第6話 小鬼

 時は夕刻。

 夕焼け色の空に、紫色が混ざり始めた頃のこと。


 叫び声が聞こえてきたほうに走ると、村の住居が集まる場所からは少し離れた、田畑が広がる一帯にたどり着いた。


 いくつもの小柄な影が、田畑の間のあぜ道を通って、村のほうへと向かってくる。

 あれが小鬼だろう。


 小鬼は人間の子どもに似た体形だが、それとは見間違えようのない怪奇な姿をしていた。


 肌はくすんだ群青色で、細い手足は歪んだ木の枝のように節くれだっている。


 目玉はぎょろっとしていて、口は大きく裂け、耳は奇妙にとがったもの。


 口からだらだらとよだれを垂らした様は、まさに醜悪。


 手には思い思いの武器──棍棒や、先が尖った木の棒などを持っていた。


 小鬼の数は、見える範囲では全部で七体。


 何人かの百姓が協力し、農具を振るって追い払おうとしていたが、ひょいひょいと跳び回る小鬼の俊敏な動きに翻弄されているようだった。


 今のところ死人や、大きな怪我を負った村人はいないようだが──


「……彩音は右のあぜ道を。左はボクがやる」


「了解。数が多いから気を付けて、梨乃」


「……そっちこそね」


 忍者装束の少女と巫女装束の少女が、左右に散る。


 田畑の間にある何本かのあぜ道のうち、小鬼は主に二本の道を通って攻めてきている。

 その二つの通路を、梨乃と彩音がそれぞれカバーしに行った形だ。


 さて、俺は戦力として期待されていないみたいだが、どうしたものか。


 助けられてばかりの現状、少し活躍したい気持ちはあったが、功を焦って二人の邪魔をしてもいけない。


 とりあえず様子を見て、どちらかが危なそうだったら援護に入ろう。

 そう方針を決めた俺は、ひとまず戦況を見守ることにした。


 二人の少女たちのうち、より動きが素早いのは梨乃のほうだ。

 小柄な身でありながら、驚くほどの速度であぜ道を一気に駆けていく。


 忍者姿の少女の行く手には、三人の村人と、四体の小鬼。


「……道、真ん中あけて」


 梨乃がそう声をかけると、小鬼と戦っていた村人たちは慌てて左右に分かれた。


 梨乃は開かれた中央部に滑り込みながら、同時に手で複雑な印を組む。


 梨乃の全身が淡く輝いたかと思うと──


「……忍法・火遁の術!」


 梨乃はその口から、炎を吹いた。


 おおっ、すごい芸当!

 あれも魔法みたいなものなんだろうか。


 梨乃が顔を大きく横に振ると、炎が薙ぎ払われるように左右に広がる。


 炎の吐息の射程距離は長くはなかったが、四体の小鬼のうち、すぐ近くにいた三体を攻撃範囲に巻き込んだ。


 その三体のうち一体はとっさに跳び退って回避したが、残る二体は燃え盛る炎の直撃をその身に受け、火だるまになって転がった。


 火だるまの二体は田んぼに落ち、水に浸かってじゅうと湯気を発する。


 二体ともすぐに動かなくなったかと思うと、その体が黒いもやのようになって霧散し、やがて跡形もなく消え去ってしまった。


 何だあれ……?

 生き物じゃないのか?


 不思議現象だな。

 この世界に来てから不思議現象ばかりなので、今更ではあるが。


「おおっ、すげぇ! 二体の小鬼をあっちゅう間に!」


「さすが浪人さんだぁ!」


「……村の人たちは、下がって。残りの二体も、ボクが片付ける」


 梨乃は腰に提げていたナイフのような刃物──苦無くないを二本、両手を使って取り出す。


 それから二本の苦無をいずれも逆手に構え、身を落として二体の小鬼と向き合った。

 対する二体の小鬼は、どこかうろたえた様子を見せている。


 あの感じなら、梨乃のほうは問題なさそうだな。

 俺はもう一人──彩音のほうへと注意を向ける。


 巫女装束の少女もまた、三体の小鬼との接近戦に入ったところだった。


「──やぁああああっ!」


 彩音は薙刀なぎなたを左右に大きく振り、三体の小鬼をまとめて攻撃する。


 三体のうち二体の小鬼は後方に跳び退って回避したが、迂闊にもしゃがんでかいくぐろうとした残りの一体は回避しきれずに、その首を薙刀の刃で切り裂かれた。


 首を切られた小鬼は、激しく血を噴き出しながらふらついて、ばたりと倒れる。

 その小鬼もまた、すぐに黒い靄になって消え去ってしまった。


 そのあとには、黒と紫色の入り混じった模様の奇妙な石が残った。


 ひょっとするとあれが、梨乃が言っていた「魔石」というやつだろうか。

 あるいは梨乃が倒した小鬼の「魔石」も、田んぼの中に沈んでいるのかもしれない。


「ここは私に任せて! 皆さんは下がってください!」


 薙刀を構えた彩音は、農具を手にした村人たちを背にかばうようにして、残る二体の小鬼と対峙する。


 小鬼たちは、長さのある獲物を扱う彩音との間合いを慎重に図りつつ、巫女装束の少女を睨みつけていた。


 彩音のほうも、ひとまずは心配いらなさそうだ。


 梨乃も彩音も魔物退治のプロフェッショナルなのだから、当然と言えば当然か。


 このまま順調に進めば、俺が手出しすることもなく小鬼退治はつつがなく終わるだろうな──


 と、そう思っていた矢先のことだった。


「きゃああああああっ!」


「くそっ、こっちにも小鬼だ! 手が空いてる男は来てくれ!」


 まったく別の方角から、そんな声が聞こえてきた。


 それを耳にした梨乃と彩音からは、焦りの声。


「……くっ、別のほうからも来るなんて。こいつらをさっさと倒して、助けに行かないと」


「それはそうなんだけどさ、梨乃。こっちもおかわりみたいだよ」


「……うげぇっ。……勘弁してよ」


「ホント。どうせなら全部こっちに来てくれればいいのにね。中途半端が一番困るよ」


 見ればあぜ道の先にある森のほうから、さらに三体の小鬼が現れ、仲間たちに加勢しようとしていた。


 どうやらこれは、梨乃と彩音の二人にとっても厄介な状況らしい。


 二人と交戦している小鬼たちも、少女たちの焦りをあざ笑うかのように間合いを取り、迂闊に飛び込まない姿勢を見せていた。


 ようは手が足りないらしい。

 ならば──


「梨乃、彩音! 向こうは俺が行ってくるよ!」


「……えっ、刀悧が? でも──」


「分かった、お願いするね! 私たちもこっちが片付いたらすぐに駆けつけるから、無理はしないで!」


「了解。やれるだけやってみる」


 俺はそう言い残して、声がした方角に向かって駆けだした。

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