04話.[よくやっていた]
同じ月だというだけで近くにあると感じてくるものだ。
とはいえ、その前にテストがあると分かっているからまだその話題は出てこない。
ちなみに、あの子はもう何度も柚月のところに足を運んでいて、柚月の方も明るく対応をしていた。
じろじろ見ていたところでなんの得にもならないから勉強をすることにした。
賑やかな場所というのは逆に集中力を高めてくれるからありがたい。
前にも言ったようにいまは静かな場所にいたくないというやつだった。
ただ、あまりに集中しすぎると聞こえなくなるというのが問題で、今日は何度も起立のときに起立できなかった。
「集中できるのはいいことだが放課後じゃ駄目だったのか?」
「駄目なんだよ、僕は前々からやっておかないとさ」
僕より頭がよくて努力もできる彼女に勝てなくなる。
柚月も人といるのを優先しているように見えて結果で示してくるから大差で負けたくないという話だった。
無駄なプライドなのは分かっているが、それがもうモチベーションみたいになってしまっているから仕方がない。
「なんか心配になるから家に来てくれ、そこで一緒にやろう」
「遊と一緒にやれるなら安心だ、行かせてもらうよ」
当日を迎えるまではよく分からない不安に襲われる。
ずっとやってきただろと言い聞かせようとしても駄目なんだ。
だからやり続けるしかない、だから僕はああいう時間もしているというだけ。
偉いわけではない、寧ろ逆のことだ。
「みんな同条件だけど教室の椅子はちょっと疲れるね」
「それはそうだろう、集中している間は体勢だって変えてないんだから」
そうか、確かにそうかもしれない。
下をずっと見ているからそういう点でも疲れてしまうわけだ。
まあでも、だらだらした結果の疲労ではないからその点はいい。
とにかく、勉強のためにここに来ているのであれば集中するだけだ。
得意な教科だけではなく苦手な教科にもどんどんと触れていく。
大丈夫、分からないところがあったら教えてもらえるというのが大きい。
彼女の方から誘ってくれたことが嬉しいとしか言いようがなかった。
「遊――寝ちゃったのか」
気づいたらこの時点で一時間が経過していたから移動して上着を掛けておいた。
彼女達だからこそできることだ。
それからはまた集中するために座り直した。
この声は純と……あ、音羽か。
体を起こしたらもう結構いい時間でしまったと後悔した。
自分から誘っておきながらこんな適当なことをしてはならない。
「純ってさ、意外と大胆なことできるよね」
「遊と柚月にしかできないよ」
「いや~、だけど上着を掛けてあげるなんてなんかさ~」
「似合わないのは分かっているよ、でも、風邪を引いてほしくなかったんだ。だって遊と学校で会えなかったら嫌だから」
「ほほう、ま、私だって風邪なんか引いてほしくないけどさ~」
そういえばこれ……と気づいて少し固まった。
でも、固まってばかりでもいられないからふたりに話しかけた。
柔らかい表情を浮かべて「起きたんだね」と言ってくれた純と、「狼の前で寝ちゃったら襲われちゃうよー?」と言ってくれた音羽と、実にふたりらしい反応で自然と笑ってしまう。
「音羽、拓は?」
「拓なら部屋に戻ったよ」
「そうか」
そろそろご飯作りを始めよう。
暖かくてよかったからこのまま借りていようと考えたが、色々な臭いがついてしまっても迷惑をかけるから返しておいた。
「純、悪かった」
「気にしなくていいよ」
一瞬、これさえなければなんて考えてしまった自分がいて慌てて捨てる。
嫌々これをしているわけではないんだから今日も変わらずにするだけだ。
ただ、せっかく純がいるのに話せないというのも……。
「あ、暇だからたまには私が作ろうかなー」
「は? それなら俺がやるけど」
「一年生は大人しくしていなさい、私だけで十分なのよ」
「なんだよその喋り方、俺だってたまには遊姉ちゃんのために頑張りたいんだ」
これはまた喧嘩に発展――するとかと思えばそうではなく、ぶつぶつ言い合いをしながらも何故か上手く効率よくやっていた。
