第9話

 それなりの時間が過ぎており、あとは帰るだけとなる。


 だが、沙希は甘いものでも食べようと提案をしてきて俺は乗り気ではなく、断ろうとした。


 しかし、そこでエスカレーターが二階の部分に到着するや、見覚えのある二人組が俺達へ接近しているのを察知してしまう。


 一階に降りるには直通しかなく、移動してエスカレーターを乗り直さなければいけない。遮蔽もないため、必ず対面してしまう状況だ。


 ゲームの世界ならアビリティや投げ物を駆使して立ち回りを考えるが、リアルではどうしようもない。


 クソビッチの取り巻きとアダ名を付けていた奴等が目敏く俺達に気付く。


「沙希じゃん! めっちゃ奇遇! なになに、買い物?」


「よっすー。うちらコスメ見にきたけど、沙希は?」


「え、わたしは……」


「てか、あの人誰? わりと格好良くない?」


「沙希の彼氏?」


 取り巻き達が俺を見て沙希に言っている。沙希はそれを聞き、俺のほうへ振り返った。何て言っているのか聞こえるぐらいの声量なので、俺は戸惑う。


 沙希も同様だろう。一度俺を見て、二人の取り巻きに向き直っている。


「えっと、優作なんだけど……髪の毛切ったけどさ」


「優作って誰?」


「え、分かんない」


 取り巻き達は俺のことをマジで分かってないようだった。同じクラスで馬鹿にしていたのに、顔も名前も覚えられていなかったのだ。


 まあ、俺もお前らの名前は覚えてないからお相子だろう。俺の脳みそは詰まってるから顔は覚えていたけどな。


 ただ、陰キャと馬鹿にしていたぐらいなのに散髪程度で分からなくなるのだろうか。


 こいつらは髪の毛で人を判断している疑惑が浮上した。クラスの全員が坊主にしたら、誰が誰だか分からなくなるかもしれない。


 坊主しかいない教室なんて嫌だけど。


 荷物持ちに従事していた俺はどうしようか悩んだ末、沙希のほうへ声をかけた。ここで放置されるよりは先手を打うべし。


「……案内したし、俺は帰るわ」


「え、ちょっと」


 沙希が俺に手を伸ばすのを横目に帰宅する。沙希は取り巻き二人に絡まれ、引き留めることは不可能だった。


 俺とどういう関係なのか聞いている取り巻き達に対応しているのを耳にしながら、エスカレーターを降りていく。


 安心しろ。お前の荷物は無事に運んでやる。





 重い荷物を持って駅まで歩く。


「ねえ、優作! 待ってよ!」


「……?」


 駅内で後ろから呼び掛けられた。


 はたと立ち止まり、後ろを向く。沙希だった。急いで走ってきたのか息が荒い。


 あいつらと一緒にどこかへ遊びでも行くものだと考えていたから、俺は不思議そうに沙希を眺める。


 なんで戻ってきたんだ?


 数メートルの距離で俺達は目を合わせる。


 陰キャの俺と陽キャの沙希。


 決して交わることのない二人を取り囲むのは駅を利用する多くの客。遠巻きに見られていた。注目を集めている。


「ごめん。わたしさ、ちゃんと二人に言うべきだったのに、言えなかった」


 目を伏せた沙希は小さな声で呟く。周りの雑多な音によって掻き消えそうなほど小さなものだった。


「何がだ?」


 何の話をしているのか分からなかった。主語が抜けている。俺とお前は浅い仲だ。意志疎通できるほど仲良くはないんだよ。


「優作と家族になったこと。優作は陰キャって馬鹿にしていい人じゃないこと」


「そんなことか。家族になったことは別に後でもいいだろ。あと俺はクラスの中でも陰キャ代表の一人だ。お前たちが馬鹿にしてくるのはどうでもいい。俺もお前たちを馬鹿にしてるからな」


「……はは、ひねくれてるね。優作の良いところだと思うよ。間違っても真っ直ぐに。……わたしみたくずっと悩んでるよりは良い」


「悩むことなんてないだろ。沙希は可愛くて、声もいい。他人に劣ってる部分が何一つない。俺とは違うぞ」


 そう言うと、沙希は頬を染めた。


「……そうやって面と向かって褒めてくるのやめてよ。恥ずかしい」


「事実を言ったまでだ。俺はこの状況のほうが恥ずかしいぞ。見てみろ、周りは痴話喧嘩かと俺たちを見てひそひそと話をしてる」


「え、あ。ごめん」


 沙希は周りの視線に気付くと恥ずかしそうに頭を下げ、俺の隣にやってくる。


 俺は隣に来た沙希と距離を置こうとせず、前を向く。


「そんなどうでもいいことで悩むのなんてやめろ。切り替えろ。そして、さっさと帰るぞ」


「ええ? 甘いものは? 奢るから食べに行こうよ」


「いらん。一人でいけ。嫌なら取り巻きたちと行け」


「もう。なら、帰ったらゲームの設定してよ」


 頬を膨らませた沙希が代わりの提案をしてくるが、それならやってやっても構わない。初心者を助けてゲームの人口が増えるのはいいことなのだ。


「……それならいいけど」


「やった。よろしくね」


 嬉しそうにする沙希を俺は横目で見ながら電車へ乗り込む。


「……今更なんだけど、何で大会に出たいと思ったんだ?」


 席に座り、隣へ座った沙希へ顔を向けずに聞いてみた。今更ながら疑問だ。


 ツムギは基本的に雑談配信がメインでやっていた。リスナーから送られた手紙を読んだり、コメントを拾ってお話しする配信である。


 たまに片手間で出来るゲームや歌ってみるの配信もあったが、始めるのに遅いぐらいFPS初心者だ。


 大勢のvtuberは大人気ゲームを配信しているが、元々別のFPSをやっていたりもする。大会に出てくるようなvtuberは最初からエイムの制度が段違いだ。


「みんなやってるし、大会に出れば登録数も増えるからね。……四期生でやってないのわたしだけだし」


「……大会に初心者は呼ばれないぞ」


 某動画サイトではvtuber主催の大会がある。vtuberのみでチームを組む者達は少数派で、ストリーマーやプロゲーマーも参加することから遊びの大会ではなく、本格的なポイント制度を採用していた。


「分かってるよ。でも、呼ばれるかもしれないじゃん。同期の子とやるかもしれないし、今のうちに練習しておくんだ」


「そうかい。なら、頑張れ。応援はするよ」


「ありがと。今日も定時に配信するから見てよね。悪いところとかあれば教えてほしいし」


「……ああ」


 いつも楽しみにしていたツムギの配信。


 中の人が沙希だと知ってから複雑な気持ちを抱いている。


 家族となった沙希のことを受け入れることは吝かではないが、ツムギの件となると俺はどう受け止めればいいのか。


 曖昧に頷いた俺はツムギの配信を見れそうにない。

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