第2話 行き倒れ
気が付いたら、俺は見知らぬ森の中に倒れていた。
小鳥が鳴き、きらきらとした木漏れ日が落ちる鬱蒼とした森だ。
「ここは……」
起き上がって周囲を見回す。
見渡す限りの木々の群れで、右も左も分からない。
次に自分の体を見れば、真っ裸ではなくなっていることに気付いた。
衣服を着ている。
しかしその衣服が、なんとも特徴的だった。
「何だこれは。……羽織袴? じゃないな、着流し?」
俺が子どもの頃に大好きだった、時代劇に出てくる正義のヒーロー──浪人が着ているような服だった。
履物も
靴を履きなれた俺は、どうにも落ち着かない。
衣服や履物だけではない。
何よりも驚いたのが──
腰に巻かれた帯に、刀が一振り、鞘に収まった姿で挿さっていたことだ。
「……マジか」
俺は刀を抜いてみる。
しゃり、という音とともに、美しい曲線を描くギラついた刃物が姿を現した。
本物にしか見えない。
試しに落ち葉や木の枝を拾って斬ってみたが、どちらにも恐ろしいまでの切れ味を見せてスパッと切れた。
俺は何気なしに刀を構えて、振ってみる。
刀は俺の手によく馴染むもので、まるで長年使い込んだ相棒のようにしっくりときた。
そればかりじゃない。
刀を振るう俺の身のこなしも、運動音痴であった生前(?)の俺の動きとはまったく違った。
俺の頭も体も、刀の振り方や体の動かし方を熟知している。
不思議な感覚だった。
俺はひと通り動いてみてから、刀を鞘に収める。
そして腕を組んで──困った。
「さて、これからどうしよう?」
周囲を見回しても、森の木々があるばかり。
どっちに行ったらいいのかも分からない。
俺はひとしきり考えてから──考えるのをやめた。
「ん、分からん。バカの考え休むに似たりだ。とりあえず適当に歩いてみよう」
見知らぬ森の歩き方も、サバイバルの仕方も、俺にはまったく知識がない。
それもネットで調べれば分かったかもしれないが、残念ながらスマートフォンのような文明の利器は、今の俺の手元には一つもなかった。
であれば、考えていても埒が明かない。
ひとまず俺は、気が向いた方向に歩いていくことにした。
***
この世界に来てから、何日がたっただろうか。
三日目か、四日目か、五日目か──そんなことも思い出せないぐらいに、俺は疲弊していた。
ぐぅぅぅっと腹が鳴る。
この世界に来てから、俺はまともな食事に一度もありつけずにいた。
「は、腹減った……死ぬ……」
途中で拾った長い木の枝を杖のように使って、俺はひいこらと歩く。
森の中をあてもなく、ただただ歩き続けてきた。
途中、見付けたキノコを食べてみたりもしたが、腹を下してひどい目に遭った。
お前はバカなのかと問われれば、バカなのだろうと答えるしかない。
こんなバカがたった一人で謎の異世界に放り出されて、無事に生きていけるわけがなかったのだ。
「まったく、何が『幸運にも』だ……何が『大当たりです』だ……【剣豪】だか何だか知らないけど、剣の腕なんて生きていくのに何の役にも──あ」
だがそんなバカでも、一つだけ正しいことをしていたらしい。
川を見つけたので川沿いに森を下っていたら、ようやく人が作った「道」らしき場所にたどり着いたのだ。
もっとも「道」といっても、コンクリートの地面などではなくて、森をまっすぐに切り拓いてできただけの素朴な道路であったのだが。
「道だ……」
それでも俺は、希望に打ち震えた。
きっとこの道を歩いていけば、どこかの人里にたどり着くだろう。
それから俺は、力の限り歩いた。
希望を胸に抱き、人が住んでいる場所を目指して。
だが──
「もう、ダメだ……」
俺はすぐに力尽き、道半ばで倒れた。
限界だったのだ。
「ああ……ご飯が食べたい……」
俺はみじめに地べたを這いつくばって涙を流す。
こんな終わり方をするなら、いっそ電車に撥ねられたときに、そのまま──
と、そんなことを思っていたときに、どこかから声が聞こえてきた。
「あれ……? ねぇ
「……本当だ。……行き倒れかな」
声は二つ、どちらも女性のものだった。
いずれも若い声。
「刀をさげてるわ。……
「……そうかも。……どうする、
「うーん……あやしいけど、こういうとき助けたくなっちゃうのが、この
「……そういうのを、自分で言わなければね」
声と気配が近付いてくる。
俺は気力を振り絞って、顔を上げた。
俺を見下ろしていたのは、紅白の巫女装束をまとった少女と、忍者のような姿をした小柄な少女だった。
「あら、生きてた。──大丈夫ですか、お兄さん?」
「……彩音、気をつけて。……ボクたちの油断を誘って、追い剥ぎをするつもりかも」
「そんな風には見えないけどな。おーい、お兄さーん。話をする元気はありますかー?」
巫女装束の少女と忍者装束の少女は、片や気さくに、片や警戒した様子で俺に関わろうとしてくる。
俺は──
「は……腹減った……」
どうにかそれだけ、言葉を絞り出した。
ぐぎゅるるるるっと、俺の腹が鳴る。
俺を見下ろしていた二人の少女は、互いに顔を見合わせ、クスッと笑った。
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