08話.[分からなかった]

「少し意地を張ってしまったことを後悔している」

「あ、SDカードのこと?」

「ああ、まああれはあれで音羽のためにもなるからいいが、……もっと自分が欲しい物を言えばよかったとな」


 貯めていたとはいえ、最近のそれで結構使ってしまったからなあ。

 再度なにかをプレゼントするというのはあまり現実的ではない。


「じゃあ僕で、僕を使っていいよ」

「純を使う?」

「僕にできることならなんでもするよ、あ、悪いことはできないけど」

「なんでも……か」


 彼女がいま求めているそれには応えられないからせめて、というやつだ。

 もっとも、実際にできることというのは少ないというのが本当のところで。

 だから情けないがあんまり期待しないでとも言っていた。


「それならもっと家に来てほしい、音羽も会いたがっているからな」

「それならそれで」


 早速とばかりに移動を始める。

 柚月は久田君と行動するのを再開してしまったから当分はふたりきりだ。

 流石にこれだけ重ねればこの前みたいに物足りない的な言い方をされることもないだろうし、家に行く回数を増やせば音羽ちゃんのためにもなれるからいいことで。


「ただいま」

「お邪魔します」


 しまわない子だから既に帰宅していることは分かった。

 慣れっこなのかなにかを言ったりすることなく彼女は靴を靴箱に。

 だが、リビングに行ってみても残念ながら音羽ちゃんはいなかった。


「どうせすぐに下りてくる、それとも、部屋に行くか?」

「邪魔したくないからいいかな」

「ああ、すぐに飲み物を用意する」


 まだまだ彼女へのクリスマスプレゼントが有効活用されることはなさそうだ、ぽつんと置かれている最新のゲーム機を見てそんな感想を抱いた。

 それからそうしない内に温かい飲み物を貰えたからお礼を言って飲ませてもらうとなんか勝手にふぅと落ち着いた感じに。


「そういえば私達の関係ってどうなっているんだ?」

「あ、そういえば」


 もう冬休みというわけではなく、学校が始まっている。

 休みが終わろうと彼女といられる時間が減ったりとかそういうことはないため、ひとりになる時間も少なくてよく考えていなかった。

 はっきりとした態度を貫き、彼女もまた分かりやすい態度でいてくれた。


「僕は――」


 それなら最後までしっかりしなければならないということで頑張ろうとしたときのこと、いつの間にか扉のところにいた音羽ちゃんがリビングに入ってきた。

 まあ、これは当然だと言える、寧ろ僕が来すぎている方がおかしい。


「純、勉強教えてよ、もちろんそれを言った後でいいからさ」

「分かった」


 ちゃんと好きだって遊の目を見ながら言わせてもらった。

 揶揄してきたりすることなく音羽ちゃんが「行こ?」とこっちの手を掴む。

 確認してみたら「よろしく頼む」と言われたので、ふたりだけで二階へ。


「もう私立受験が近いからさ、部屋でやっていたんだけど」

「僕がうるさかったかな?」

「うーん、なんか気配で分かったというだけ、純なら分かりやすく教えてくれるからどうせいるなら頼もうと考えたんだ」


 部屋に入らせてもらって床に座ったら「まさか告白する直前だとは思わなかったけどね」と少し複雑そうな顔をしていた。


「私さ、純といたいからクリスマスは参加させてもらったんだ」

「あ、そうだったの? 一緒にいたいということは言ってもらっていたけど」

「純は優しいからさ、お姉ちゃん達だけじゃなくて私にも柔らかな態度で接してくれたから」

「それは当たり前だよ、だって音羽ちゃんだって同じなんだから」


 そうされたら同じように返すのが僕だから。

 悪いことをされたら弱いから無視することしかできないが。


「それに……私的には格好良かったし」

「えっ? 僕が?」

「ここでわざわざ拓とか他の人の話を出すと思う?」

「いや、え、だけど……」

「優しくしてくれる男の先輩とか気にならないわけないじゃん……」


 その瞬間に浮かんできたのは思わせぶりなことをしたわけではないよね? という疑問だった。

 遊や柚月のために動いたことは沢山あるが、音羽ちゃんとはとにかく会話ぐらいしかしていなかったから。


「ま、お姉ちゃんがいるから言わなかったんだよ」

「なるほど」

「って、こんな話はいいんだよ! いまは勉強! どうせ純がいてくれているなら真面目にやらないとね!」

「僕でよければ付き合うよ」


 今度は途中で脱線することもなくずっと真面目だった。

 僕が受験生のときは掃除とかそういうことにすぐ気を取られていたから偉い。

 ただ、少し空回り気味なところもあったのか、十九時頃には手が止まってしまうことが増えて。


「遊、音羽ちゃんが寝ちゃったんだけど」

「それなら寝かせてやってくれ」

「分かった」


 寝るならベッドで寝た方がいいと言っても動こうとしないから運ばせてもらう。

 どうせなら遊が作ってくれた美味しいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、それから気持ち良くベッドで寝転んだ方がいいと思うが、これだと味わうこともできないし、お風呂なんかでは危ないことになりそうだからね。


