06話.[変わってくるよ]
「あ゛ぁ゛~」
今日はずっとこんな感じだ。
テストもクリスマスプレゼント選びも終わったからこちらは特に問題はない。
「純、紅茶でいいか?」
「うん、ありがとう」
お姉ちゃんの方も通常通りという感じだ。
すぐに機嫌も直してくれたし、僕は彼女が欲しがっていた物を渡せたから引っかかったりはしていない。
「どんなことでもいちゃいちゃできていいですね」
「今日はおかしいな」
「聞いてよお姉ちゃんっ、唯一彼氏がいなかった友達に彼氏ができちゃったんだよ」
「それぐらい普通だろう……」
「普通じゃないよ! 受験生なのにあんな余裕ぶっこいているのはよくないよ!」
本当に柚月みたいな子だ。
友達に彼氏や彼女ができたということならおめでとうと言っておけばいい。
焦る必要なんかない、急いだところでやっぱりいいことはなにもないから。
「私にも純みたいな子がいればなー」
「音羽には純みたいな相手の方がいいな」
「じゃ、譲ってー」
「それは純次第だからな」
「私的に純はなしじゃないしね」
おお、意外だ。
僕が友達のままでいたいように、音羽ちゃんもそう考えてくれている可能性だってこれを見る限りは……。
「でも、さすがにそんなことはできないから」
「そうか、音羽がそう言うなら仕方がないな」
「それにいまは勉強を頑張るしかないしねー、純、教えてよ」
「僕でよければ」
分からないところを教えてやっているところを見ていたとき、そういえば家に入り浸ってしまっているということに気づいた。
いくら仲良くてもこれは……どうなんだ?
これ以上続けるのならもっとはっきりすることが必要な気がする。
他者にはそれを求めておいて自分がそうしないというのは駄目だろう。
「遊、きみともっと仲良くなりたいんだ」
集中しすぎているのか、それとも、聞かないふりをしてくれているのか。
とにかく、こっちを見てきたのは遊だけだった。
「もっとか、これ以上となると話は変わってくるが」
「それぐらいのつもりでいないとこれ以上入り浸るのはちょっとね」
「友達の家だ、男子だろうと女子だろうと関係ないだろ?」
「いや、相手が女の子の場合は話が変わってくるよ」
リスクのある賭けというわけではなかった。
今回ばかりは保険をかける必要なんか微塵もない。
こういうときに優柔不断だなんだと言われたくないからはっきりする必要がある。
なるべく駄目だと言われないようにするためでもあった。
「人が勉強を頑張ってしているところで始めるの、勘弁してくれませんかね?」
「音羽ちゃんが求めていたのはこういう僕でしょ?」
「ま、そうだけど」
そう言いつつも微妙そうな顔だった。
だけど僕には間違いなくいいと感じたからこその行動だ。
だから謝罪をしたりはしない。
「それより分からないところは他にもある?」
「はい、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「どうぞ」
「その仲良くしたいってさ、つまり、そういうつもりでってこと?」
最初から勉強面のことで聞かれるなんて考えていなかった。
普段側に遊がいるのなら僕の教えなんて全く必要はないだろう。
「うん、そうだよ」
人として仲良くしたいということは過去に何度も言ってきた。
なのに今回もまたそういうつもりで言うなんてありえない。
言えば言うほど価値がなくなっていく気がするから。
それになにより、相手が仲良くできていると考えているときにそんなことをぶつけたら不安にさせてしまうかもしれないからだ。
「ほほう、純らしくないなー」
「そうかな? 僕は優柔不断だとは思ってないからね」
僕が一方的にぶつけているだけだから不安になる必要はない。
その気がなければ断ればいいし、僕はそれで逆ギレをしたりはしない。
一方的にぶつけておいてあれだが、これでも一応は相手のことを考えて行動できる人間のつもりだった。
