第7話 剣豪

 村の家屋がある一帯を横切って、反対側にある田園地帯。


 そこには三人の村人がいて、迫りくる脅威を前にうろたえていた。


 迫りくる脅威とは、もちろん小鬼のことだ。

 見たところ五体の小鬼が、あぜ道を通って村のほうへと向かってきていた。


 もうすぐ村人たちと衝突しようという距離だ。


「ど、どうするだ? おらたちだけじゃ、あれだけの数の小鬼は追い払えねぇぞ」


「だどもこのまま行かせたら、村ん中さ入られちまう。女子供もいるだぞ」


「あんた、あたいも戦うよ! 三人いれば、しばらくどうにかなるんじゃないかい?」


「バカ、お前は身重だろ! いいから家に隠れてろ!」


 そんな村人たちの声を聞きながら、俺はその横を駆け抜けていく。


 風のように通り抜けた俺に気付いて、三人の村人が驚いた様子を見せた。


「なっ……!? なんだ、お侍さんけ!?」


「あんた、浪人さんかい!?」


「そんなところです! あいつらの相手は俺がします!」


 俺はそう答えつつ、あぜ道を走ってくる五体の小鬼に向かって疾駆する。


 不思議と気負いはなかった。


 五体の小鬼といえば、梨乃や彩音がそれぞれ相手にしていた数よりも多いのだが、正直に言って負ける気はまったくしない。


 もう一息で、小鬼の群れと接触する。

 三、二、一──


「──はっ!」


 俺は、武器を振り上げて襲い掛かってくる小鬼に向かって、懐の刀を抜き打ちで一閃。


「「「──っ!?」」」


 斬られた小鬼たちは、何が起こったか分からないという様子だった。


 その抜刀術のよる一撃は、三体の小鬼の胴体をまとめて真っ二つにしていた。


 上下に泣き別れになった三体の小鬼の体は、いずれも襲い掛かってきた勢いのまま俺の後方に飛んでいって、その先の地面に転がって黒い靄となって消え去った。


「よし」


 残るは二体だ。


 三体の仲間を一瞬にして倒された残りの小鬼たちは、明らかに怯んでいた。

 攻めるか逃げるか、決めあぐねている様子。


 俺はそこに駆け込んで、さらに刀を二度、素早く振るった。


 小鬼どもは、いずれも何もできずに真っ二つになり、黒い靄になって消滅した。


「ふぅっ……」


 俺は刀を収めると、一息をつく。

 いざ戦ってみれば、あっという間だった。


 これが【剣豪】の力か。


 十年以上も修練を積んだ熟練アスリートは、こんな体感なのだろうか。

 身のこなしも刀の振り方も、頭と体がすべて知っているという感覚。


 生き物を殺したという気負いもなかった。


 倒したら消え去る魔物だからかもしれないが、だとしてももうちょっと抵抗があっても良さそうなものだ。


 なのに小鬼どもを斬り捨てた俺の心は、さざ波一つない水面みなものように落ち着いている。


 見れば俺の周囲には、黒と紫色の入り混じった石が五つ、転がっていた。

 小鬼の「魔石」だろう。


「回収しておくか」


 俺はそれらの石を拾って、持っていた巾着袋に収めた。


 それから軽く周囲を見渡す。

 ほかの小鬼の姿は、見える範囲にはなかった。


 その後俺は、三人の村人たちのもとに戻った。


「す、すげぇ……」


「五体の小鬼を、あっちゅう間に片付けちまった……」


「お侍さん、あんた凄いねぇ……! ひょっとして、名のある武芸者なのかい?」


 口々にたたえてくる村人たちの声に、俺は少し気恥ずかしくなった。


 貰い物の力だから、誇るのも違う気がする。

 でも褒められて嬉しくないと言えば噓だった。


「えっと……俺、戻ります。連れがまだ戦っているかもしれないので」


 照れ隠しにそう言い残しつつ、俺はその場から走り去った。


「助かったでよ、浪人さん!」


「あんたが来てくれなかったら、どうなってたか分からねぇだ!」


「ありがとう~、お侍さぁん!」


 そんな声を背に受け、さらにこそばゆくなる。

 人から感謝されるのは、慣れてないからなぁ……。


 ──と、俺がそうして、梨乃や彩音のもとに間もなく戻ろうというときだった。


「うぎっ──ぁああああああっ!」


 梨乃の悲鳴。

 続いて、どさりと何かが投げ出された音。


「梨乃ぉっ!」


 彩音の、焦燥に駆られた悲痛な叫び声。


 何だ、何が起こっている……?


 俺は梨乃たちが戦っている場所まで、全速力で駆けていった。

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