第3話

 寝てもいないのに夢を見た。これが白昼夢ってやつか。


 昼休みに隣の席に座るクソビッチが俺の初恋とも呼ぶべきVTuber本人だとカミングアウトしたのだ。


 胸糞悪い夢だ。


 クソビッチがツムギだって? 冗談にしか聞こえねえ。


 そうだ、夢であってほしい。白昼夢だ。


 頬をツネって確かめる。


「……いてぇ」


 泣きそうになる。こんなことがあっていいのか。


 つい先ほど起こった出来事。鮮明な記憶と耳に残った感触。夢でないことは自覚している。


 だが、それでも信じきることは不可能だった。一縷の希望を持ちたい。あれは夢だったと。


 しかし、そう思っているが、アイドルが実はおっさんが整形した姿と同じぐらいの衝撃を受けている。


「ツムギがクソビッチ……?」


 うちひしがれていると昼休みの終了を告げる鐘が鳴った。


 教室に戻ろうとするが、足が重い。


 本当に霊が取り付いてしまったかのような辛さだ。ゾンビのような足取りで教室に戻り、教師に小言を言われながらも席に座る。


 隣のクソビッチは前を向いたままで、俺へ見向きもしない。本当に白昼夢だったのではないだろうか。


 耳に残る心地の良い声は未だに残っているが、こいつがツムギだと信じられない。


 授業が始まり、悶々としたものが渦巻く。時間を消化していくものの、教師の話は耳から耳へ通過していくだけだった。


 授業の内容に身が入らない。英語が全くといっていいほど出来ない俺が、英語圏に取り残された気分だった。


 そうして、授業が終わり放課後へ。


 俺はツムギの挨拶を一度やられたぐらいで信じられず、再び確かめたいという気持ちになった。


 授業中にずっと考えていた。


 もう一度、あと一回だけ。本の少し、挨拶の触り部分の先っぽだけでいいからクソビッチに頼み、ツムギかどうかの審議をしたいと。


 思い立ったら、どう頼もうか言葉を音もなく舌で転がす。


 帰ろうとする生徒達が騒いでいる中で、必死に脳内を巡らす。


 どうにもならんコミュ障の弊害が出てきた。


 話しかけるための最初の言葉が浮かばない。というか、クソビッチの名前って何だっけ。まずそこからだ。


 いや、もうなんでもいいか。俺がどう思われようと確かめなくちゃいけない。クソビッチに付きまとってでも、お願いするのだ。


「なあ――」


 横を向いて意を決し、俺は話しかける。


 だが、クソビッチは慌てて鞄に荷物を注ぎ込み、取り巻き達と別れを告げているところだった。


 早すぎだろ。ギャル達って教室内で駄弁っていくものじゃないのか。


 あとを追うために俺も帰りの支度を急いでする。


 走って教室を出ていき、下駄箱の靴に履き替える。校門を出て、クソビッチの後ろ姿を探す。


「見失った……くそっ」


 あいつの家なんて分かりもしない。そもそも、家まで押し掛ける勇気もない。


 明日聞こう。必ずだ。


 もし、クソビッチがツムギだったら……俺はどうすればいいのだろうか。


 そんなことを考えながらトボトボと帰宅する。


 一軒家にたどり着き、扉を開く。車があったから親父が帰ってきているのだろう。


 この家には俺と親父しか住んでいない。母親は小さい頃に出ていき、二人暮らしをしている。


 扉を開ければ鍵は掛かっておらず、玄関に先客がいた。出迎えてくれたのは親父だった。


 にやけた親父が俺を見ながら大声を出し、リビングに居る客を呼ぶ。見知らぬ女性がやってくると親父は真剣な顔になって俺へ言ってきた。


「急で悪いんだけどさ……父さん、再婚することにしたんだ」


「は?」


 開口一番に告げられたことにフリーズする。


 隣の女性と結婚するってことか。何も聞いていなかった。というより、仕事で家を空けている親父と話すのも久しぶりだ。


「初めまして。冴崎 深雪です。優作君のことは聞いています。これから本当のお母さんのようになれるよう頑張りますので、どうか仲良くしてくださいね」


「はあ、よろしくっす」


 生返事をする。展開が早すぎて脳の処理が追い付けないでいる。


「お、よかったよかった。挨拶はこんなんでいいか。それで事後承諾になっちゃったけど、深雪さんのほうに優君と同じ歳の子が居るんだ。これから一緒に住むことになるから仲良くやってくれ。頼むよ」


「はあ、まあ、いいけどさ。親父が決めた相手なら別に……」


 ため息を吐いて了承した。先に一言ぐらい欲しかったけど。


「うんうん。優君ならそう言ってくれると思ってた。今日から皆で住むことになるからし、夜は出前にしようと思うけど何食べたい?」


「……寿司」


「おっけ。もう少しで沙希ちゃんも来ると思うから。優君は深雪さんとお話でもしようよ」


「いや、やめとく。ちょっと考えたいことあるから。すんません。えっと、またあとで話とかさせてください」


「ううん、大丈夫。いきなりでごめんなさいね」


「はっはっは。サプライズだよ。いきなりのほうが喜んでくれるかなって」


「もう、あなたったら」


 イチャイチャし始めた二人を放置して、出前が来たら呼んでと言い残してから部屋に戻った。


 ベッドに制服のまま寝転がる。


 親父が再婚した話とか相手がどうとかの話はどうだっていいんだ。それよりも俺が頭を悩ませるのはツムギの件だ。


 部屋に張ってある自作のポスターから笑顔を向けてくれるツムギ。


 中の人がクソビッチだったなんて……。


 ウダウダと頭を悩ませてしまうし、わざわざ正体を明かすために昼休みを狙って訪れてきたクソビッチにも腹が立ってくる。


「……ゲームでもしよう」


 今日は忘れて、明日に聞こう。

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