「だってさ、こう言っているけどお姉ちゃんはどうするの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、なんでふたりはそんなに冷静なんだ……?」
「え、慌てるところある?」
「いや、特にないかな、遊が決めることだからね」
自分が言う側ならそう不安になってしまってもおかしくはない、柚月なんかはそういう経験も多いだから「そうだよ」と言うかもしれない。
でも違う、今回は僕の方がぶつけさせてもらったんだから。
簡単な話だ、要はそれを受け入れるか断るか、そういう話でしかないんだ。
「……どうせならふたりきりのときに言ってほしかったが」
「これはまだ告白というわけではないから」
そういうつもりで近づくけどどう? と聞いただけ。
こんなところで、流れで、そして勢いで告白なんかするわけがない。
僕はただ引っかかるようなことを残したくなかったというだけだった。
もちろん、自分勝手ではあるから嫌ならはっきりと言ってほしかった。
僕にならそういう方向のことでもはっきり言えるはずだ。
「それは分かっているが、それでもそういうつもりで……という話だろ?」
「うん、それは間違いなくそうだね」
「私は――」
そのタイミングで音羽ちゃんが立ち上がり「なーんか集中できないから部屋に戻るねー」と言ってリビングから出ていってしまった。
これは大好きなお姉ちゃんを考えての行動なのかもしれない。
「あ、明日、明日また話そう」
「分かった」
それなら今日もこれで帰ろう。
どちらにしても悪いことには繋がらないからゆっくり考えてほしかった。
「――ということなんだ」
「って、それを全部純から?」
「ああ、そういうことになるな」
このままひとりで考え込んでいると駄目になるから柚月を頼らせてもらった。
というのも、音羽も、恐らく音羽から話を聞いた拓も相手をしてくれないからだ。
「音羽に煽られたところもあると思うんだ」
「熱が出ていたのかもよ?」
「いや、そのようには……」
「だってそうじゃないと純じゃないもん」
出しておきながら言うのはあれだが、散々な言われようだった。
本人曰く優柔不断というわけではないということだし、あれも本当は自分だけで決めたことなのかもしれないというのに。
いや、これは完全に私が悪いな。
それこそあのふたりが言っていたように慌てる必要なんか少しもなかった。
私は純からすれば所謂露骨な言動や行動ばかりをしていたんだから。
「それよりもだ、クリスマスは本当に参加してくれるのか?」
「うん、そのつもりだよ」
「それならいい、純だって柚月と過ごせることを楽しみにしているからな」
参加できないということが分かったらそのときは分かりやすくがっかりした顔を見せてくれるだろうな。
まあ「来られなくなったのなら仕方がないね」などと言う可能性はあるが。
「でも、邪魔じゃないの?」
「邪魔なわけがあるか、元々柚月が純と過ごしてきただろ」
「うん、小さい頃からずっとね」
それなのにどうして? と聞きたくなったが聞くことはしなかった。
私は相談を持ちかけていたことになるが、彼女から実は……という風に相談をされたことがなかったから。
ないのに聞いたところで純が無駄に振られてしまうだけだ。
それになにより、……何度もなし判定をくらっているところを見たくないし、聞きたくないから……。
その人間の自由だとは分かっていても好きな人間のことを悪く言われるのはな。
「ケーキ、いっぱい食べたいよね」
「え、いや……」
どちらかと言えばサラダとかで腹を満たしたい。
量は多くなくていい、私が求めるのはふたりと会話できる時間だ。
集まれればその時点で成功みたいなものだから不安というのはなかった。
あ、まあ、この柚月は最後まで参加してくれるかどうかは分からないが。
「ご飯を食べた後はいっぱいお喋りしてー、あ、そのまま泊まりたいかも」
「確かに、暖かな時間を過ごした後に帰らなければならないのは辛いからな」
「純の家だからいいかな、純も家ならそのままでいられるだろうから」
例え私の家であっても柚月の家であっても変わらない。