「……じゅん、まだいて」

「分かった、寝息を立て始めるまではいるよ」


 両親には既に連絡をしてあるからその点は問題ない。

 問題があるとすれば告白するだけして離れることになったということだ。

 付いてこなかったのはそういう気持ちに気づいていたからなのかもしれない。


「ごめん、いつも自分勝手で」

「なんで謝るのさ、そんな必要はないよ」


 あまりにも急すぎる、受験に対する不安が他に影響しているのかも。

 まあでも、本当に一日一日近づいているわけだから仕方がないか。

 そういうところも見せてくれるというのは信用してくれているということだからそれも嬉しいが、そういうところをなるべく見たくないというのが正直なところだ。


「迷惑にしかならないのにあんなこと言った」

「好きになってもらえるのは嬉しいよ」

「いまだって家に帰りたいのに引き止めちゃったから」

「遊を放置してきちゃっているというのはちょっと気になるところだけどね」

「じゃあほら、お姉ちゃんのところに行っていいよ――って、違うか」


 彼女は体を起こしてから「付き合ってくれてありがとう、だけどお姉ちゃんも一緒にいたいだろうから」と。

 気になることは確かだったからまた明日と話をして彼女の部屋をあとにする。

 そうしたらすぐのところで遊が立っていたから丁度よかった。


「純、また明日話そう」

「うん、分かった」


 お腹も空いたからそれもまた丁度よかった。

 荷物を忘れると大変なことになるからしっかり持って彼女達の家をあとにした。




「てりゃー!」

「僕も投げていい?」

「うん! 純も見ているだけじゃもったいないよ!」


 今日は失恋をして荒れているというわけではなかった。

 逆に久田君と上手くいってハイテンションになっているというわけでもない。


「それで本当のところは?」

「え? 特にないけど」

「なんだ、ただ体を動かしたかっただけか」

「そうだよ? 冬だとついつい食べるだけ食べて太っちゃうから」


 それは分かる、よし、じゃあ動かないとな。

 投げるものではないが軽いテニスボールを投げておくことにした。

 幅はあるから一緒にやっている彼女に迷惑をかけることもないし、どこかにいってしまうということもない。


「やっぱり嘘、ちょっと悔しくなっちゃったんだよね」

「嘘?」

「うん、ふたりがあっさり付き合っちゃったからさ」

「ああ」


 ちなみに遊はブランケットを足に掛けて座っている。

 見ていたら反応して手を上げてくれたからこちらも振っておいた。

 誘ったが「寒いからじっとしていたい」と言われて駄目だったからひとりで来た形となる。

 格好つけと言われた上着を貸すという行為もしているからきっと風邪を引くということはないはずだ。


「だから、さ! ……なんてね、急がずにやっていくよ」

「うん、それがいいよ」

「いまはとにかく純や遊ちゃんと話したり、久田君と一緒にいたりできればいいの」

「そっか、そこに僕達が含まれているというのは嬉しいなあ」

「当たり前だよ。片方は幼馴染だし、遊ちゃんとも出会ってからはずっと一緒に過ごしてきたから」


 小さい頃は遊の力を借りられたというわけでもないのによく関係を続けられたものだなと客観的にそんなことを考えた。

 僕は彼女が、遊が優しいから関係を続けられたと考えていたが、本当はそれだけではないのかもしれない。

 僕らしく過ごしていた間に彼女のためになにかできていたことだってひとつぐらいはあった可能性もある。


「ふぅ、満足できた、帰ろ!」

「そうだね」


 それから当たり前のように遊の家にお邪魔することになって。


「あ、今日は柚木先輩もいるんですね」

「おお、拓君!」

「あ、少し声のボリュームを抑えてください、音羽が頑張っているので」

「あ、ごめんごめん」


 リビングでやりがたがるのは帰宅したらここで遊がゆっくりするからだろう。

 それにここにいれば柚月とかとも話せるかもしれないからそういう期待というのもゼロではないはずだ。


「えー、純はまた来たんだー」

「自然とここに来ちゃっていてね」

「まあいいけどさー」

「邪魔なら私達は部屋に行くが」

「邪魔じゃないよ、だけどどうせいるなら協力してほしいというだけ」


 昨日も言ったように頼まれれば協力をする。

 柚月は拓君と違う場所に行ってしまったから自然と静かになった。

 彼女にとっては静かな場所の方がいいのかすぐに集中し始め、遊は邪魔しないようにまた少し離れた場所に座った。


