05話.[期待していない]
「サクサクしていて美味しいね」
「そうだな」
遅めにしたのもあってお腹が空いているところにこれだから尚更美味しく感じる。
ちなみに音羽ちゃんはお姉ちゃんが作ってくれたご飯に感謝しつつも、ずるいとかなんとか言っていたから少し気になるところだった。
だってこれを朝ご飯にして一緒に飲食店に行きたいと言っていたのに彼女がそれを断ってしまったからだ。
「遊、本当によかったの?」
「音羽のことなら問題ない」
「でも、今度は遊と喧嘩になっちゃうんじゃないの?」
いいか、よかったの? なんて聞かれなくても本人が一番分かっているか。
いまはこれを味わうために集中しておけばいい。
もちろん話しかけられたらちゃんと相手をしつつだが。
「ふたりきりがよかったんだ」
「僕らは常にふたりだけでいるようなものでしょ?」
最近は特にそうだし、柚月が彼氏探しに夢中になっていたときもそうだった。
ふと戻ってきたときはもちろん一緒に過ごしたが、基本的にふたりきりであることには変わらない。
他の友達を優先するということも少ない彼女だからこそそうなるわけだが、彼女的には違うということなんだろうか?
「勉強をしていたらすぐに解散の時間がくるだろ、仮にそこから少し残ってくれたとしても音羽や拓がいるからそうはならない」
「学校ではどう? 休み時間とかだってよく廊下で一緒に過ごすよね?」
「だから私が言いたいのは……」
いまだって周りには人がいるから同条件のはずだ。
まあでも、本人が違うと言うのなら違うということだから仕方がない。
とりあえずはご飯を美味しく食べるために話題を変えてしまうことにする。
ただ、それまでも食べていたからすぐに終わってしまったが。
「帰るか」
「うん」
お会計はまとめてこちらが済ませた。
帰り道は何故か、ではなく、当然のように会話がなかった。
「遊」
「……なんだ」
「ちょっとそこに寄っていかない?」
「……寒いだけだろそんなの」
「そっか」
このまま解散という形にしたくなかった。
多分、このままだとクリスマスにも大晦日にも一緒に過ごせなくなるから。
来てくれる限りは相手をすると決めている自分にとって、相手が自ら離れたのであれば問題ないはずなのにこれだから困る。
所詮、脳内や口先だけでのことというのがよく分かる。
「はぁ、ここでなにをしたいんだ」
「このまま解散にはしたくなかっただけだよ、これからにもきっと影響を残すから」
お店とかではない、彼女の家の近くにある公園というだけだ。
夜に行くということは全くしないし、お昼なんかは誰かしらが利用している場所だからなんかわくわくした。
「別に拗ねているわけではない」
「その割には黙っちゃったからさ」
「純は肝心なところだけ分かってくれていないからな」
僕からすれば十分一緒に過ごせているからだ。
場所が違えどふたりだけなら満足してくれると思った。
分かりやすい顔を見せてくれる彼女のことだから今日みたいに誘えばいい方に繋がると考えていた。
「まあいい、私だって下らないことで一緒にいられなくなるのは嫌だからな」
「だって全部遊の自爆みたいなもの――」
「……意地悪なことを言ってくれるな」
それよりもだ、いまは早く音羽ちゃんと仲直りした方がいい。
なんて、誘った人間はそんなことを考えて移動を始めた。
声をかけるのも少し遅れるから手を掴んで。
「音羽ちゃんと仲直りするまではいるよ」
「ふっ、明日になるかもしれないぞ?」