純はいつだって純らしく存在しているというだけ、そして私はそういういつも通りの純というやつが好きだった。
柔らかい表情を浮かべて「どうしたの?」と聞いてくれるところとか、やっぱりこっちのことを考えて行動しようとしてくれるところがいい。
大事なのは自分がどう思っているのか、と、相手がどうかというだけの話で。
だから柚月とか音羽からそういう正直なところを聞くことになろうがそれには全く影響を受けないんだ。
寧ろ私としては純の近くから強力なライバルが消えるというわけだから……。
「お姉ちゃん」
「あ、柚月」
この時間に部屋まで来るのは意外だった。
もう二十二時半を過ぎているし、寒いのがあまり得意ではない音羽は本来なら寝ている時間なのに。
「聞こえたよ、また明日続きを話そ」
「ああ、聞いてくれてありがとう」
「やだなー、私達だって友達なんだからさー」
「そうか、そうだな」
それでも再度礼を言ってから切らせてもらった。
これに起こしてもらうつもりでいるから近くに置いて音羽の方を見る。
「ね、クリスマス……私も参加していい?」
「ああ、それは問題ないが」
四人であれば純も許してくれることだろう。
いや、それどころか間違いなく「いいことだね」とか言いそうな気がする。
プレゼントはもう買ってあることだから自然と渡せるのも喜びそうだ。
「ほ、ほらっ、純がお姉ちゃんに変なことしても困るしっ」
「はは、流石にそこまではできないぞ」
私のことを考えてしたくなってもしてこないはず――いやいやいや、恋人というわけでもないのになにを考えているのかという話か。
と、とにかく、無理やり変なことをしてくる人間ではないんだ。
「……純となんか一緒にいたくて」
音羽とは特に関わる機会があってその度に優しくしてきた。
タメ口であることとか、少し生意気な態度になってしまうときもあると音羽本人もちゃんと自覚している。
ただ、怒るどころか柔らかい態度で接するものだから、というやつか?
姉妹だからこそなのかもしれない。
「ああ、言っておくから大丈夫だ」
「ありがと……」
少しほっとしたような顔で「おやすみなさい」と言って部屋から出ていった。
いますぐに連絡すると寝るのが早い純に迷惑をかけてしまうから明日にした。
というより、私も少し夜ふかししてしまったことで眠たかったのだ。
「え、音羽ちゃんも参加してくれるの?」
「うん、なんかそうしたくなって」
「そっか、じゃあ一緒に楽しもう」
校門のところで待っていた音羽ちゃんと帰っていたらそういう話になった。
僕としては何人増えようが構わないからこれはありがたいことだ。
もちろん、よく知っている子だからというのが大きい。
「それよりお姉ちゃんを待たなくてよかったの?」
「今日は柚月と残っていくことにしたみたいだからね」
「じゃあさ、家に来てよ」
「じゃあそうさせてもらうよ」
もうすっかりふたつめの自宅みたいに行きまくってしまっている。
で、その度に誘ってくれているからと正当化するわけだが、まあ、お姉ちゃんに対してははっきりしたわけだからそう問題ばかりということもないだろう。
「はい」
「ありがとう」
ひとり分多く消費させるのが嫌だとか言っておきながら飲み物を貰うというのは矛盾しているか。
「あー」
「うん?」
「勉強、やっているところ見てて」
「うん、分かった」
誰かがいてくれるというのは大きい。
僕は自分に甘いから誰かが指摘してくれる環境だと勉強だけに集中できる。
その点、大好きな存在が側にいようとしっかり言い訳せずに集中できる彼女が少し羨ましかった。
「純はさ、お姉ちゃんのことが好きなんでしょ?」
「そういうつもりで仲良くしたいって言ったのは嘘ではないからね」
「じゃあ抱きしめたりしてもいいんじゃない?」
「抱きしめるか、その前に手を繋ぎたいかな」
雰囲気というやつを大切にしたい。
手を繋いで歩いたり話したりして、いい感じになったところでぎゅっと抱きしめたりしてみたかった。
いきなりしても驚かせてしまうだけだし、多分、僕としても踏み込みきれないから順番にやっていかなければならないんだ。