私は嬉しく感じたし、同時に、少し寂しくも感じた。
唯一頼ってもらえるところだったから……。
「追い出されちゃったみたいだね」
「ああ、そうみたいだ」
「大丈夫だよ、もう頼らないというわけではないんだ」
「え」
「見てれば分かる、遊の考えていること全部とまではいかないけど」
なんだかそのことが物凄く恥ずかしくて縮こまった。
どうしてそうなのか、もう少しぐらい内に留めておきたいんだが。
しかもこういうときは決まって柔らかい表情を浮かべているから困るんだ。
「……上着、貸してくれ」
「うん」
先程少し寝たことで冷えてしまったから仕方がないと片付けた。
純だって風邪を引いてほしくないと言ってくれていたわけだし、役に立てるということなら多分、嬉しいはずだ。
「……あれでいて柚月には私にはない強さがある、なるべく表に出さないで行動できてしまう人間だ」
「でも、それは僕らにとってはいいこととは言えないよ」
だけどなにもかも吐いてしまうことが正解だとも思えない。
信用できていないというわけではない、寧ろ信用しているからこその考えだ。
だが、これも結局押し付けにしかならないということも分かっている。
だからこその難しさというやつが存在していた。
「だから僕はあの子に任せたいんだ」
「あの子……?」
「最近よく一緒にいる子だよ」
ああ、確かに柚月も楽しそうだった。
今回ばかりは一方通行という感じではない気がする。
もしかしたら一気に変わる可能性だってあるかもしれない。
「純じゃ駄目だったのか」
「駄目だ」
もう何度もぶつけた言葉だが、その度に駄目だ無理だと返された。
意地を張っているのか、いや、純のことだからそれはないか。
「そうだ、純もご飯食べてくの?」
「いや、僕はそろそろ帰るよ」
「たまには食べてけばいいのにー」
「邪魔したくないんだ、って、ここまでいておいて言えることじゃないかもだけど」
……これを返さなかったらいてくれるんだろうか?
もしそうならたまには意地悪をしてもいいかもしれない。
音羽だってこう言ってくれているんだ、悪いことではないだろう。
「遊? もしかして返してくれないとか?」
「たまには食べていけ。安心しろ、音羽も拓も上手に作ることができる」
「僕が気にしているのはそこじゃないよ、食材をひとり分多く消費させることになるのが嫌なんだ」
言うと思った、だが、だったら尚更これは返せない。
すぐに音羽も参戦してくれたからきっと勝てるはずだった。
純なら押しておけばすぐに「分かったよ」と言ってくれる。
「分かった、それなら明日学校にちゃんと持ってきてね」
「え、お、おいっ」
ふたりに挨拶をしてから本当に出ていってしまった。
なんかむかついたから純のこれを投げ捨て――はせず、椅子に掛けておいた。
「おはよー」
「おはよう、今日は早いね」
「うん、最近は健康的な生活だからね」
なるほど、確かに元気さMAXという感じが伝わってくる。
動いていたい子だからいまにでも走っていってしまいそうだった。
単純に物理的にも、精神的にもというやつで。
「で、どうして朝からそんな寒そうな格好なの?」
「遊に貸したままなんだ」
「へー……ん? なんで遊ちゃんに貸すことになるの?」
「昨日勉強をしている途中に寝ちゃったんだ、風邪を引いてほしくないから――」
「ああ、純ってそういうところがあるよね」
格好つけで気持ちが悪くても僕はやらせてもらう。
もちろん、ふたり限定の話だから流してくれるはずだ。
どうしても嫌だということなら二度としないから安心してほしい。
ま、格好つけているつもりなんて微塵もないが。
「そういえば最近、ある男の子と一緒にいるんだけどさ、なんか凄く楽しいんだ」
「うん、見ていれば分かるよ」
「って、見ないでよ」
教室でそうされていたら嫌でも視界に入るんだ。
声だってそれなりに大きいから聞こうとしていなくても耳に入る。
