第9話 凌駕
現場に駆けつけてみて驚いた。
まず、さっきまでいなかった、やたらとデカい怪物が二体いた。
怪物は人型だが、身の丈は俺の五割増し以上もある。
赤銅色の肉体は筋骨隆々としていて、膂力はすさまじそうだ。
側頭部からは二本の角が生え、口の左右からは二本の牙が上向きに伸びている。
手には大きな棍棒だ。
その怪物を一言で表現するなら「赤鬼」なのだが。
印象としては、とにかくデカい。
近くにいたら、見上げないと頭部が視界に入らないぐらいだ。
そのデカブツが、二体。
一体は梨乃のもとに歩み寄り、もう一体は彩音のほうへと向かっていた。
彩音は四体の小鬼と交戦中で、あの赤鬼まで参戦したらさすがに無理そうだ。
だがそれよりも、さらにのっぴきならない状況にあったのが梨乃のほう。
梨乃は敵の攻撃を受けたのか、ぼろぼろになった姿で、気力だけでようやく立っているといった様子だった。
しかもその目の前には、例の赤鬼だ。
赤鬼は素早く両手を伸ばし、その大きな手で梨乃の小柄な体を鷲掴みにして持ち上げる。
満身創痍の梨乃はそれを回避することもできずに、されるがままになってしまう。
赤鬼は口を大きく開いて、梨乃を頭から貪り食おうと──って、おいおいおいおい!
唯一幸いだったのは、その現場が俺のすぐ近くだったことだ。
「──梨乃!」
俺は全速力で駆け寄って、刀を振るった。
俺の一刀は、梨乃をつかみ上げていた赤鬼の両腕、小手のあたりを二本ともまとめてぶった切った。
梨乃の体が、赤鬼の手首から先につかまれた状態のまま落下。
赤鬼は、悲鳴とも雄叫びともつかない叫び声を上げた。
俺は梨乃を背中にかばうようにして、赤鬼の前に立つ。
「大丈夫か、梨乃。状況がよく分からないんだが」
「……刀……悧……? どうして……ここに……」
「向こうの小鬼五体は、全部倒してきた。こっちもとりあえず、全部倒せばいいんだよな」
「……な……何を、言って……」
梨乃は混乱しているようだった。
あの沈着な梨乃がこんなに取り乱すなんて──
って、たったいま頭から貪り食われようとしていたんだから、当然と言えば当然か。
だが、何より──
「許せないのは、お前だ」
俺は目の前の赤鬼を睨みつける。
それと同時に、怒り狂った様子の赤鬼が、俺に向かって襲い掛かってきた。
だが怒っているのは、俺も同じだ。
梨乃をこんなひどい目に遭わせやがって。
赤鬼は手首から先がないせいか、丸太のような太い足でがむしゃらに蹴り飛ばそうとしてきたが──
「おっと」
俺はとっさにしゃがんで、上半身を狙ってきたその蹴りを回避する。
赤鬼は思い切り空振りしたことでバランスを崩し、大きく一回転しながらふらついた。
俺はそこに、立ち上がりざま刀を三度振るった。
三つの斬撃が赤鬼の胴体を深々と切り裂くと、派手に血が噴き出して、巨体がどうと倒れた。
その赤鬼は、小鬼と同じように黒い靄になって消え去った。
あとには、小鬼のものよりもはるかに大粒な魔石が残る。
「……え……う、そ……大鬼を……こんなに簡単に、倒した……?」
背後から、梨乃の驚きの声が聞こえてくる。
だがもちろん、戦闘はこれで終わりじゃない。
彩音のほうへと向かっていたもう一体の赤鬼が、俺を危険視してか方向転換し、こっちに向かってどしんどしんと走ってきた。
よし、いいぞ。
俺のほうに来い。
この段に至っても、俺に危機感はない。
俺のほうに来てくれるならば問題はない──そういう直観があった。
俺もまた、梨乃のもとを離れ、赤鬼に向かって駆けていく。
五体満足の赤鬼と、あぜ道で激突した。
「──グォオオオオオッ!」
「おぉっと」
赤鬼が振り回してくる棍棒の攻撃を、俺は軽快に回避する。
ぶんぶんと何度も攻撃してくるが、まったく当たる気がしない。
一撃でも受けたら決定打という暴風のような攻撃も、当たらなければどうということはないのだ。
「今度はこっちの番だ!」
俺は折を見て赤鬼の懐に踏み込んで、まずは刀を一閃。
赤鬼の、筋肉の塊のような腹部をものともせずに深々と断ち切ると、そこから血が噴き出した。
深入りはせずに、俺はバックステップで一度後退。
大ダメージを受けた赤鬼は、怒り狂って棍棒を振り回してくる。
もちろん俺には、一発も当たらない。
慎重に見ていけば、すべて問題なく回避できる。
すると業を煮やしたのか、赤鬼は棍棒を捨てて、素手で俺につかみかかろうとしてきた。
前かがみになってつかもうとしてきたところを、俺は素早く赤鬼の脇をすり抜けて背後へ。
「こっちだよ!」
俺を見失ったらしき赤鬼。
俺はその赤鬼の背中を、斜め十字に二度斬りつけた。
「グォオオオオオオッ……!」
背中から激しく血を噴き出した赤鬼は、悶絶の叫びをあげると、前のめりにずしんと倒れる。
その巨体は、やがて魔石を残して消え去った。
「ふぅっ、赤鬼退治終わり。あとは──」
俺はそのまま、小鬼の群れと戦っている彩音のほうへと向かう。
交戦中のあぜ道までたどり着くと、薙刀を手にした巫女装束の少女をかばうように、彼女の前に出た。
「と、刀悧さん……あなた、一体……!?」
「これはあなたに恵んでもらったおにぎりのお礼です──なんてな!」
俺は刀を三度振るい、最初の一撃で二体の小鬼をまとめて、次の二撃でそれぞれ一体ずつの小鬼を真っ二つにした。
上下に分かれた小鬼たちも黒い靄になって消滅していき、あとには魔物たちが残した魔石だけが残った。
「よし、一丁上がりと」
見える範囲の魔物は、すべて倒した。
俺は刀を一振りしてから、鞘に収める。
そういえば、日本刀は数人斬ったら刃こぼれがどうとか脂がどうとかで斬れなくなるなんて聞いたこともあるけど、そんな様子は微塵もなかったな。
「す、すごい……刀悧さん、とんでもない達人だったんだ……」
彩音は呆然とした様子で、俺のことを見つめていたのだった。
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