第3話 退魔巫女とロリっ娘忍者

「はぐはぐっ……! むぐむぐっ……! うまいっ、うまいっ……!」


 俺はバクバクむしゃむしゃと、もらった「おにぎり」にかぶりついていた。


 こんなにうまいおにぎりは、生まれて初めてかもしれない。

 空腹と人情は最高のスパイスだ。


 そんな俺の様子を見て苦笑するのは、おにぎりを譲ってくれた巫女装束の少女だ。


「あきれた。よっぽどお腹がすいてたのね」


「……でも、このぐらいの食べっぷりを見てると、気持ちがいいね。たくあんと、お味噌汁もいる?」


「──っ! いただきます!」


 忍者装束の小柄な少女から、葉っぱに包まれたたくあんと、竹の水筒から注がれたみそ汁を受け取ると、それらも堪能する。


 竹のカップに注がれたみそ汁は、さすがに熱々ではなかったが、ほんのり温かくて身に染みた。


 胃が弱っていて受け付けないということもなく、俺の体は久しぶりの食事を大いに歓迎したようだった。


「ごちそうさまでした! すごくおいしかった。おかげで助かりました!」


 俺は食事を終えると、二人の少女に向かって手を合わせ、頭を下げる。


 この二人は、俺の命の恩人だ。


 一生この二人の奴隷になってもいいと思えるぐらい、俺は彼女らに感謝していた。


「ふふっ、どういたしまして。困ったときはお互い様だよ」


「……飢えた野良猫に、餌をあげたようなもの。好きでやっただけだから、気にしないで」


 二人はそう言うのだが……ううっ、人情が身に染みる。


 困ったときはお互い様、なんて言葉、職場の上司が人の善意を都合よく利用しようとしたときにしか聞いたことなかったぞ。


 俺はあらためて、二人の姿を見る。


 巫女装束の少女は、高校生ぐらいの年齢に見える。

 十六か、十七か、そのあたりだろう。


 長くてきれいな黒髪を、背中まで伸ばしている。


 その髪型や衣装が持つ清楚な雰囲気と、彼女自身の天真爛漫な笑顔とが絶妙なギャップを醸していて、とても魅力的だ。


 ややあどけない顔立ちながら、眉目も整っている。

 スタイルも出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる理想形。


 アイドルでも女優でも通るのではないかと思う美少女だが、特筆すべき点が一つ。


 手に薙刀なぎなたを持っているのだ。


 身の丈ほどの長さの棒の先に、鋭利な刃物が取り付けられたその道具は、誰かを攻撃するための武器に違いない。


 ただの巫女さんとは思えないし、本人も先ほど「退魔巫女たいまみこ」などという言葉を口にしていた。

 彼女が何者なのか、その素性は気になるところだ。


 一方、まったく年齢不詳なのがもう一人のほう──忍者装束の少女だ。


 きわめて小柄で、小学生かと思うほどの愛らしい容姿である。


 背丈で言えば、俺の胸ぐらいまでしかない。

 俺の身長が成人男子の平均ほどと言えば、彼女がどれほど小柄であるかが伝わるだろうか。


 顔立ちやスタイルもまた、子どものようにかわいらしい。

 一言でいえば、ロリ体形である。


 彼女もやはり黒髪で、髪形はポニーテール。

 童顔ともマッチしていて、これまたかわいい。


 だが本当に子どもなのかと問えば、違う気がする。


 表情は落ち着いていて、どこか大人びている感じがする。

 しゃべり方が淡々としているので、そう見えるだけかもしれないが。


 巫女装束の少女が口を開く。


「ところで、お兄さんも見た感じ『浪人ろうにん』よね? こんなところで行き倒れなんて、ずいぶんと間が抜けているのね」


 バカにしている風でもなく、純粋に思ったことを口にしたという様子。


 彼女の言葉の中に気になる部分はあったが、ひとまずそれは置いて答える。


「どうだろうな。俺、気が付いたら知らない森の中に倒れていて。あてもなく歩いていたら今ここって感じなんだ」


「えっ、それって記憶喪失ってこと?」


「えーっと……まあ、だいたいそんな感じ」


 いきなり「異世界から来ました」とか言うと話がこじれそうだったので、ひとまずそう言っておく。


 あと今さら思ったけど、普通に言葉が通じているな。


 ここは本当に「異世界」なのだろうか。

 目の前の二人の少女の格好はたしかに奇異だが、コスプレというやつかもしれない。


 だが俺の身体能力など諸々の不思議も考慮すれば、異世界だとでも言われたほうがしっくりくるのはある。


「……名前も、覚えてないの?」


 横から忍者装束の少女が聞いてきたので、俺は少し考えてから首を横に振る。

 恩人を相手に、無用に嘘を重ねることもない。


「いや。俺の名前は御剣刀悧。それは覚えている」


「……トウリ。……どういう字?」


 忍者装束の少女は、続けてそう聞いてきた。

どういう字……?


