第13話

 俺はツムギを――沙希を強くするためにゲームに必要なこと全てを教えようと奮起した。そのために、まずは資料を渡す。


 自作のノートを二十冊。


 全武器のリコイル方法が書かれている。点字のようなものもあって――俺の感度に合わせているが――マウスを置いてなぞればブレなく撃つことが可能だ。


 手癖として覚えさせる練習方法である。


 銃弾の八発までが右下で左四発、右三発、残り左下など。武器毎のリコイルが書かれている


 他には全てのマップにある強ポジや芋ポジ。キャラの背丈にあった頭出しポジションから、こちらからしか視認できない壁の隙間など。


 侵入不可能な高所によるテンカウントは蛍光ペンで塗られており、バグで滞在可能な所は印が付けられている。


 建物の構造も写真付きで登り方の解説も完備。立ち回りについても万全だ。


 シーズン毎の安置収縮の傾向だったり、最適な移動ルート。パーティー内のキャラの相性によっては詰む場所も書いてある。


 他に、キャラ毎の特性を生かした凸り方と漁夫対策。扉の壊し方や、ブロックの方法。


 ストレイフなどの技術も理論からやり方まで示されているが、ここは別に見なくてもいい。興味があればキャラコンの幅も広がるが、あんなのは基本が出来てからである。


 とにかく、強くなるために必要なものを頭へ叩き込んでもらう。


 嵩張ったノートを渡された沙希は口を半開きにし、めちゃくちゃ嫌そうに俺のノートを受け取った。


「これ全部……?」


「ああ、暇なときにでも目を通しておいてくれ」


 パラパラとノートを捲った沙希が呟く。


「……字が汚い」


「読めるだろ……?」


「……かろうじて」


「嫌になったらやめていいからな。ゲームはストレスを感じてまでやるべきじゃない。楽しむべきだ。だけど、覚えたら楽しいぞ。神ゲーだし」


 ここまで覚えなきゃいけないことが多いとは思っていなかったはずだ。だが、FPSにおいて強くなるためには知識を吸収するしかない。


 途中で投げ出すだろう。そのつもりで俺は教えていく。覚えるのが嫌になったとしても、今よりは確実に強くなっているのだから。


 俺は教えるのにあって、ゲームが嫌いにならないラインを見定めなくてはならない。


 一応、ダメ押しとしてエイム練習は毎日欠かさず三十分やることを義務付けた。これを日課にすることで、比較的エイムは良くなる。


「じゃ、まずは操作から教えてくよ。サブキャラ作ってくるから待っててくれ」


 自室に戻って手早くサブ垢を作り、沙希とフレンドになる。


 お互いにボイチャを繋ぎながら訓練所まで行き、俺は操作方法を口頭で説明しながら動くボットに徹した。


 俺が操作するキャラを撃ってもらい、エイムの練習だ。色々な武器を試してもらいながら、銃弾を受け続ける。


 銃を撃つことに慣れたら左右移動をしてもらい、通称レレレと呼ばれる被弾を抑える技術を教える。


 左右移動は基本だ。銃を撃ちながら、無意識に出来るまでやらなくては話にならない。


 頭を混乱させながら銃を撃っていく沙希に、俺は棒立ちからレレレしたり、屈みやジャンプを加えたりして弾避けしていく。


 訓練所ではダメージを喰らい、ヒットポイントがゼロになると初期位置に戻される。


 時間の無駄を省くため、キャラ選択して別のキャラに変えたら全回復する仕様を活かしつつ、アーマーを早着替えしながら忙しい操作を数十分繰り返す。


 ある程度、満足にエイム出来るようになったらカジュアルモードへ。


 実践だ。だが、一から教えるつもりなので、チュートリアルみたいなものだ。


 俺はサブ垢なため、沙希の実力に合ったマッチングとなる。野良の一人を交え、航空機の場面に移り変わった。


「え、どこ降りればいいっ?」


 ジャンマスになった沙希が慌てているが、俺がピンを差して場所を示す。


「ここに降りようか。カジュアル繰り返して場所に慣れるためだから、敵が居なければぶっちゃけどこでもいい。降りたら、左側の数字があるだろ? それが大体148ぐらいの目安で斜めに傾けて降りるんだ」


