第4話
ゲームはいい。嫌なことなんて考えず、単純に目の前の敵を倒していくだけ。
ヘッドセットで両耳を覆い、ゲームの世界に浸る。
ゲーミングチェアに座ってキーボードを叩き、マウスを振って視点を動かす。あとはモニターに映った敵の頭へ銃弾を叩き込むだけだ。
これはツムギが昨夜に始めたものと同じゲームタイトル。俺はリリース当初に始めて三年も経過しており、未だに流行っているこのゲームは新規参入者も多い。
某動画サイトなどで活躍するストリーマーやプロゲーマー達が賑わいを見せているおかげだろう。
俺は彼らとは違って動画を載せたりしていない。ボッチプレイヤーとしてパーティーを組むことはせず、野良でランクをひたすら回している。
俺は孤高の戦士なのだ。
だが、このゲームは三人一組が基本となり、固定パーティーを組むのが推奨されている。
チャットやゲーム内システムのアクションピンもあるが、疎通が出来るとはいえ言葉を話すよりもタイムラグが発生してしまう。数秒のラグで勝敗が左右するゲームで少しの遅れは致命的。
毎回同じ人とゲームをしていれば意思疏通ができるほど立ち回りを共有でき、敵のアーマーを割ったなどの報告は攻めや引きの判断にも繋がる。
一人でランクを回す利点はない。気ままに出来るというだけだ。
たまに何一つ言うことを聞かない味方も引いてしまうことだってある。複数のパーティーに囲まれているのにど真ん中へ単身で乗り込み、物資提供するのはさすがに呆れてしまうが。
それも初心者なら仕方ないと割り切れる。しかし、俺がやってるのはランク戦だ。それなりにやり込んだ者としかマッチングしない。
パーティーを組む利点は利敵行為をする味方を引かないというのもあるが、単純に三人で敵一体を確実に狙い、落とせれば数的有利に持ち込める。
はっきり言って、高ランク帯のフルパは理不尽の塊だ。
だが、利点を理解していても俺にはパーティーを組むのが不可能だった。人と話すのが無理なのだ。
だから、極めた。キャラコンとエイムを。
たまに舌打ちしながら黙々とランクを回し、ランクポイント盛っていく。
とにかく囲まれないようにしつつ、キャラコンを活かして被弾を抑えながら敵のアーマーを削っていく。
仲間になった二人は野良なのかデュオなのか不明だが、位置取りは悪くない。視界におさめたマップに意識を割きながら敵を追い詰めていく。
残りの一部隊の敵――。
マップの味方の位置と足音、銃撃音で敵の位置を把握する。
バッグの枠を埋めていたグレを六個使い、全て直下グレで投げる。
命中させ、遮蔽物を使って壁ジャンプというキャラコンで詰めていき、ショットガンをぶち込んでいく。
――撃破。更にストレイフで真横に跳びながら接敵し、二体目も辛うじて撃破。
残りの一体は味方が処理してくれた。俺達三人が生き残り、フィナーレの文字が踊る。
着いてきてくれた味方の二人へ屈伸連打でありがとうの意味を送り、俺はマウスとキーボードから手を離した。
チャンポンを取り、全20チームの中での一位。キル数は12。ダメージは2843。
上々の結果だ。
仲間の引きが良かったと思いながらヘッドセットを外し、一息つく。先ほどやった仲間二人から招待メールが来たが、スルーして背もたれに寄りかかった。
丁度よく階段を上ってくる足音が聞こえる。
出前が到着した報せだろう。
コンコンとノックされ、深雪さんのほうが来たのかなと身構え、俺はどうぞと硬い口調で許可する。親父はノックなんて高尚なマネはしたことがない。
「入るよ。出前が来たから、下りてこいって。うわ、ツムギのガチ恋勢じゃん……。市販されてないやつとか限定品まで……」
しかし、扉を押して現れたのは俺の予想しなかった人物であった。深雪さんではなく、今日の昼に会ったクラスメート。
ド派手なクソビッチだった。
「な、なんで、お前が居るんだ……?」
挙動不審になって訪ねてしまう。ここは俺の家で、俺の部屋である。クソビッチを招いた覚えはない。
当のクソビッチは俺の部屋を見渡し、ポスターやら自作フィギュアやらツムギに囲まれた部屋にドン引きしている様子だった。
俺はそれを同学年の女に見られる羞恥心よりも、何でクソビッチがここに居るのかっていうことのほうが大問題である。