「えーっと、刀に怜悧れいりの悧で刀悧だ……と言って、通じる?」


「……うん、分かる。……刀悧ね。……ボクは梨乃りのなしに、秀でるの下半分で、梨乃」


 忍者装束の少女──梨乃もまた、そんな風にして自分の名前を紹介してきた。


 このあたりは日本文化そのものだ。

 異世界だとするなら不思議だが……ひとまずそういうものと思っておくしかないよな。


 一方で、巫女装束の少女もまた、自己紹介をしてくる。


「私は彩音あやね。彩る音と書いて彩音よ。よろしくね、刀悧さん。──あっ、それとも見たところ武士みたいだから、『御剣さん』って呼んだほうがいいのかな?」


 武士……?


 武士っていうとやっぱり、江戸時代で言うところの「士農工商」の「士」だよな。


 今の俺は、武士なのか?


 たしかに時代劇の浪人っぽい恰好をしているし、浪人も武士の端くれだったはずだが。


 ううむ……自分のこともこの世界のことも、何も分からんぞ。


「呼び方はどっちでもいいけど。俺ってやっぱり武士なのかな? そう見える?」


 そう聞くと、巫女装束の少女・彩音と忍者装束の少女・梨乃は、互いに顔を見合わせた。


 ついで彩音が、あきれたように言う。


「それも分からないの? 本当に記憶喪失なのね」


「面目ない」


「でも困ったな。私たちもこの先の村まで小鬼こおに退治に行く途中だから、あまり刀悧さんに構ってばかりもいられないのよね」


「小鬼退治……?」


 小鬼……って、鬼?

 この異世界、そういうのもいるのか。


 異文化に戸惑っている俺に、忍者装束の少女・梨乃が聞いてくる。


「……刀悧は、戦うことはできるの? 刀を提げているけど、戦闘経験は?」


「いや、どうだろ……たぶん戦えると思うけど、刀を振って実際に戦ったことはない……かな」


 今の俺には、女神から与えられた【剣豪】の力がある……らしい。


 体を動かした感じからも、少なくとも人並み以上には戦えるのだと思う。


 だが実際には、刃物を使って敵と戦った経験などない。

 素手の喧嘩ですら記憶にないほどだ。


 俺の返事を聞いた梨乃は、考え込むしぐさを見せる。


「……実戦経験なし、か。……でも記憶喪失なら、昔はいっぱしの剣士で、体が覚えている可能性も。……ねぇ彩音。刀悧もボクたちの小鬼退治に同行させるのは、どうかな?」


 その梨乃の提案に、巫女装束の少女・彩音もうなずく。


「それはいいかもね。記憶喪失で右も左も分からないまま、また行き倒れられても助け損だし。──どう、刀悧さん。せっかくだから、私たちと一緒に来ない?」


 完全な善意からの提案、だよな。


 この二人には世話になりっぱなしだが、断る理由もない。


「じゃあ、お言葉に甘えて。きっと戦えると思うから、なるべく二人の力になれるように頑張るよ」


「ふふっ、そんなに気負わなくてもいいよ。小鬼退治はもともと、私たち二人でこなせる仕事なんだから」


「……でも仕事が楽になるなら、それに越したことはない。無理をしない程度に手伝って」


 二人は優しかった。

 生前(?)のブラック企業の上司とは大違いだ。


 あー、もう。

 この二人になら、一生ついて行ってもいいとすら思う。


 いやまあ、俺のほうがどう見ても年上なんだから、それもずいぶん情けない話ではあるのだが。


 でも今は、この世界のことがまったく分かっていないのだから、ひとまずのところはしょうがない。


 とりあえず、恵んでもらったおにぎりとたくあんと味噌汁の分は、この二人に奉公しよう。


 俺はそう、強く心に決めていた。

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