「それだったら明日まで付き合うよ、なんか不満の溜まる行動をしてしまったみたいだからね」
確かにその可能性は高かった。
不機嫌になると相当苦労すると彼女から聞いていたため、お風呂などに入ってから見守るのが一番かもしれない。
「矛盾しているな、私の自爆だったはずなのに」
「僕はこういう人間なんだよ、それを分かっているのに一緒にいたがる誰かさんがいるから不思議だよ」
突かれて苦笑した。
これまた誘っておきながら風邪を引かれても嫌だから早く中に入ってもらう。
ちなみに音羽ちゃんはリビングのソファで大好きなスマホを弄っているところだったが、遊が入るなりポケットにしまってリビングから出ていこうとした。
それを僕が勝手に通せんぼして止めた、ということになる。
「まあまあ、機嫌直してよ」
「知らない、可愛くない純も知らない」
「ごめん、だけど僕が誘ったからその相手の希望を叶えようと努力をしたんだ」
そうしたら嫌そうな顔から少し驚いたような顔になった音羽ちゃん。
「純が誘ったの?」
「うん、そうだよ」
ずっと一緒に過ごしてきた相手ぐらい普通に誘える。
なんか言うことができない人間みたいに見られているのが違和感しかなかった。
「それは……お姉ちゃんだから?」
「それはね、だって遊か柚月しか誘えないから」
「じゃなくて、そのふたりの中で敢えてお姉ちゃんを誘った理由は?」
「一緒にご飯を食べたいって言ってくれたからだよ」
「はぁ、なーんだ」
音羽ちゃんも所謂恋愛脳なのかもしれない。
男女でいるからってなんでもそうなるわけではない。
まあ、ああやって分かりやすく嬉しそうな顔をされたりすると、こちらとしても勘違いできてしまうようなことではあるが。
「私も普通に誘ってくれそう」
「行きたいなら今度行こうか、今日はほら、一緒に行けなかったから」
「はぁ、駄目だこりゃ……」
駄目らしいから黙っておくことにした。
だって僕がぺらぺら話していてもどうにもならない。
仲直りしなければならないのは遊と音羽ちゃんだからだ。
「音羽、許してくれるか?」
「……ま、ご飯だって作ってもらっていたからね」
「そうか、ありがとう」
「でも、今度は絶対に行くから」
「そのときは柚月もいるといいな」
その可能性は……低そうだ。
分かりやすくこっちに来ていないし、なんなら遊といることもないんだから。
余程久田君がよかったのか、それとも、僕らがふたりで話してばかりいるから行きづらいだけなのか。
「で、いつまで狼はいるんですかー」
「狼か、じゃあ僕を怒らせない方がいいね」
「ふっ、どうせ怒れないくせに」
「別に音羽ちゃんが悪いことをしているわけではないからね」
それなら帰るとしよう。
異性の家に夜遅くまでいるというのも問題だから。
ま、気づくのが遅いというやつだった。
「純、ちょっといい?」
「珍しいね、僕は大丈夫だよ」
「それなら廊下に行こ」
クリスマスに一緒に過ごせなくなった、とかかな。
それならそれで仕方がない、元から遊に対してだって期待していない。
また、そういう存在が現れなくても急に用ができて無理になった、というパターンは実際に存在しているからだ。
「クリスマス、私も一緒に過ごすつもりだからね」
「うん」
「やっぱり私も一緒に過ごしたいんだよ」
「うん、大丈夫だよ」
「あと、この前はごめん……」
この前? と言われても困る。
あ、もしかしてはっきり言ったことを気にしていたのかな?
