07話.[内はどうであれ]

「ふふふ、参加しないと思った? だけど参加するんだなー」

「ようこそ」

「……って、普通に対応しないでよ」


 学校が終わるなり普通に付いてきたんだから特殊な反応なんてできない。

 ベタに「えー! 本当に参加するとは思わなかった!」とか言えば微妙そうな顔をされなくて済んだだろうか?


「遊は音羽ちゃんを連れてくるために一回帰ったよ」

「本人から聞いたから分かっているよ」

「買いに行くのは何時からにする?」

「夕方近くでいいでしょ、寒いけどそれもまた楽しめそうだから」


 それならそういうことでゆっくりしよう。

 というか、柚月が家にいるというのが久しぶりすぎてやばい。

 だからついつい見ていたら「そんなに見ても惚れないから」とか変なことを言われてしまった。

 悪いのはこちらだから謝罪しておいたが、惚れ症であると同時に自意識過剰な女の子でもあるのかもしれない。


「あ、そうだ、これを柚月に」

「えー、プレゼントならご飯の後でいいでしょー」

「今日渡せばクリスマスプレゼントだよ、ちなみにこっちが音羽ちゃんので、これが遊のなんだ」


 拓君には誕生日プレゼントとして渡すつもりだった。

 まあ、僕が選んだ物だから変に期待されても困るし。

 柚月達に対するそれも同じだから早く渡して終わらせたいんだ。


「サイズが露骨に違ったりしないんだね」

「うん、物を贈るという行為を大切にしたいだけだから」

「なるほど」


 何度考えてもこれで分かりやすくもっと仲が深まるなんてことはないと思う。

 だけど悪いことには傾きづらいからさせてもらうことになる。

 遊に限って言えば欲しい物を選んでもらっているからその点では安心かな。


「あっ、私が出る!」


 お願いね、なんて言う暇はなかった。

 それどころかあっという間に連れて戻ってきてしまったからようこそとかわりに言っておいた。


「はい、遊も」

「おお」

「ありがとう、何故か私は中身を知っているがな」


 ああ、どうやらまだあれを気にしているらしい。

 欲しい物を貰えた方が嬉しいはずなのに難しい女の子だ。


「あれ、開けないの?」

「純……先輩がくれる物は大体想像できますので」

「そうなんだ、じゃあ私も帰ってから開けようかな」


 本人がいないところでは柚月なんて言っているくせに本人を目の前にするとこういうことになる。

 柚月先輩とは呼ばれているからそこで特に引っかかることはないみたいだが、僕との差はなんなのだろうかと考えてしまうときはあった。


「あ、そういえば音羽ちゃんも泊まるよね?」

「そのつもりですけど、お姉ちゃんもそうしますし」

「そっかっ、じゃあいっぱい話そう」

「柚月先輩とはあんまりいられませんからね」


 そういえばと渡していなかった飲み物を渡す、というか、置いておいた。

 柚月はそのまま遊や音羽ちゃんと会話を始めたからこちらは一旦、着替えてくることに。

 いつまでも制服を着ていたところで疲れるだけだし、もう学校は終わったんだから忘れるためにも着替えたかった。

 学校が嫌いというわけではなくてもやっぱり自宅にいるときとは違うから。

 で、最初に決めていたように夕方頃になったら食べ物を買うために外に出た。

 かなり寒くておぅと呟いてしまいそうになるぐらいで。


「柚月は寝てしまったな」

「そうだね」

「柚月って自由だよね」

「逆に音羽は借りてきた猫みたいだったな」

「……同じ場所にいるとちょっとね」


 もちろんセンスのない僕だけに任せてほしくないから一緒に来てもらった。

 意外だったのは音羽ちゃんも付いてきたということだ。

 寒いのが苦手なのに、自宅ではこたつにずっと入っているぐらいなのに、それこそ風邪を引いているんじゃないかと心配になるぐらいの行為で。

 だけどまあ、それなら分かるからお姉ちゃんがいるからだと片付けている。

 参加した理由も僕がお姉ちゃんに変なことをしないか監視するためだって本人から聞いているわけだからね。