まさか、こいつ俺の心をへし折っても気が済まず、家にまで無断侵入してきたのか。犯罪だぞ。
「あれ、聞いてない? 今日からお世話になるから」
「今日から、お世話に……?」
一音一句を反復して意味を噛み締める。意味が分からなかった。こいつが話してるのは日本語か。勘弁してくれ。俺の英語はゲーム用語しか分からないんだよ。
お世話になるっていうのを日本語に訳してみる。その言葉はこの家に住むっていうことと同義だ。そんな冗談みたいな話があるかよ。
「そう、うちのお母さん再婚したじゃん。その連れ子がわたし。あれ、本当に言ってなかったのかな? まあいいや、お寿司届いてるから早めに来なよ」
そういって扉を閉め、去っていったクソビッチ。
俺は虚空を見詰める。Qを押したいわけではない。
「……どういうことだ。あいつが連れ子で一緒に住むやつで……クソビッチだった?」
そんなこと本当に現実としてあるのか。あいつはツムギを騙ってるかもしれない極悪人だぞ。
現実を受け入れられないままリビングへ行く。
リビングには親父と再婚する深雪さんが仲睦まじく皿に寿司を取り分けていた。
クソビッチも手伝っている。
「お、きたか。優ちゃんも飯食おう」
「優作さんは何がお好きですか? 取り分けますよ」
「わたし、お茶準備するね」
見慣れない空間が出来上がっていた。いつものリビングのはずなのに、関係の浅い二人が親父と仲良くしながらテーブルを囲んでいる。
入ろうとしても入れない空間だった。
リビングの扉の前で棒立ちになる。不思議そうに見る親二人。この場で棒立ちなんてもっての他だろう。レレレでもするべきか。
ゲーム内のキャラコンは完璧なのに、現実の体の動かし方が分からない。
「どうしたの? そんなボーッとして」
お茶を用意しに来たクソビッチが小首を傾げている。
「……受け入れられない」
ツムギのことも。クソビッチも。
こんなに環境が劇的に変わることなんてあるのか。
深雪さんはいい。親父が選んだ相手だ。俺との関係なんて最低限でも問題なく生活できるだろう。
だが、問題はクソビッチだ。こいつは俺のクラスメートなんだ。昼休みに突然やってきて、ツムギの真似をしやがった。
確かにツムギの声で上手かったよ。耳に残る感触は本物だと訴えている。
しかし、俺は疑心暗鬼の真っ最中だ。なのに、突然家族としてやってきた。
「受け入れなよ。全部」
「そんな簡単にいくかよ……」
そう言ってお茶葉を急須に入れたクソビッチは平然としていた。簡単に受け入れられるのは見た目と同じく頭も浅はかなのか。
「子供のわたしたちなんて出来ることないでしょ?」
だけど、違かった。その顔は達観していた。そこら辺にいる大人のように、朝早くから会社へ出社するために満員電車へ乗るサラリーマンと同じもの。
嫌でも許容するしかないと思っている顔である。
どうしてか、俺だけが取り残されているような錯覚を覚えた。アイデンティティの崩壊だ。
そのまま何も手に付かず、壊れたパソコンのように沈黙を保つ俺は手伝うこともせず、飯を供給されるまま胃に送る。
飯を食べながら二人からも挨拶された。俺は定型文を返すだけで、話を広げるなんて器用なことは出来ない。部屋の取り決めとかもされていたが、全て親父に任せて俺は半分以上聞いていなかった。
飯を食べ終えた俺は部屋に引きこもることにする。風呂は最後でいいと言い残して、聖域に戻った。
ツムギだけが俺の心の拠り所。
いつもは楽しい時間。定時に配信されるツムギの生放送が始まろうとしている。昨夜に続いてゲーム配信だろう。
大会に出たいと言っていたし、本当なら俺は後方で腕を組んでいるのを妄想しながら応援していたはずだ。
でも、今の俺はスマホで配信を開こうか悩んでいた。
本当にクソビッチがツムギだったら――。
そう考えてしまう。
現実を知ったら、多分泣いてしまうだろう。やり場のない怒りを覚えるかもしれない。それとも、ただ初恋が崩れ去った悲しみで途方に暮れるか。
分からない。どちらにせよ、俺は怖かった。
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