 長距離用の降り方は教えない。慣れてからのほうがいいと判断した。


 ダイブしながら周りの視点を見れる操作を教えつつ、建物に向かって降りる。


 航空機の経路から外れた場所なので降り立ったのは俺達だけしかいなかった。ゆっくりと漁り、建物を探索する。


「あ、これさっきの武器! 二つある!」


 沙希が気に入っていた武器を二つとも装備したようだ。本来なら近距離と遠距離用を使い分けるべきだが、最初は好きな武器だけでもいいだろう。


 アーマーや武器を揃えつつ、安置を目指して移動を始める。


「左上のマップあるだろ。移動中も三割ぐらいは常に意識してくれ」


「敵居ないのにマップ見る必要あるの?」


「仲間の位置を把握するためだよ。撃たれたらすぐにカバー出来るように、めちゃくちゃ大切なことだからな。視界に映る情報と耳に聞こえる足音の次ぐらいだけど」


「なんか色々見なくちゃいけないんだね」


「まあ、やってると無意識で見るようになる」


「あ、戦闘してる。これ、いっちゃっていいやつ?」


「ちょっと待ったほうがいい」


 安置収縮によって狭まったフィールド内には俺達を含め四部隊のパーティーが存在している。カジュアルだから減りが早い。


「行かないの? 何で?」


「右上にキルログ流れてるだろ? これで部隊の人数を把握するんだ。名前の横に銃のマークも付いてるから、銃音と一致してる武器か確かめて人数が少なくなったら突撃する。人数フルのところに行っても挟まれて死ぬから」


「そんなことまで分かるんだ……」


「慣れたらだけどな。あと五秒後に突撃するぞ」


 分かりやすいようにカウントして、野良の味方用に攻撃ピンを差して突っ込んでいく。


 建物で撃ち合ってる二部隊へ切り込み、沙希と野良の味方を先頭にして俺は後ろから銃を発砲してヘイトを稼ぐだけに留める。


 ここは初心者サーバーのカジュアルモードだ。相手も初心者で、俺が撃って勝つのは当たり前。


 沙希の練習のためなので、指示を出す。引いたり、そのまま追っかけて倒せとかの指示だ。


 人数有利で始めた戦闘は沙希と野良の一人が活躍し、無事に勝利を収める。


「やった! 勝ったよ!」


「ナイス。あと残り一部隊な」


 残り一部隊の敵は一人も欠けておらず、三人が纏まっていた。安置の位置はこちらが有利で、建物の上から撃ちまくって防衛すれば勝てる試合だ。


 中距離からの撃ち合いが始まり、味方のアーマーが大きく削られた。俺も撃って少しだけ削り返すが、相手は一気に建物まで攻め込んでくる。


 敵の一人が壁ジャンから野良の一人を瞬溶けさせ、ストレイフの急転回で野良の味方へ詰めていく。高等技術を駆使したキャラコンに弾を当てられなかった沙希も、すぐに溶かされてしまった。


 他二人の敵も初心者とは言えない動きをしている。


 チートではない。


 明らかにこれは――。


「え、え?」


 沙希が一瞬でダウンまで持っていかれ、呆然としている。


 俺はそれを視界に収め、舌打ちした。


「スマーフ野郎か……ッ」


「ごめん、死んじゃった!」


 俺の舌打ちに沙希が謝ってくるが、そうじゃない。


 俺が苛ついたのは、こいつらが初心者狩りをしているからだ。


 サブ垢を作り、力を誇示して悦に浸っているクソ野郎共。ゲーム内の称号を手に入れ、アカウント売買している輩も居ると聞く。


 俺はそれを許せなかった。


 初心者がゲームを楽しむ前に萎えて辞めてしまう原因の一つなのだ。


「悪い、こいつらは普通に倒すわ」


 俺はそう呟くと、スーパーグラインドで敵の一人へ詰め、ショットガンを頭に三発決める。全てヘッドショットになり、敵の一人をダウンまで持っていく。


 直ぐ様、グレネードを真上に放り投げ、扉の手前にもう一つの投げ物を投擲する。


 二体一の状況から1on1を強制的に作り出す。


 敵がやっていたようにストレイフジャンプからの壁ジャンプを駆使し、背後を取る。反転してきたが、遅すぎる。


 一人を確実に落とし、あとは残る一枚だけ。


 アーマーは半分しか削られていない。


「え、つよ……」


 沙希の呟きを聞きながら、最後の敵と相対した。レレレからのエアストレイフで、空中を浮遊しながら全弾を当てて処理する。


 画面にはフィナーレの文字。


「GG」


「え、なに、優作ってめっちゃ強くない!?」


「……まあ、一応は全シーズンレジェ帯だし」


 初心者狩ってイキってるやつを倒しても誇れはしないんだけどさ。


「レジェ帯って何?」


「ランクの一番上ってことだよ」


「へえ、良く分かんないけど、やばすぎ。動きめっちゃ曲がってたし、なんか気持ち悪かった!」


 率直な感想に笑いつつ、俺は敵が雑魚で良かったと胸を撫で下ろしていた。

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