「これぐらいかな?」

「それよりお金は……」

「あ、母さんがくれたから」


 最初はあくまでお小遣いでなんとかするつもりだった。

 それぐらいの余裕はあったし、僕の家はイブで盛り上がったら終わりだからだ。

 場所を貸してもらったうえにお金を貰うなんてできないなんて考えていたものの、「みんなのためだから」と言われて受け取るしかなくなった。


「それって私も増えた分、余計な出費……ってことだよね?」

「大丈夫だよ」


 貰ったお金で払うことには変わらないからささっとお会計を済ませてしまう。

 帰りは重い上に寒いから中々厳しかったが、ふたりがいてくれたからそこまで気になったりはしなかった。


「ふぅ」

「お、お疲れ様」

「うん、ありがとう」


 客間で寝ている柚月を呼びに行くのは遊に頼んだ。

 ちょっと固まりがちだった音羽ちゃんには広げるのを手伝ってもらう。

 みんなからお金を受け取ろうとなんてしていないから気にする必要なんかない。

 言ってしまえば柚月も遊も同条件なんだから。


「ふぁぁ~……ごめんよ~、一緒に行かないで」

「大丈夫だよ……って、遊は?」

「ん? あれ? いま呼ぶために来てくれたんだけど……」


 廊下を見てみても客間を見てみてもいる様子はなかった。

 一応二階に移動してみたら僕の部屋の前で立っていた遊を見つけて声をかける。

 せめて電気を点ければいいのにともぶつけておいた。


「遊、準備できたよ」

「……ふたりきりがよかったって思ってしまったんだ」

「いまのタイミングで?」

「ああ」


 せめてもう少しぐらい後にそう感じてほしかった。

 でも、いまからどうこうできることではないから手を掴んで一階に移動する。

「なにしてたの?」と聞いてきた柚月にちょっと忘れ物を思い出してねと返した。


「ジュースとかも注いだし、さあ、食べようか」


 どんなときだろうといただきますが開始の合図だ。

 少しだけ暗い顔の遊が気になるが、それよりいまは美味しいご飯を優先する。

 お腹が空いていたから極端な行動をしてしまったのかもしれない。

 あとはこの楽しげな雰囲気に触れることで多少は……。


「遊ちゃんが暗いのは純のせいかな?」

「ちょ、そんなわけないですよ」

「じゃあ手伝わなかった私のせい? 音羽ちゃんのせい?」

「誰のせいとかそういうことではないよ」

「でもさ、さすがに美味しいご飯達を目の前にしてそれだとさ」


 まあ、言いたい気持ちは分からなくもない。

 せめて表面上だけでも繕ってくれるとありがたい。

 終わった後はちゃんと相手をするから、柚月も音羽ちゃんもきっとすぐに寝てしまうから朝までだって付き合うつもりでいるから。


「……悪かった」

「謝らなくていいけどさー」


 少しずつ、少しずついつも通りの遊に戻っていく。

 内はどうであれ参加しているふたりのことを考えてそうしているわけだからこの話はこれで終わりだ。


「ねえ音羽ちゃん、純は遊ちゃんになにをあげたと思う?」

「なんでしょうかね」


 実はあれ、大容量のマイクロSDカードなんだ。

 リビングに置いてあるゲーム機に使うために必要だったみたいだ。

 ダウンロード版で買うことが多いからあっという間に容量がギリギリになってしまうみたいで、余裕がある物が欲しかったと言っていた。

 いまは受験生だからあまりしていないだけで普段は音羽ちゃんがいっぱいやるらしいとも、たまに私もするんだともね。


「私にはなにかなー」

「柚月はよく外にいるからネックウォーマーだね」

「ネックウォーマーか……って、なんでネタバラシしちゃうの」

「隠す必要なんかないからね、音羽ちゃんには色々なセットかな」


 お風呂に入ることも好きな音羽ちゃんだからそれ関連の物を買ってきた。

 あ、これは本人が教えてくれたことだから変態というわけでは断じてない。

 ちなみに拓君には運動部に所属しているからということでタオルだ。