気になることではあったから気にしなくていいとは言えない、が、責めるようなことでもないからそれよりもと話を変えてしまうことにする。
「とんかつか、いいね」
「うん、美味しかったよ」
少し高いが価値がある。
基本的に時間が余り気味な僕には能力がないし、能力を有している母は帰宅時間が早いというわけでもないからわがままは言えない。
だからこそ飲食店という存在は大きかった。
「遊ちゃんと行ったんだよね? いい感じになってきているの?」
「最近は特に一緒にいるからね」
「クリスマスのときにはもう付き合っていそうだね」
全部遊次第だからどうなるのかなんて分からない。
でも、なにも変わらなくても楽しい毎日を過ごせることは確定している。
この安定していることを遊も分かっているはずで。
「でも、空気を読んで参加をやめたりしないから」
「そんなのいらないよ」
そう言ったところで遊がやって来た。
久田君もいるからこれまで話していたのかもしれない。
泥沼化だけは避けてほしいので、好きになるとしても久田君ではなく他の男の子にしてほしいと考える自分もいる。
自分だったらもっといい、そういうことを考えることはしていないが。
「柚月、久田をやるから純を返してくれ」
「えぇ、たまには純と話させてよ」
「久田とばかりいるくせになにを言っているのか」
「うっ、いやだって、普通に楽しいから……」
「俺はそう言ってもらえて嬉しいけどね」
俺か、やっぱりなんか慣れない。
別に周りなんか気にせずに僕でいいと思う。
慣れてしまったと言っていたから口にしたりはしないが。
「そもそも! 遊ちゃんは最近おかしいよ!」
「おかしいとは?」
「なんか純といられているときは違うというか……」
「私にとっても純と柚月のふたりだけが本当の友達という感じがするからな、その中で片方が違う人間のところに行っていたらもう片方のところに多く行くようになるのは自然のことだろ?」
「本当にそれだけ?」
あくまで慌てたりすることなく「友達のところに行きたくなるのは私も同じだ」と答えていた。
柚月の求める答えではなかったのか微妙そうな顔をしているだけだった。
ふたりきりならともかくとして、
「だからほら、私にも純と話す時間をくれ」
「分かったよ」
一応、久田君のことを考えてでも……あるのかな。
彼からしたら僕も遊もあまり話したことのない人間だから気になるかもしれない。
それに僕らと話しているぐらいなら柚月と話せていた方がやっぱりね。
「さっきまで久田君と話していたの?」
「向こうから来たんだ、すぐに戻ってこなかったから一緒に行動した形になるな」
「なるほど」
同じクラスというわけでもないからこれが初めての会話だと彼女は言った。
僕にだってああいうことをできるわけだし、まあ、話しかける程度なら気にならないことなのかもしれない。
寧ろふたりとばかりい続けている僕の方がおかしいのかもしれなかった。
「それで柚月とどういう話をしたんだ?」
「クリスマスは一緒に過ごすつもりだって」
「元々私達がそういう約束をしていたんだ、なにもおかしなことではないな」
「うん、なんかやけに気にしていたっぽいけど」
「いまは別々に行動しているからだろ」
一年間ずっと彼氏探しに夢中になっているわけではなかった。
必ず二から三ヶ月頑張った後は一ヶ月間ぐらいは休みの時間を設けていて、そのときは必ず僕らと過ごすようにしてくれていた。
だからこそこれまでずっとクリスマスは一緒に過ごせてきたことになる。
こちらは一度も拒絶したことなんてないんだから気にしなくてもいいのにね。
「久田と上手くいかなかったときのためでもあるかもしれないな」
「僕が大丈夫だよと言う度に安心できているってこと?」
「安心できているかどうかは分からないが、少なくとも言質は取れていることになるからな」
ここまできたなら学生時代は全部続けたいと考えている。
それなら、今回も参加してくれなければ困るというわけだ。
遊と先に出会っていたのならもう少しぐらいは変わったかもしれないが、少なくとも現実はそうではないから。
「当日になっていきなり参加できなくなった、というパターンもあるから怖いな」
「ご飯とかを買い込む前ならまだいいんだけどね」
「別に過ごしたくないとかではないが、久田には頑張ってもらいたい」
分かりやすい態度で接してあげてほしかった。