これまたどうしても嫌だということなら違う場所でやってほしい。
流石にそのためにこちらが教室を出るなんてことはできない、する必要もない。
「長く一緒にいる純といるよりも楽しいかも、なんて――」
「それならよかった」
誤解されたくないから別れることにする。
僕といられるより楽しいなんて当たり前だ。
だってあの子は彼女のことをそういうつもりで意識しているから。
彼氏を欲しがっていた彼女からすればいい存在としか言いようがない。
これからは相談とかも全部そっちか、遊に持ちかけることだろう。
だから僕はただのクラスメイトってやつになってしまえばよかった。
「ちょっと待ってっ、いまのは冗談みたいなものでっ」
「怒ってこうしているわけじゃないから安心してよ」
「……その割にはこっちを見てくれていないけど」
そんなことで怒ったりはしない、寧ろ喜んでいるぐらいだ。
やっと荒れているところを見なくて済んで嬉しい。
ごちゃごちゃ考えずに済むようになって楽だ。
彼氏的存在だったのならいまの発言でどうなっていたのかは分からないが。
「いまからでも仲良くできればクリスマスも一緒に過ごせるよね、大晦日だって一緒に行ける。だから頑張ってよ」
「えっ、それでも私は……」
「え、僕らと過ごすつもりなの?」
「あ、当たり前だよ」
今度はあの子がもやもやする時間になりそうだ。
ちょっと落ち着いてしまったタイミングだったからよくなかったんだろうか?
もう少しぐらい早かったらそういうこともなかったかもしれない。
まあでも、そんなのこっちには関係ないことだ。
極端な行動をするわけでもないし、こっちと一緒に過ごしたいということなら元々約束をしていたんだから構わない……というのは偉そうか。
とにかく、そんなの彼女の自由だということになる。
「よう」
「「おはよう」」
「純」
「うん」
遊にそういう存在がいまからでも現れてくれないだろうか?
「久田とはどうなんだ?」
「仲良くなれてるよ」
「そうか」
なんて余計なお世話かと片付けて教室へ。
まだ僕らしかいないのもあって普段賑やかな教室内が静かだった。
別に誰かがいようといなかろうとやらなければならないことは変わらないから全く問題にはならない、あ、だけどやっぱり賑やかな方が集中できるが。
勉強だ、間違いなくこれは自分の力になってくれる。
本番のときだけでいい、上手くやれれば気持ち良く冬休みを過ごすことができる。
「遊ちゃんも他の男の子と過ごしてみたらどう? 別に純が悪いとは言わないけど、純とばかりいてももったいないから」
「他の男子か、話せる人間がいないわけではないが……」
「あ、ごめん、私のこれは恋愛脳みたいなものだから」
「いやでも、間違ったことを言っているわけではないからな」
そうだそうだ、それでいい。
強制しているわけではないんだから自由にやってくれればいい。
って、これだと全く集中できていないことになるのか。
彼女の席のところで話しているのに丸聞こえなのはちょっと……。
あ、いや、分からせるために敢えてこうしているのかもしれないのか。
それなら集中できないからってここから離れるのは違う。
Mというわけではないが、まあ、聞かせてくれるということなら聞いておこう。
「いや、それでも私は純と話せれば十分だ」
「私だってそこを否定しているわけではないからね」
「ああ」
離れたって責めたりしないのに。
そういう人間だと思われているなら悲しい。
しかも自分が決めたことによって自分は縛られているようなものだ。
「純、ちゃんと聞いているのは分かっているぞ」
「この距離だからね、どうしたって聞こえてしまうんだよ」
「いまは全く集中できていなかったな」
なるほど、昨日の仕返しか。
それなら仕方がない、黙って受けるしかない。
ただ、柚月みたいに冷たくなれないのが彼女の駄目なところだった。
きっと駄目男ばかりに好かれる人間だと思う。
「柚月には遊という名前の方が似合っているね」
「はあ? 遊んでばかりいないんですけどっ」