「駄目だ、手が冷えていて書きづらいよ」
「擦ってみたらどう?」
「それよりもっと簡単な方法があるよ」
それは? と聞こうとしたら隣に移動してきて手に触れてきた。
「こうすれば暖かい」
「すぐにまた始められそう?」
「ううん、ちょっと時間がかかるかも」
体感的に十分が経過した頃、遊が帰ってきた。
珍しくとんとんとんと顔を見せることもなく階段を上がっていってしまった。
ただ、そのままこもることはなくリビングに来てくれたからよかったが。
「おかえり」
「誰だ? 私の家族には父と拓以外の男はいなかったはずだが」
「ははは、許してよ」
「……それよりどうして手を繋いでいるんだ?」
「手が冷えちゃったみたいでさ」
そうしたら逆の手を遊が握ってきて姉妹で似ているなという感想を抱いた。
いや、これまでのことを考えればこれは所謂嫉妬、なのかもしれない。
別にそういうことをしてほしくてそのままにしていたわけではない、が、いざ実際にこうされるとそこまでなのか、と。
「よし、ありがとね」
「うん」
「頑張ってやらないとね」
十二月とはいっても受験生からすれば不安になってしまうだろう。
年が変わればあっという間にそのときがやってくる。
そのときはひとりで戦わなければならないことを知っているため、頼りすぎるのも違うと僕は考えてひとりでやっていた。
遊と柚月が同じ高校を志望すると分かっていても、ひとりになればごちゃごちゃ考えてしまうんだとしても、それでも合格発表日まではなるべくひとりでね。
とにかく、頑張れというのは違うから内で頑張れと言っておいた。
「柚月との話はもう終わったの?」
リビングから離れるということはしなかった。
そもそもここは遊達の家だし、遊が違うところに行こうと言わなかった。
だからそのかわりに少しだけ同じ空間内で離れての会話となる。
「ああ、昨日ある程度話していたからな」
「昨日……あ、なにか聞いてほしいことでもあったの?」
「誰かさんが変なことを言ってきたからな」
「別に変なことじゃないよ、それに選択権は遊にあるんだから」
どうなろうと構わなかった。
自分勝手な要求だから振られたって絶対に逆ギレなんかしない。
それでも言わなければ伝わらないから言わせてもらったというだけで。
それもまたはっきり言っておいた。
「純、ちょっと目を閉じてくれ」
「うん」
目を閉じたら額に軽い衝撃を感じて目を開ける。
「私にはっきりしてくれたはずなのに音羽と手なんか繋いだ罰だ」
「そっか」
「……はっきりした状態じゃなかったら別にこんなことする権利もなかったがな」
「うん」
なんとなく断りづらくて、ではなく、断る気は微塵もなかった。
単純に音羽ちゃんの力になれるのならって考えてしていたことだ。
やめろと言われればやめる、そこが崩れてしまったら意味がないから。
「純……」
「遊?」
「私――」
「はいはーい、ちょっと休憩ー」
こっちにやって来た音羽ちゃんは彼女の足の上に座った。
すぐに意識を切り替えて髪を撫でている彼女を見て、お姉ちゃんなんだなと。
「はぁ、やっぱりお姉ちゃんといられる時間が一番好きだな」
「ご両親は?」
「ほら、お母さんもお父さんも帰ってくる時間が結構遅いから」
その点、部活もやっていないから彼女とは長く一緒にいられるということか。
大抵そこに僕も加わってくるから音羽ちゃんとしては微妙かもしれない。
でも、僕も過ごしたいからそこは許してほしかった。
「拓君はふたりと家族で羨ましいなあ」
「拓もいい子だね、私よりもしっかりしているし」
「そんなことないよ、ふたりとも遊に似ていい子だよ」
「って、別にそう言ってほしくて口にしたわけではないからね?」
「僕がそう見てるだけだから」
気にしなくていいと言っておく。
音羽ちゃんも、音羽ちゃんの椅子となっている遊も微妙そうな顔だった。
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