第11話

 休みを跨ぐと憂鬱となるクソったれた日常がやってきてしまう。学校へ行き、授業を消化する日々だ。


 昨日は沙希に配信どうだったと感想を聞かれたりもして、俺はツムギの声は人類の希望だなと答えておいた。


 そういうのを聞きたかったわけじゃないと言われたが、俺は言葉を濁すしかない。指示厨と呼ばれる害悪な奴になりたいわけではないのだ。


 本気で大会を目指し、レジェ帯でも活躍できるほど強くなりたいというなら話は別だが、そうではないだろう。


 まずは、キャラコンとか戦略の駆け引きとか考える前に、マップを探索して武器に慣れるしかない。


 初心者のときは手探りでやるのが一番楽しいのだ。


 だから、俺はソロでカジュアルを回す際、地雷行動となることだけを伝えておいた。ジャンマスと同じところに降りないとか、味方の射線を邪魔するなとか簡単なやつだ。


 ボイチャを繋がないなら、ピン立ても必須だと言っておく。


 そんな感じで、ゲームを通して俺と沙希は少しは仲良くなった。しかし、一緒に家を出て登校してるわけではない。


 沙希からは一緒に行こうと提案されたが、俺が断固拒否した。考えれば分かるだろう。沙希と一緒に行けば疑惑をかけられてしまう。


 カースト上位の絆は強い。依存していると勘違いするほど強固である。見た目が整った者達と、スポーツ推薦組による教室内でのトップ集団。


 彼等はどんな時でも常に一緒に居て、俺がそこへ混じるわけにはいかない。


 俺は教室の端でひっそりと過ごす陰キャ代表だ。誇りをもって陰キャなんだと自負している。陽キャにはなれない。


 ウェイウェイしてウェイウェイするとか意味不明なんだ。あいつらとは頭の構造から違う。


 俺の見立てではあいつらは多分だが、テレパシーを習得しているね。


 陰キャの俺には習得不可能な技術だ。


「あ、沙希。おっはー」


「はよー」


「二人ともおはよー」


「ねえ、見てよ。陰キャがイメチェンしてるんだって! 似合ってなくてウケるんだけど!」


「え、うん……?」


 おいおい、どういうことだってばよ。休日に会ったとき、俺のことを格好良いかもとか言ってきやがった奴に罵倒されてるんだが。


 まあ、美容室でやったような髪の毛をセットしていないけどさ。


 教室内に入ってきた沙希も二人へ何とも言えない表情を向けていて、俺は聞こえない振りをしてスルーした。


 肩がピクりと動いただけで、何も反応はしない。


 そう、沙希を含めて他人だ。先週まではそうだった。だから、何て言われようとどうでもいい。


 沙希とは一緒に住むことになっても、学校では変わらない距離感が大切なのだ。


 親父に聞いたら沙希の名字だけは同じにしないらしいし、クラスメート達に詮索されないための配慮なのだろう。


 だから、俺は横目でちらりと沙希を一目見て、いつもの日常に戻ることにする。


 独りぼっちで過ごすいつもの日常だ。


 今日はツムギの動画を見ず、机に腕を組んで寝る。本人が居る横で動画を見るなんて羞恥プレイを極めたいわけじゃないからな。


 でも、なんだろう。ホームルームが始まるまで少しの時間なのに、とても遅く感じてしまった。





 授業をこなす。とても疲れた。教師の声がウザい。周りの声が頭に響き、脳を揺する。


 吐き気がする。調子がすこぶる悪い。俺はいったい何の病にかかったんだ。


 教室で騒ぐ奴等が煩わしい。男の野太い声は耳を殴打し、女の姦しい声は鼓膜を刺してくる。


 とにかくうるさい話し声は俺の苛々を溜め込んだ。今にも爆発しそう。


 ああ、早くツムギの動画がみたい。充電不足だ。すぐにでも癒されたい。天使の声で俺の脳を因子分解してほしい。


「あー」


 昼休みとなり、うめき声を発しながらフラフラな足取りで屋上を目指す。一刻もツムギの動画を見なければ俺は死んでしまうかもしれない。