 とにかく、それからは本当に楽しく明るい時間を過ごすことができた。

 ただ、ひとつ意外だったのは、


「寝ちゃったね」

「うん」


 遊&音羽姉妹が寝てしまったことだ。

 だから布団を敷いてから運んできた形になる。

 こちらは後片付けをしている最中だったから再開したのだが、休んでいた柚月がこっちに近づいてきた。

 ひとりでもできるから座っていて大丈夫だよと言ってみたものの、彼女は首を左右に振るだけ。


「純」

「うん?」

「本当はさ、遊ちゃん、ふたりきりがよかったんじゃないの?」


 これはまた鋭い質問だった。

 でも、あくまでこちらはそんなことないと答えるだけだ。

 約束をしていた、今日急遽来ることになったとかではない。

 みんなで過ごせることを楽しみにしていた自分にとって、この結果は大変満足としか言いようがない。


「私達のせいで楽しめなかったということなら――」

「そんなことない、約束をしていたんだから当たり前のことだよ」

「でも……」

「気にしなくていいよ」


 大丈夫、そんなことはない。

 表面上だけとはいえ、事実、後半の遊は明るかったから。

 直前のそれと、食事中に盛り上がってしまったことによって眠たくなったんだろうと僕はそう考えている。


「今日の選択で振られてしまったとしても同じことを言える?」

「言えるし、遊はそんなことを言わないとも思っているよ」


 よし、片付けも終えられたからお風呂に入ってこよう。

 柚月の分の敷布団は既に敷いてあるからいつでも戻ることができる。

 だから眠たかったら戻ってと言ってから着替えを持って洗面所へ。


「ちょっと太ったかな……」


 運動もしていないのに同じ量を食べていたら当然そうなるか。

 せめて冬が終わってからでないと運動は嫌だなあと考えたときのこと、ノックされたうえに「純、入っていいか?」という声が聞こえてきて大丈夫だと答えた。


「うわっ!? な、なんでその状態で許可したんだ!」

「え、あくまで上半身だけだから」

「は、早く入ってくれっ」

「分かった」


 一旦出たからぱっと脱いで浴室へ。

 最後とはいってもしっかり洗ってから湯船につかる。

 自然とふぅと息が出た後にそういえばと思い出して遊を呼んだ。


「悪かった、わがままで空気を最悪にするところだった」

「ふたりきりで過ごしたかったと言ってもらえたのは嬉しいよ、だけど今回は約束をしていたわけだからね」


 遊だってそれには賛成していた。

 だから今回ばかりは彼女のわがままということになってしまう。

 もっとも、あのままあの態度を続けていたのなら、という話ではあるが。


「開けていいか?」

「うん」


 お、おお、結構冷えるが仕方がない。

 入浴済みだから先程とは違う服とスカートだった。

 可愛さ重視とか綺麗さ重視とかそういうことはなく、あくまで彼女らしいそんな感じの服装だと言える。


「あのふたりが寝たいまならふたりきりでも……問題ないよな?」

「それなら出たら部屋に行こうか」

「へ、部屋」

「遊がそうしたいなら一緒に寝てもいいよ」

「い゛」


 どちらにしろ少し疲れたから部屋に戻らせてもらうつもりだった。

 僕からすればひとりでも、また、遊がいるとなっても構わない。

 布団がいいなら持ってくるし、ベッドがいいならそのまま寝てもらう。

 ただそれだけのことだ、そして今回も選べる側なので彼女次第ということになる。


「……分かった」

「うん、それなら一旦出てくれるかな? もう出るからさ」


 もう終わるとはいえ、クリスマスに風邪を引いたら馬鹿らしいからしっかり拭く。

 そうしたらしっかり着てから歯も磨いてしまう。

 暖かい布団の中に入ってから出るのは堪えるから戻ってこないつもりで色々とね。


「お待たせ、行こうか」

「ああ」


 別に不健全なことをするというわけではなく、ただ一緒に寝るというだけだ。

 時間もそれなりにいい時間だ、すぐに寝てしまっても早すぎるということはない。

 