「逆に遊に柚月という名前の方がよかったかもしれない」
「ははは、言ったって仕方がないことだ」
クラスメイトが少しずつ登校してきた。
それだけで同じ教室内なのにがらっと変わるから面白い。
そして今度こそ勉強に集中できる環境が整ったことになる。
だが、
「やらせないぞ、いまぐらいいいだろ」
教科書などの上に手を置かれて駄目になった。
やっぱり昨日帰ったからこその意地悪かもしれない。
あんなことを言っておきながら内では違うのかもしれないとまで考えて、表情に出やすい彼女がそんなことできるわけがないかと片付ける。
「やっておかないと不安に――」
「大丈夫だ、それに困ったら私が教えてやるから」
「……分かった、それなら廊下に行こう」
「ああ」
そこでどうして嬉しそうな顔をするのか。
まるで僕と話せることが嬉しいみたいに見えてしまう。
「ちなみにそれ、朝まで着ていたからな」
「え? その割には遊の匂いがしないけど」
「……へ、変態か?」
「どうせ遊のことだからあの後、どこかに掛けてくれていたでしょ」
「……やっぱり変態だな、知られすぎていて怖いぐらいだ」
だから大体は分かっているというだけだ。
寧ろできないと断言できてしまえるほどだった。
というか、そんなことをする必要もないしね。
「それより昨日はどうして返してくれなかったの?」
「たまには一緒にご飯を食べたかっただけだ」
「それなら今日の放課後に食べに行く?」
「そういうのは……いいのか?」
「うん、ひとり分多く勝手に消費してしまうのが違うと感じているだけだよ」
なにも初めてというわけでもないから問題ない。
勉強をしなければならないのは確かだが、そればかりでも疲れてしまうからたまにはそういうことに時間を使うのもいいだろう。
それでもって言ってくれた彼女には感謝しかないから。
柚月は結構こっちを否定しがちだからその差にも影響を受ける。
「あ、でも、今日も作ってやらないと……」
「その後でいいよ、寧ろそれぐらいの時間の方が夜に勉強したときにお腹が空かなくて済むから」
「ということは……十八時ぐらいということか」
冬は部活動の時間も少ないからそうか。
そうなると二十三時とかに勉強をしているときにお腹が空いてしまいそうだ。
夏だったら十八時とか十八時十五分ぐらいまで部活動があるから丁度よかったんだが……。
「もう一時間待ってもいいかもね、なんか食事に行けているみたいな感じでさ」
なんかそうしたくなったから今回は言わせてもらった。
あんまり遅い時間にならない方がいいと分かってはいても、空腹とかで集中できる時間を減らしたくないから仕方がないと片付けてほしい。
まあ、これでも一応彼女がしたいことをできるわけだから悪いことばかりではないと思う。
しっかり家まで送るし、なにかがあっても絶対に守るから聞いてほしかった。
「それならいてくれた方がいいな」
「うん、じゃあ今日も遊の家に行かせてもらうよ。まあ、高いところとかそういうのは無理だけど……」
お金を貯めているとはいっても大人からすれば端金だ。
バイトができる高校であったのなら、いや、仮にそれでも僕はしていないだろうから意味がない話か。
「ははは、私がそんな店は嫌だぞ、場違い感がすごすぎて味すら分からなくなりそうだからな」
「僕もすぐに帰りたいって考えるかもしれない」
「ファミレスとかで十分だ、純といられれば私はそれでいい」
って、なんでここまで言ってくれるんだ……。
まだ柚月みたいにはっきり言ってくれた方が考え込まなくていい気がする。
自分が一番自分というやつを理解しているし、理解しているからこそ引っかかってしまうことで。
「あ、なんとなくとんかつが食べたくなった」
「ははは、それならそこに行こう」
そう遠くないところにとんかつが食べられるお店がある。
食べればごちゃごちゃも飛ぶからそれに任せることにした。
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