「優作! ねえ、ヤバイって! 見てこれっ、誘いきた!」


 弁当を置いて、さっそくスマホで動画を流そうとしたら中の人がやってきた。息も絶え絶えに走って階段を上ってきた沙希へ、俺は泣きそうな顔で懇願する。


「頼む。死にそうなんだ。ツムギの声を聞かせてくれないか……!?」


「え? えぇ……」


 沙希の足元にすがり付き、短いスカートの端を握った俺をドン引きしている。だけど、本当に死にそうなんだって。やばいんだって。


「頼む。お願いだ! 生声! 俺はもう駄目なんだ! この通りだ! ツムギを生で! このままじゃ、死んでしまうッ!」


「意味わからないし、マジな目が怖いんだけど。もう恥ずかしいんだけど、仕方ないなぁ……。こんツム~。ニーテンゴジ所属、自称清楚担当のツムギだよ~。優作が元気ないにゃー? これでいいのかにゃ?」


「ほんっと好き。頭の中身が溶けそう。好きすぎて辛い。ツムギ、結婚してくれ」


「で、気が済んだら離してくれない?」


 沙希の声で我に返る。


 おっと、どうやら俺としたことが取り乱してしまったようだ。


「ふぅ、すまんな。ありがとう。生き返ったよ」


「怖……。切り替えも早すぎて、ガチ恋勢こわい」


「で、何だって?」


「あ、えっとね。これ、誘いが来たんだってっ。大会のメンバー! ね、見てよ!」


 そんなことあるかと俺は沙希のスマホを覗く。始めたばかりの初心者を誘うなんて有り得ない。


 現ランク帯や競技シーンで活躍しているかどうかのポイントにより、チームが決められるのだ。プロゲーマー二人が致し方なく誘うぐらいじゃないと割に合わない。


「って。うお、マジなやつ……。しかも大先輩、第一期生のVだ」


 ゲームをリリースからやり込んでいるvtuberで、動画配信の八割ぐらいやってる人だ。


 大会にも毎回参加している常連で、前回の大会は韓国のプロゲーマーと組んでいた。


「そうっ! あのカエデ先輩が誘ってくれたの! もう一人はリンちゃん!」


 嬉しそうにはしゃぐ沙希がスマホを見せてくる。子供が自慢するような自然な笑みにつられ、俺も笑ってしまう。


「……良かったな。こんなに早く大会に出られるなんて。初心者を誘うの意味不明だけど……」


 小鳥カエデというvtuberは数多くの企業系vtubarの中でも大御所の部類だ。今は人気になっているが、vtuberというものが浸透する前から動画配信をしていた古参でもある。


 彼女は沙希と同じくニーテンゴジに所属していて、前回の大会でストリーマーと韓国のプロゲーマーと一緒に参加するぐらいエペに本気だ。


 FPSについて、右も左も分からないツムギを誘う利点が思い付かない。


 沙希がリンと気安く呼んでいるvtuberも同じく、ニーテンゴジ所属の四期生でツムギの同期になるが、前シーズンから始めていてパッドでプレイしてるせいか脳筋エイムが長所となっている。


 そんな二人のランク帯を考えても残り一枠にはポイントが余っていた。初心者である沙希をメンバーに加える意味はない。


 だが、誘われたツムギもとい沙希は嬉しそうに頬を蒸気させていた。


「ね、ヤバいっしょ!? 今日からチーム練だってさ! いやー、頑張らないとね。とりま、優作に報告しようってなった!」


 なんでそこで俺に言うのか謎だが、嬉しそうで何よりだ。


「頑張れよ。最初はトロールしてもいいから、味方のカバーだけ専念しろ。後はカエデに教えてもらえばいい」


「うん! トロールとか意味分かんないけど、めっちゃ楽しみ! それじゃ、二人のところ戻らないといけないから教室いくね!」


 慌ただしい沙希が屋上から出ていく。スカートがはためいて見えたのは黒色だった。


 激戦区を駆け抜ける猛者プレイヤーのような走りに俺は苦笑いし、静かになった屋上で弁当箱の蓋をあけた。

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