これまで何度も失敗してきているから踏み込むのにも躊躇してしまいそうだし。
まあ、ああやってわざわざ仲良くしたいんだなんてぶつけてきているわけで、きっと久田君の中には大きな気持ちがあるはずだ。
今回違うのは相手がそういう気持ちを抱いているということだ。
これまでは柚月の一方通行みたいなものだったから可能性というのは高い。
「そうだ、四人になにか買わないとね」
「四人?」
「音羽ちゃんと拓君にもお世話になっているからさ」
「ははは、世話になっているのは音羽と拓の方だろ?」
「違うよ、だって僕と話してくれる子達だからね」
お姉ちゃんには直接一緒に行ってもらって選んでもらおう。
柚月達には一応自分なりに考えて選ぶつもりでいる。
気に入ってもらえるかどうかなんて考えると駄目になってしまうため、一生懸命合いそうな物を選んでしまえばいい。
「テストが終わったら行こう」
「ああ」
「遊が欲しい物を言ってほしい、僕はそれを買うから」
そういえばここでも当たり前のように遊を誘っているということが面白いところだと言えた。
柚月から遊へ、自然とそういう風になっている。
意識して変えたわけでもないのに本当に自然すぎて……。
「柚月達には?」
「僕なりに考えて買うよ」
「それなら私だって純なりに考えて買ってほしいが」
「でも、僕としては遊が喜ぶところを見たいから」
「別にそれでも私は嬉しいが……」
言い訳をさせてもらうとセンスというやつがないからだ。
渡す際にそわそわしなくて済むよう、せめて遊にぐらいはそうしたかった。
適当だからではない、寧ろ彼女のことを考えているからこその発言で。
「純君さー、本当にそれでいいと思ってんのー?」
「音羽ちゃん的にも駄目なの?」
放課後、今日は外で会ったから教えてもらうことにした。
「駄目だね、全く駄目だ」
「でもさ、欲しい物を買ってあげられるんだよ?」
「一生懸命考えて買ってきてくれた物の方が嬉しいよ、それが例えゴミみたいな物であったとしてもね」
いやいや、やっぱりいま欲しい物ってやつを渡したい。
それに内容よりもその行為の方が大切だと考えているから。
今更なにかを贈ることで分かりやすく仲を深められるわけでもないし……。
「で、お姉ちゃんは?」
「家だよ、ちょっと拗ねちゃったから」
「はぁ、フラグだけ建設していくのはよくないと思うんですよ」
フラグだけ建築、か。
別にそういうつもりは一切ない、が、一緒にいてくれている分対応が変わってきてしまうということだ。
自分の理想通りのはずなのにたまにしか来ないとなるとやっぱり違うんだ。
「大体、なんでそこでお姉ちゃんだけって言わないの」
「音羽ちゃん達にもなにかあげたかったんだ」
「それはありがたいけど、そこはお姉ちゃんだけって言いなさいよ」
「いや、お世話になっているのは確かだからね」
「お世話って……お姉ちゃんとか柚月だけじゃなくて?」
もう答えことだが再度そうだと返しておく。
なんと言われようと変える気がないのならそもそも必要なかったか。
でも、音羽ちゃんが悪いわけではないから逃げ帰ったりすることはせず、きちんと家まで送っていくことにした。
「純先輩、もっとちゃんとしてあげてください」
「ははは、今日は喋り方を色々変えるんだね」
「そもそも本来こうしなければならないわけですからね」
「んー、相手が許可しているなら問題ないんじゃない?」
「はぁ、純先輩は駄目ですね」
そうか、駄目か。
まあ、よく言われることだから気になったりはしない。
意外と慣れるものだ、単純に悪意が込められていないからかもしれないが。
「敬語はやめてくれないかな、音羽ちゃんから敬語を使われているとなんか関係が消えてしまったみたいで嫌なんだ」
「そもそも友達の妹ってだけでしょ」
「そうかな? 僕はそんな風に思っていないけど」
「やだやだ、私も狙われちゃうよー」
家に着いてしまったからこれで終わりだ。
きっとこれで彼女も安心できることだろう。
「楽しそうだ、な」
「お姉ちゃんっ、純が私も一緒に狙おうとしているんだけどっ」
「なるほど、それもまた純らしいな」
僕のイメージ……。
流石にそんなことをしたりはしない。
誰かひとりを好きになって仲をどんどん深めていきたい。
それでも言い訳がましくなってもあれだから黙っておいた。
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