第5話 癒やしの術

 彩音についていくと、一軒の家にたどり着いた。


 家の戸を叩くと女性が一人出てきて、彩音が要件を言うと喜んで家に上げてくれる。


 畳敷きの部屋では、女性の夫と思しき男が、布団に横たわっていた。


「あんた、この娘さんは癒しの術が使えるそうだよ。お願いしたらどうだい?」


「な、何だってぇっ!? あ痛たたたっ……!」


 男は布団から起き上がろうとしたが、上半身を起こしたところで腹部を押さえて痛みを訴える。


 男の腹部には、さらしのような布が巻かれていた。

 本来真っ白であろう布は、その一部が血のあとで赤茶けている。


 彩音は男に向かって言う。


「よければ治癒の術を施しますよ。寺社での寄進と同じ額、銀一匁ぎんいちもんめをいただきますけど」


「ありがてぇ、是非とも頼まぁ。この怪我なもんで、町にあるお寺まで歩いて行くのもしんどかったんだ」


「商談成立ですね。まいどありー♪」


 そう言って彩音は、巫女装束の懐を探って、一枚の札を取り出す。


 札には毛筆で、何やら呪文のような文字が綴られていた。


 彩音はその札を男の患部に当てると、胸の前で手を組んで祈るように目をつむる。


「──符術・小癒しょうゆ!」


 巫女装束の少女の、凛とした声。

 彩音の全身が、淡い輝きを帯びたように見えた。


 次には札が強く輝き、光そのものとなって──


 わずかののちに光がやむと、患部に貼られた札は消え去っていた。


 彩音は怪我をしていた男に、にっこりと微笑みかける。


「どうですか? そのぐらいの怪我なら、全部治ったはずですけど」


「ああ。痛みは治まったな」


 男は腹部に巻いていた布をはがしていく。

 すると布の下からは、傷一つないきれいな肌が現れた。


「おおーっ、本当に治ってるじゃねぇか。お嬢ちゃん、若いのにすげぇな」


「にひひーっ。こう見えて退魔巫女やってますんで」


「いや、助かった。こいつは約束の銭だ」


 男は財布から一枚の硬貨をとりだすと、彩音に手渡した。


 彩音はそれを受け取り、ほくほく顔で自分の財布にしまい込む。


 用事を済ませた俺たちは、男の家を出た。

 そして次の家へと向かう。


 その道すがら、俺は隣を歩く梨乃に聞く。


「あれが『フジュツ』ってやつか」


「……そう。呪符じゅふっていう、力ある呪文が綴られたお札を使う術だから、符術」


「なるほど。ようは魔法だよな……」


「……マホウ? 南蛮渡来の妖術師が使う術だっけ。刀悧、どうしてそんなことだけ知ってるの?」


「あ、いや、まあ……俺にもいろいろあって」


「……ふぅん。刀悧も隠し事はあるんだ。いいけど」


 ちょっと拗ねたような梨乃の態度。


 いや、別にそうでもないのかな。

 梨乃は表情が見えにくいからよく分からない。


 それにしても、やっぱり数珠繋ぎに検索情報が増えていくな。

 全部掘るのはあきらめて、聞くのは目の前のことだけにしておいたほうがよさそうだ。


 その後も彩音は二軒の家を回り、怪我をしている人を治癒していった。


 彩音はそのたびに、村人からお金を受け取っていく。


 銀一匁ぎんいちもんめというのがどのぐらいの金額なのかは分からないが、財布からすぐに出せるのだから、日常的な額ではあるのだろう。


 すると俺の視線が銭に注がれているのに気付いたのか、三軒目を出たときに、彩音がぷくっと頬を膨らませた。


「守銭奴だとでも言いたそうだね、刀悧さん」


「あ、いや、そういうわけじゃ……。お金は大事だな、うん。むしろその歳で、しっかりしているなって」


「本当かなぁ。何ならさっきのおにぎり代もいただきましょうか?」


「……ごめん。たぶん持ってない」


 財布らしきものを探したけど、持ってなかったんだ。

 すまない。


 一方で彩音は、くすくすと笑う。


「ふふっ、冗談だよ。──でも私も、もともと守銭奴ってわけじゃないんだよ。目的のためにお金があったら役に立つから集めているってだけで」


「目的……?」


「んー、まあ、私たちにもいろいろあるんだよ。──ね、梨乃?」


「……うん。刀悧にも隠し事があるみたいだから、お相子」


 と、そんな話をしていたときだった。


 どこか遠くのほう──村の端のほうから、こんな叫び声が聞こえてきた。


「小鬼だー! 小鬼が出たぞーっ!」


 それを耳にした彩音と梨乃の顔が、幕が切り替わったように一瞬にして真剣みを帯びる。


「おっと、このあと巣穴に向かうつもりだったけど、向こうから来たか」


「……好都合、でもないか。巣穴でやり合うのも面倒だけど、村でやり合うのもそれはそれで厄介。村人を守らないといけない」


「それなりにやるしかないでしょ。あ、刀悧さんは無理しないでね。基本は私たちでどうにかするから」


 彩音と梨乃は互いにうなずき合い、声がしたほうに向かって駆けていく。


 俺もまた──


「……ま、なるようになるか」


 懐の刀を軽く握って柄の感触を確かめると、二人のあとを追って走り出す。


 恐れも緊張も、不思議となかった。

 ただ静かな自信だけが、胸の奥に灯っていた。

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