第12話

 授業を終え、俺はイヤホンを片耳だけ刺してツムギの歌ってみたを延々とリピートしながら帰宅する。家に着くとリビングに行き、水を口に含んでいると玄関が開いた音がした。


 沙希が帰ってきたのだろう。鼻歌が聞こえ、大会に出られることに興奮が冷めてないのか機嫌が良さそうだ。


「ただいま~」


「おかえり」


 自室に戻ろうとして、玄関で靴を脱いでいた沙希と対面する。


「あ、優作も帰ってたんだ。着くの早いね」


「まあな。一人で帰ってるし……」


 学校から寄り道は滅多にしない。ゲームをする時間を確保するためだ。


「今度から一緒に帰る?」


「え、無理」


 何気ない提案を即答し、二階へ上がろうとする。


「……何でそんな嫌そうなの?」


 三段ほど歩くと窺うような声音で問われ、振り返ってみると沙希が頬を膨らませていた。


「ないだろ。誰かに見られて困るのはお前だぞ。今日の配信は楽しみにしてる。頑張れよ」


 そう言い捨て、もう一度振り返ることはなく階段を上がっていった。


「頑張るけどさ……そんなことないのになぁ」


 沙希の呟きに後ろめたくなる気持ちもあった。


 しかし、俺と沙希はただの同居人だ。クラスメートでもある。あんまり仲良くしていると周りから勘違いされるのを危惧しているのだ。


 沙希は人気者で、俺は日陰者。


 どうしようもないほどに高い壁がある。俺達は相容れない存在だ。





 今夜はどんな配信をしてくれるのだろうかと楽しみにしていた。沙希はチーム練習だと言っていたし、頑張ってもらいたい。


 そんな素直に応援したい気持ちが俺の中にあった。


 クソビッチだと罵っていた沙希も悪いやつではないのだ。少し派手なギャルで、見た目が軽そうなだけで。


 vtuberの中の人が全く違うということは多いと聞くし、俺の理想を押し付けていただけに過ぎない。


 それはもう飲み込む。純粋な気持ちで沙希を、ツムギを応援する。大人になるのだ、俺も。ツムギを想う気持ちは誰にも負けていないのだから。


 ――俺はツムギが初配信を始めたときから応援している最古参勢の一人だ。


 最初の頃は他の個性が強い四期生に埋もれがちで、登録数が伸びなかった。


 しかし、俺はツムギが可愛すぎてネットの天下を取ると確信し、掲示板の至るところにステマした。


 荒し認定されたが、爪痕は残せたと思う。少なからず、20人ぐらいは俺の文面にキルされてツムギを見て好きになってくれた人も居るはずだ。


 一人でも多く見てくれたらいい。そこから認知される。


 その気持ちだけでツムギという天使を世の中に広めた。ツムギからすれば余計なお世話だったのかもしれないが、居ても立ってもいられなかったんだ。


 ツムギの配信は一生懸命なのが伝わってきて好感しかない。キャラ付けに迷走していた時期もあったが、自称清楚となってからには落ち着いている。


 こんな可愛い子が存在しているのだから、皆が見るべきだと。


 俺は沙希のことは度外視にしてでも、ツムギが大好きなのだ。


 スマホ画面の待ち受けにしているツムギを撫でる。可愛すぎて魂を画面のそちら側へ持っていってほしいぐらいである。


 人生詰んだらツムギが住む世界へ逝きたい。


 ひとしきり撫でて満足すると俺は意識を切り替えることにする。時間が惜しいからペロペロはしない。


 これからはゲームの時間。俺は学生だが、勉強する百倍はゲームを本気で取り組んでいる。


 プロゲーマーとストリーマーとチーターが多数存在する魔窟だ。大半がフルパーティーでマッチングも遅い。ランクを維持するためにも、精神を磨り減らさなければいけないのだ。


