第8話

 美容室を出た俺達は次に駅へ向かった。沙希の目的とする場所は隣街にあるそうだ。


 その間、美容室代を返そうと財布を出したが、沙希は俺から金を受け取るようなことはしなかった。


「わたしのほうが稼いでるからいらないよ」


 と、逆にマウント取ってきやがったのである。vtubarとして稼いでいる額は詳しく分からないが、俺よりも遥かに財布の中身は潤沢なのだろう。


 ツムギだもんな……稼いでるよな。


 そういうことなら、無理に受け取ってもらおうとはしない。いずれ、何かしらで借りは返す。


 電車を乗り換え、やってきたのは大型店の3階フロア。俺が行きつけの場所だ。沙希の目的地もここらしい。


 この店は電化製品がメインに扱っている。というか、ゲーミング用専門店だ。


 ずらりと並ぶモニター。無線や有線のマウス、ヘッドセットやマイクなどゲームをするのに必要な物が揃っている。


 マウスパッドやゲーミングチェアなどもあり、お試しで使用感を確かめるコーナーも用意されていた。


 俺は目を輝かせる。三ヶ月に一度は来ているが、見るだけで楽しい。


「お前、センスあるわ。くっそつまらない買い物だと思ってたけど、ここは男なら楽しいやつ」


「なぜに上から目線。まあ、いいけどさ。で、わたしゲーム配信してるじゃん? どれが良いのかなって思って実際に触って買いたいんだよね。一人じゃ心細いし……」


「おう、何でも聞いてくれ。ゲームなら詳しい」


「優作の部屋に色々あったもんね。そんなに豪語するなら、聞こうかな。えっとさ、色々と新しく買おうかなって考えてるけど、どれがいいの? わたしさっぱり何だけど」


 フラフラと吸い込まれるように棚のほうへ歩き、マウスが並んでいる場所にやってきた。


「なら、まずはマウスだな。ここにあるのはどれも有名なメーカー物だし、好きに選んでも外れはない。手の大きさで握りやすいもので、重さなんかも重要だな。沙希はどんな持ち方してる?」


「持ち方?」


「つかみ? かぶせ? つまみか?」


「え、こんな風に持ってるけど……」


「おっけ。つまみ持ちか。なら、出来るだけ小さいやつで左右対称のほうがいい。重さも疲れないぐらいあればいいな。好みになるけどFPSやるなら無線のほうがストレスがない。これなんてどうだ?」


「え、うん……。なんか饒舌になったね。びっくりなんだけど」


「そういうのいいから。持ってて重いなって思わないか? ここに試し用のマウスパッドあるから振ってみな」


「こう?」


「そうそう。振り向き何センチでやってる? 同じぐらいで何回かやって疲れないか試しな」


「振り向き何センチ……?」


 まずそこからか。まあ、別に気にしないでやる人のほうが多いからな。感度の問題もあるし、マウスパッドも買うなら知っておいたほうがいい。


「ゲームやってるとき、キャラを操作して後ろ向いたりするだろ。反転するときに必要な振り幅だよ」


「考えてやったことないけど……これぐらい?」


「……高感度すぎねえか? エイム合ってんのそれで」


 沙希がマウスを握って動かしたのは僅か二センチほどだ。あまりにも高い。


「エイムって?」


「敵に照準を合わせるって意味だけど……。リココンとかしなくちゃならないし、さすがに無理だろ。帰ってから感度調整したほうがいいかもな。ハイセンシすぎる」


「何言ってるか……全然わかんない」


「まあ、気にするな。FPSをやるなら嫌でも覚えるやつだ。予算に問題ないなら重さが丁度いいマウスで、左右対称な。で、マウスパッドは大きいやつがいい。他に気に入ったのあればそっち買ったほうがいいけど、見た目とか」


「ううん、これ買うよ。持ってて違和感ないし。ありがと。次はマウスパッド見に行こ」


 オススメしたマウスの箱を持って移動する沙希に着いていく。


 その後も俺は気持ち良くマシンガントークをしながら語り、必要な物を買っていった。割りと高めなやつでも即決で買う沙希は金持ちだ。


 沙希はツムギなんだと、それだけでも思い知らされる。


 そうして買い込んだ俺達は大型店のエスカレーターを降りていった。


「やばい、重い。持って。よろしく」


 そう言って荷物を全て俺に預けてきた沙希。


「おいおい、俺はお前の小間使いかよ」


「いいでしょ。男なんだから」


 その考え方は古すぎると思うね。男だから荷物持ちする世の中は間違っている。


「……お前、誕生日いつだ?」


「十二月だけど……何で?」


「俺は五月だ。同じ家族になったからには俺がお兄ちゃんだぞ? 妹だったら、俺を敬うべきだな」


「は? キモすぎ。誕生日でマウント取るとかダサすぎなんだけど。レディーファーストっていう言葉知ってる?」


「解釈違いだ。レディーファーストは死地に赴く戦士が、地雷源を確かめるために替えの効く女を送り込んだんだぞ」


「え、まじ?」


「嘘に決まってんだろ」


 そう吐き捨てると沙希は白い目で俺を見てきた。居たたまれなくなって突き刺さる視線を流す。


 俺は仕方なく荷物持ちに興じることになった。

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