第6話

 泣き腫らした俺は今日が休みでよかったと安堵した。


 昼前に起きて、一階に下りて飯を漁る。カップラーメンでも食べようとしたら飯が作られていた。


 親父にご飯を作るという概念はないため、深雪さんだろう。有難い。昼飯を作る気力が無かったのだ。


 用意されていたチャーハンを温め、サラダを頬張る。横にあった置き手紙に書かれた文字を読み、やはり深雪さんが作ってくれたことを知る。


「あ、おはよう」


 電子レンジから取り出したチャーハンをかき込んでいると沙希と出会した。


「……うっす」


 軽く会釈を返す。一日が明けて、事実を知って。何とも言えない気持ちになっている。


 俺はツムギに恋をしていた。


 ド派手なギャルに最低なアダ名を付けていた沙希の声に。いつも自称清楚と語る楽しげな声に癒されていた。


 好きだった。VTuberの中の人も含めて。


 いいや、正確には自称清楚を語る声へ、俺の想像を押し付けた中の人にか。妄想の美少女に恋をしていたのだ。


 俺の幻想は砕かれ、遅すぎる初恋は散っている。


 傷心中だ。


「ねえ、なんかぎこちなくない? わたしたち家族なんだよ? 二人に心配かけたくないし、もっと仲良くやろうよ」


 椅子に座ってる俺の横に座ってきた沙希が顔を近付けてくる。


 距離感バグってるよ。近すぎだって。


 俺は身を捩り、チャーハンと一緒に反対方向へ顔を背ける。


「……ぎこちなくなくなくない」


 俺は何回言ったんだ。合ってるのかこれで。


「ん?」


 ぽかんとした沙希の視線が痛い。


 もうやだ。チャーハンぐらいゆっくり食わせてくれよ。


「……どっかいけよ。食事中だよ。ボッチは一人で食べるからボッチ飯になるんだぞ」


「はは、意味わかんない。優作って案外面白いね。根暗な陰キャって友達は言ってたけど、極めてる感じするよ。有り寄りの有りだね」


「……何が有り寄りの有りだ。ねえよ。お前の友達もクソだけど、俺はお前のことが大嫌いだ」


「はあ、何で?」


「決まってんだろ。何でお前がツムギなんだよ……。それに、どうして俺にバラしたんだ」


「……同じ家に住んでたら、いずれバレるじゃん。早いほうがいいと思った」


「……俺は知りたくなかったけどな」


「後から知ったほうが良かったわけ? 」


 言われてから気付く。後から知ったらどうなっていたんだろうと。ショックすぎて首を吊っていたかもしれない。


「……ずっと隠してほしかった」


「……そんなの無理だよ。音漏れとかあるし、同じ家だとどう頑張ってもバレる」


 ふとしたとき、ツムギと沙希が同一人物だということが判明する可能性もある。その通りだ。


「……」


「まあ、いいや。こんなにガチ恋勢だと思わなかったけど……わたし可愛いし仕方ないか」


「……そうだよ。お前は可愛いよ。想像の真反対だけどな」


 ベクトルが違いすぎるんだ。沙希は可愛いよ。ギャルで頭に花が詰まってそうだけど。


 こいつの見た目は良い。だから、クラスメートの中でも最上位のカーストに居るんだ。


「え」


「何だよ……」


「真っ正面から言われると照れる」


「勝手に照れてろ」


 頬を赤く染めた沙希に言葉を吐き捨て、チャーハンを平らげた。台所に食器を持っていき、スポンジで洗っていく。


「あ、そうだ。昨日の謝罪も兼ねて頼みたいことがあったんだよね」


 椅子に座ったままこちらへ言ってくる沙希に眉をしかめる。


「金でもせびる気か。そこら辺のおっさんに言ったほうが沢山貰えるぞ……?」


「だからさあ、それやめてよ。わたしのこと何だと思ってるわけ? ビッチじゃないって言ってるじゃん」


「いや、そういうので言ったわけじゃないし……」


 こいつ昨日は処女って告白したが、見た目と正反対なのだ。純潔なのだ。いかにも体を売ってそうなビッチ感満載なギャルなのに。


 こんなユニコーンがいるわけねえって。


「……で、昨日の謝罪の詫びも兼ねて、今日一日付き合ってよ」


「付き合う……? コミュ障の俺を舐めんじゃねえ。ふざけんな。悪かったと思ってるが、それはない。……つうか、昨日は本当に申し訳ありませんでした。借りは返す。これでいいだろ」


「今返してよ。ただ買い物に行くだけだよ」


「一人で行ってこい。それか取り巻きでも呼べ」


「……はあ、優作って突き放してくるよね。仲良くしたいんだけどさ。二人にあることないこと言って泣きつこっか。優作がこれじゃ、わたしは無理だって」


「……いやいやいや、おかしいだろ」


 ほんとムカつく。二人は関係ないだろ。親父も深雪さんも。あることないことって何を言う気だ。何もねえだろ。


「なら、買い物に付き合ってよ。そんなに遅くならないから」


 俺とこいつが仲悪くしていれば、せっかく再婚するという話も無くなるかもしれない。どうにかして取り繕わなければならん。


「……わかった。今回だけだ。これで借りは全部返済な」


 本音を言えば、行きたくねえ。休みぐらいランク回させてほしい。


「よし、男に二言はないからね」


「……ああ。だから、親父と深雪さんには何も言うなよ」


「あれ、二人ってわたしの友達のことなんだけど?」


「こいつ……!」


 ヘイト管理上手かよ。めっちゃ腹立つ。


「さ、早く準備してきてよ」


「ちっ」


 舌打ちして俺は食器の水を切り、自室へ戻って部屋着からお出掛け用に着替えることにした。

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