「どうする? まだゆっくりする?」

「いや、眠たいから寝ていたわけだからな」

「分かった、じゃあ今日はもう寝よう」


 寝転んだのを確認してから電気を消した。

 少し気になるかもしれないから反対を向いて僕も寝転ぶ。

 複数枚掛けているというわけでもないのに、ふたりだからか内側がすぐに暖かくなってきた。


「純」

「うん? どうしたの?」


 許可したのは自分だ、こうすることを選んだのは彼女である。

 許可というのは選んだということでもあるからトイレとか喉が乾いたとかそういうのでなければ離れたりはしない。

 来てくれる限りは相手をするだけではなく、自分からも行かせてもらう。

 そこが少し前とは違う点だ。

 間近で見ていたのは柚月でも音羽ちゃんでもなく彼女、遊だった。

 だからこれはそういう不安ではなく、こういうことをしたいという意思表示なんじゃないかって考えた。


「柚月が本当に参加するとはな」

「ああうん、だけど柚月らしいって感じたよ」

「そうだな、唐突にどうしようもないことが起きない限りはああするのが柚月か」


 約束を守ろうとする子だ、違和感というのはなにもない。

 いま彼女が言ったように寧ろ柚月らしいと言うのが一番最適だ。

 スマホを弄っているところを見たわけでもないから落としている可能性もあった。

 こっちといるときは最大限楽しもうとするのが柚月だから。


「それなのに私はわがままで壊してしまうところだった」

「仮に遊があのままでも柚月か音羽ちゃんがなんとかしてしまったはずだよ」


 よくも悪くも変えてしまうのがあのふたりだからね。

 ただ、リスクもある行為をしてくれているわけだから感謝しかない。

 あのとき何度もぶつけられていたらどうなっていたか分からない。

 遊に怒ってしまったかもしれないし、遊の希望を聞いてふたりを家から追い出す的なことをしてしまったかもしれなかった。


「というか、急だったよね」

「ああ、柚月を起こしに行った際にこう……」


 こっちを抱きしめる力を強めて「こんな感じに増していったんだ」と。

 はっきりした割には全く変わっていないのかもしれない。

 それかもしくは、改めて仲良くしようとしなくてももうそういう関係にはなれると言いたいのかもしれない。


「遊は温かいね」

「生きているからな」

「それならずっとそうしてほしいかな、今日はよく寝られそうだ」

「それは無理だ、私だって寝返りを打ちたくなるときもある」

「ははは、それならこれまでにしよう」


 昔に同じようなことをしたことがあるから問題ないと考えて許可したわけだが、昔とは違うとよく分かってしまった。

 つまり、いまになって内が慌て始めてしまったということになる。

 仲良くしてくれている女の子が背後からとはいえ、抱きしめてきているという状態なんだ。


「……遊、ちょっとすぐにやめてくれないと困るんだけど」

「ん? ああ、ふっ、それならこのままにしよう」

「えっ、だからっ」

「はははっ、私ばかりではなく純の慌てるところが見られて嬉しいぞ」


 いまので疲れた、さっさと寝てしまおう。

 このことを説明していないからあのふたりより早く起きないときっと怒られる。

 特に柚月に、音羽ちゃんからは「やっぱり狼なんだね」とか言われそうだから。

 とりあえずそんな感じで早朝まで寝て、ひとり早く起床した。

 すーすー寝ている遊の頭を撫でてから一階へ。


「あれ、早いね」

「誰かさんがお姉ちゃんに悪いことをしていましたので」


 ああ、これは……。


「断じて言うけど、キスとかそういうことはしていないよ」


 決めたからこその行為だった。

 ああ言っていなかったら自分から一緒に寝るかなんて言ったりはしない。

 誰でもいいわけではない、それは向こうだって同じだろう。


「でも一緒に寝た、ですよね?」

「うん、本当のことだから嘘をついたりはしないよ」

「ちょっと話したいのでいいですか?」

「まだ寝ているけど大丈夫だと思うよ」


 部屋に戻ったら遊はもう体を起こしていた。

 音羽に挨拶をしてどうしたのかとも聞いていた。

 離れるとまたなにか言われそうだったから入り口近くに立っておくことにする。

 だが、意外にも荒れたりすることなくすぐに終わったみたいだった。


「純、はっきりしてあげてね」

「うん、守るよ」

「それならよし、妹からごちゃごちゃ言う必要はないしねー」


 音羽ちゃんは「寒いからまた寝てくるー」と部屋から出ていった。

 まだベッドの上に座ったままの遊に挨拶をする。


「歯を磨かないとな」

「うん、行こう」


 なにをするにしても顔を洗ったり歯を磨くことは大切だ。

 それだけですっきりするから今日もそこから始めるだけだった。

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