「よし、やってくか」


 ホームからキャラ選択画面に転移される。俺はお気に入りのキャラにカーソルを当てた。




 飯を食べ終え、自室に戻る。


 ツムギの配信を見なくてはならない。三十分前に不安そうにしていた沙希を見たが、背中を押す言葉を投げてみたものの効いているのか分からなかった。


 何故か、俺もソワソワしてしまう。


 頑張れ、ツムギ。


 大好きなツムギへ念を送っていると待機画面が切り替わった。


『こんばんは~。ニーテンゴジ所属のカエデです~。今日は後輩たちとやってくので皆さん良しなに~』


『みんな大好きリンちゃんだよ~。よろしくねー!』


『こんツム~。自称清楚担当してるツムギでーすっ。初心者ですけど頑張ります!』


 三人のvtuberが挨拶していく。


 コメントが流れ、ファン達がこぞって文字を打ち込んでいる。


 俺も応援の言葉を打ち込もうか迷ったが、結局送信ボタンを押さなかった。沙希は俺のハンドルネームを知らないだろうけど、やめておくことにする。


 コメントの話題としては次に開催される大会について、このメンバーで出るのかと聞いてる人が多かった。


 この時期に三人でのパーティーだ。


 大会に出る者達は既にチームメンバーを決め終わり、各自練習に励んでいる。チームリーダーしか公表されていないから、予測してしまうのも無理はないだろう。


 カエデやリンと話を交えながらツムギがゲーム内の部屋に入った。少し上擦っている声で話しているの聴き、俺はスマホを握り締めて祈る。


 どうか無事に楽しんでくれと。


 マッチングが行われ、カジュアルモードに集まった20チームが参戦する。


 三人一組。計六十人で一位を競い合う。


 キャラ選択画面に行き、各々が得意なキャラを選択していく。ジャンマスを任されたのはカエデで、航空機の画面に移り変わると即降りした。


 開始一秒でのダイブだ。


 三人のキャラが引っ付き、デフォルトのダイブ軌道の線を残しながら激戦区に降り立つ。


「まじか……」


 俺はそれを見て、不安が的中してしまったことを確信する。


 直降りをすると高確率で激戦区となり、数多くの凸プレイヤーがこぞって降りてくる。バトルロワイヤルではなく、デスマッチ系が好きな者による銃撃戦だ。


 カエデやリンのようにそれなりにやっている者なら撃ち合いの練習にもなるが、ツムギは全くといって言いほどの初心者。


 初級者ではない。どこに物資があるのかも分かっていないのだ。


 ツムギはあたふたしながら建物の中に入り、敵が既に銃を拾ったところへ行ってしまった。


 発砲音が鳴り、アーマーを削られる。悲鳴を上げながら逃げるツムギだが、どこまでも追ってくる敵に成すすべがない。


 弾避けの斜め移動を加えることもせず、壁ジャンで被弾を抑えることもできず、直ぐに肉を削られてしまう。


 ツムギはヒットポイントがゼロになって即ダウンした。


「カエデ……お前」


 俺はごめんなさいと謝り続けるツムギが痛々しくて見てられなかった。トロールとかそういうものではない。こんなの当たり前だ。


 こうなることを予想していなかったのか。


 コメントがすぐにダウンしたツムギを責めていた。ツムギ以外のvtuberのファンかアンチだろう。


『どんまいです~。繰り返しで強くなりますから~。頑張りましょ~』


『ツム、大丈夫だよ! 分からないことあったらドシドシ聞いて!』


 弛い声でフォローするカエデに俺は怒りを覚える。リンもどうしてそんな風に言えるのだ。


 二人はゲームを始めたての頃を忘れている。


「……繰り返しで覚えるわけねえだろ。操作も満足に分かってねえんだぞ」


 俺は怒気を吐き出しながらも見ていたが、そのあと一時間ほど三人で回してから終了となった。


 ツムギの結果は散々。毎試合がファーストダウンの二桁ダメージ。応援しているツムギ勢なら分かるだろう。声が震えている。彼女は泣きそうになっていた。


 ツムギの枠では励ますコメントが多い。


 ――仕方ないよ。次頑張ろ

 ――マップ覚えなきゃだね

 ――好きな銃見つけてからカジュアルいくべし


 リスナーに愛されている。多くの者がツムギの感情に気付き、声援を送っている。


 俺もその一人だ。


 ツムギは悪くない。悪意ある切り抜きをされるだろうが、非はないのだ。


 そもそも、このゲームはスキルマッチが採用されている。パーティー内で最も強い者が基準となり、同じような実力差でマッチングされる仕組みだ。


 スキルマッチはランクに比べて比較的アバウトだが、ツムギは初心者である。銃の名前すら覚えておらず、これでいくら頑張ろうと練習にはならない。


 せっかく、ツムギ――沙希が楽しみにしていたのに、これではあんまりじゃないか。





 ツムギが配信を切り終わったのを確認した俺は部屋を出た。


 難しいねとか、ちょっと失敗しちゃったなーなんて、健気にコメントを返していたツムギが心配だったのだ。


 俺は沙希の部屋の前までやってきて、扉をノックする。


 コンコンと叩いても返事はない。


「……入るぞ?」


「ちょ、勝手に入らないでよ……」


 ゲーミングチェアに座った沙希が目元を赤く腫らしている。やはり、泣いていたのだ。


 リスナーの前だからと気丈に振る舞い、配信を終わらせていた。


「お前は悪くないよ。これは誰が見ても分かる。始めたばかりのゲームなんてやり方が分からないのは当然だ。カエデが悪い。リンが悪い。ツムギは初心者なんだ。負けて当然だろう。あの二人は最初の頃を忘れてる」


「……でも、せっかく誘ってもらったのに。これじゃ、足手まといだよ……」


「強くなって見返せ。弱いだなんて誰にも言わせるな。お前が望むのなら、俺が教えてやる。全シーズン現役レジェ帯の俺が、ツムギを強くしてやる」


「出来るの……?」


「当たり前だろ。FPS十二年の俺を舐めるな」


「十二年って、計算すると五歳ぐらいからやってるんだけど……」


「俺の人生はFPSだ。だから、頭も悪い」


「ふふ、それって関係ないじゃん」


 少しだけ笑ってくれた沙希にホッとしてしまう。


「まあな。で、どうなんだ? 俺に教わるか?」


「うん。優作を信じるよ。ツムギのこと一番分かってるのは優作だからね。お願い、わたしのこと強くして」


「任せろ。だけど、甘くはないぞ。あんなこと二度とあってはいけないんだ。ツムギはいつもみたく調子良く笑っていてくれ」


「うん……本当にありがとね」

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