのほうは会場に向かい、オリジナルのほうは外に出てしまっていた。


 エヌ氏はパチンコで大負けして家に帰るところだった。酒が入って足取りも荒い。

 研究所への就職に失敗した後、IT企業に勤めていた。失意から酒とギャンブルにハマり、仕事はうまくいっていなかった。

 駅の方から歩いてくる人物に見覚えがある気がした。記憶を手繰ること十秒ほど。エヌ氏はその人物の腕を握っていた。

「久しぶり。エフじゃないか、元気だったか?7年振りかな」

 エフ氏は目を丸くしてエヌ氏を凝視していたが、しばらくして腕を振りほどくと「なんだお前か」と吐き捨てた。ジャンケンに負けてライブを観れず、気が立っていた。

「俺のハンドスピナー借りパクしたこと覚えてるか?自転車壊したのは?」エヌ氏は引きつった笑いを浮かべる。

「まだそんなこと根に持ってんのか?しつけーな」

「ズルして俺を蹴落としたのも『そんなこと』なんだよな」

「ズルなんかしてねぇ。あれは全部実力の差なんだよ。お前が無能で俺が優秀だったからだよクソが!」

 エフ氏の身体が吹っ飛んだ。エヌ氏が思い切り殴りつけたのだ。あいにくエフ氏は階段の上に立っていた。

 

 コンサートが終わりエフ氏が会場を出た。通知を確認しようとスマホを開いた彼は、主幹からの着信を見つけた。折り返し電話をかけてすぐ主幹が出た。

「警察から連絡があったのだ。君が死んだらしい。身元の確認に来てくれ」


 警察署の遺体安置室には私服刑事と制服警官、医師のような格好をした人物、主幹とエフ氏がいた。

 エフ氏は遺体を仔細に眺めて、自分の遺体であることを確認した。

 刑事が頭を下げて言った。「ご愁傷様です」

「可哀想に俺、死んじまって……」エフ氏が涙ぐむ。

「しかし、死んでいるのは確かに俺だが、こうして喋ってる俺は一体誰だろう?」


 終

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粗忽スワンプマン 鳥取の人 @goodoldtottori

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