「いまはやめたー! 純達が来てくれているならもったいないし」

「そっか」

「ゲームやろ! 私が教えてあげるから大丈夫!」

「それならやらせてもらおうかな」


 先に結果を言ってしまえば初めてにしても実にださかった。

 丁寧に教えてくれているのにすぐに理解できないこの脳は何故なのか。

 言ってしまえば勉強なんかよりもよっぽど楽なことなのにこういうことに関しては適当に弄った赤ちゃんといい勝負ができそうなぐらいで……。


「はは、ゲームに限って言えば音羽が先輩だな」

「ふふん、純が後輩だよー」

「もう少しだけ教えてください音羽先輩、そうすればなんとかなる気がします」

「おけおけ、私に任せろー」


 よし、少しずつ言う通りにしていくだけで変わっていっているぞ。

 いまの僕にとっては確実にいい変化だ、続けていけば少しぐらい――あ。


「ゲームは終わりだ」

「ちょいちょい、もうちょっとで純も上手くできそうだったのに」

「音羽と仲良くしているところを見たらむかついた」

「えぇ、あ、あのとき許可してくれたのは――」

「そうだ、そうでもなければふたりきりで部屋にいさせるわけがないだろ」


 試したくてしているわけではないから大人しく従っておいた。

 彼女も少し納得のいかないような顔をしていたが、ちょっとしてから勉強を再開して悪い雰囲気になることはなくて一安心。


「客間に行こう」

「うん」


 聞けることは聞いていれば最悪なことになることはない。

 難しいことを求められているわけでもないから安心して一緒にいられるんだ。


「悪い、わがままな人間だからすぐに矛盾した行動をしてしまうんだ」

「矛盾と言えば僕もそうだよ」


 だから安心して、なんて言えないからそんなものだよねと片付けた。

 相手が僕ならそうしてはっきりしてくれた方がありがたいが、それもまたそのままでいいと言うのは違うから口にはしなかった。


「次に活かせていない点が気になる、このままだといつか問題になりそうだ」

「すぐにどうこうするのは無理だよ、だけどゆっくりなら無理なくできるよ」

「直そうと努力をしなければな、反省するだけなら誰でもできる」


 まあ、場合によっては開き直ってしまうのもありだと思う。

 考えすぎると自然体でいられなくなってしまうし、自分がどういう風に過ごしていたのかも分からなくなってしまうからよくない。

 見失いそうになるぐらいならいまのままでいてくれる方がよかった。


「ただいまー」

「おかえり」

「やっぱりさ、拓君も音羽ちゃんもいい子でいいね! 私にも弟か妹のどっちかがいてほしかったなあ」

「それなら今度、拓を誘ってみたらどうだ? 彼女がいるわけでもないから泊まってもらうとかもありだろ?」

「泊まってくれるとは思えないな~」


 確かに、拓君なら「話すだけでいいですよね?」とか聞いてきそう。

 あと、付き合っているのならともかくとして云々と言いそう。

 寝る場所が客間と部屋であったとしても納得しなそうだが、ただ、言ってみなければ分からないというのが実際のところなんだよなと。

 ああいうタイプは逆に「いいんですか!?」とかそういう反応を見せる可能性だって高いんだから。


「それにしっかりしすぎている子は駄目なんだ、ある程度さ」

「久田は違うのか?」

「お茶目なところもあるからね、そういうところが一緒にいたいと感じるかな」


 クールでもお茶目でもない僕はどうしたらいいのか……。

 あ、いや、いつも通りの僕を好きだと言ってくれたんだから不安になる必要なんかないか。


「ぎゅー」

「はは、音羽みたいだ」


 学校では全く一緒にいないふたりだからこういうところが見られると安心する。

 できれば学校でも少しぐらいは一緒にいるところを見せてほしかった。

 だって僕が常に彼女といて一緒にいられないということではないんだから。

 柚月だって席に座ってぼうっとしていることが多いからその時間をちょっとぐらいはさ。


「ふたりが仲良さそうなところを見られると落ち着くよ」

「学校では邪魔したくないだけだし」

「どんどん来てくれればいい、私だってどんどん行くから」

「分かった、純もだからね?」

「うん、分かったよ」


 握手を求めてきたから握り返しておいた。

 もちろん遊にだって忘れない。

 何故かやたらと楽しげな顔でいる理由が分からなかったが、まあ暗いよりはいいかと片付けて話しかけたのだった。

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