第7話
休みの日も憂鬱だ。
本当ならモニターに齧りついて夜までゲームをしていたのに、何を好んでこんなやつと一緒に買い物へ行かないといけないんだ。
ネットで全部買えよ。ボチッと済んで楽だろ。
快晴なのにこんな気分にさせてくるなんて、隣でルンルンしている奴は疫病神の化身なのではないだろうか。
「……で、俺はどこに連行されるんだ?」
「連行って……そんなふて腐れないでよ。優作も楽しいと思うよ、分かんないけど」
「……言ったからには俺はお前の金魚の糞になってやるが、早く済ませてくれ」
「ちょ、言葉が汚いって。優作ってデリカシーない」
「無理に連れてかれてるんだ。こんな態度になるわ」
「そうだけどさぁ……」
まあ、こいつに連れていかれるのは服屋とかだろう。
若い女が買い物行くなんて服屋か化粧関連に決まっている。クソつまらない買い物に付き合わされる俺の身になってみろ。苦痛なだけだ。
ふと思うが、なんで女性って自分を彩るのが好きなんだろうな。口紅とかアイメイクとか顔に描いてんだぜ。信じられんわ。紙に描けよ。
「……ぶっちゃけ、買い物に付き合うの俺じゃなくてもよくない?」
沙希は荷物持ちが欲しいのかもしれないが、宅配でいいだろうと思う。ファション等の意見を男の俺に聞きたいというなら、疎い俺を選んだのは選択ミスだ。
「そんなことないよ。優作の気晴らしにもなるでしょ。昨日は死んだ顔してたし」
「あれは……」
「わたしも欲しいものあってさ、意見を聞けたらと思って。あと、美容室にも行こうかなって」
「は? 美容室……? 俺を連れてくる意味まじでねえだろ。なんで、そんなんに俺の時間が奪われなくちゃいけねえんだ」
さすがに怒る。美容室にどれだけ時間を取られるか不明だが、数分で終わるものではないだろう。買い物も含めると一日の大半を失う計算になる。
「あ、そこ右に曲がって直ぐだから」
先導して歩く沙希に着いていくが、不服の申し立てを完全にスルーされた。
たどり着いたのは美容室。
お洒落な空間である。透明なガラスで中の内装が見えており、女性客が髪の毛を店員にカットされていた。
男の俺が踏み入れたらいけないやつだ。
「おい、どれぐらい掛かるんだ?」
「んー、一時間も掛からないと思うけど」
「なら、他のところで時間潰すから。一時間後にここで」
「ちょっ、待ってよ」
俺はスタスタと歩き、近くの駅前にあるゲーセンでも寄ろうとすると引き留められた。
右腕を掴まれ、急停止を余儀なくされる。
女子に触られて拒絶反応が出た。蕁麻疹は出ていないが、寒気がして強引に振りほどく。
「……俺が居なくてもいいだろ。必ず一時間で戻ってくる」
沙希と対面し、嘘じゃないことを証明する。真摯に向き合い、瞳で語った。俺は約束を守るぞ。
「いやいや、美容室で切るの優作だよ?」
だが、まさかの提案がきた。沙希が切るものだと思っていたが、どうしてそうなる。
「は、絶対に嫌だね」
「あれ、今日は付き合ってくれるんじゃないの?」
「……それとこれとは話が別だろ。何で俺が切らなきゃいけないんだ」
「えー、だって優作の前髪とかウザそうじゃん。サクッと切ってきなよ。お金はわたしが出すからさ。ね、ほら早く」
グイッと再度掴まれて押されていく。今度は力強く掴まれ、振りほどけそうにない。
恋人が腕を絡ませているような形で密着され、女性免疫のない俺は硬直してしまう。
そのまま拘束された状態で店内へ踏み入れ、チリンと来店した時の音が鳴った。店内の従業員が俺達に気付く。逃げ場は無くなった。
「いらっしゃいませ~」
「あ、どうも。今日はこの人を切ってもらいたくて、さっぱり風でお任せでお願いします」
「沙希ちゃんの彼氏? 任せて」
「あはは、お願いしますね」
慣れた感じで店員と話し、俺を追いやる沙希は待合室の椅子に座って手を振っていた。
おう、マジかよ。
「さ、こちらにどうぞ」
取り乱すわけにもいかず、俺はただ命令を従う機械になった。案内されるまま椅子に座り、お洒落空間に身を投じる。
電気椅子で処刑される気分だ。
「おふっ……」
気持ち悪くなってきた。
周りは女性客。店員も女性オンリー。唯一の男である俺はオンリーワンだった。針のむしろである。これなら湾にでも沈んだほうがマシだ。
「沙希ちゃんの彼氏さん、要望とかはありますか?」
「え、べ、別に。特に、その、あ、ありませんけど……」
「そんな緊張しなくても大丈夫ですからね~。では、先に頭を洗いましょうか~」
綺麗なお姉さんに俺の初めてを奪われてしまう。
一時間ほど経過し、美容室で初めて散髪してもらった。
割りと格好良いのではないだろうか。
「お疲れー。うんうん、良い感じだね。じゃ、お金はわたしが払っとくから外で待ってて」
沙希に言われ、店員さんにお礼を言ってから外に出る。風が心地良い。清々しくて生まれ変わった気分だ。
これが童貞を卒業した気持ちなのかもしれない。
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