03話.[分からないかな]

「純、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいま大丈夫?」

「うん、見ての通りなんにもないからこそここにいるんだからね」


 今日はサッカーボールを蹴りつつそんなことを聞いてきた。

 ベンチからそう離れているわけではないからそのままでも全く問題ない。


「私は結構あるけどさ、純はそういう意味で人を好きになったことってある?」

「僕といてくれたのは柚月と遊だけだよ」

「なるほど、もしそういう意味で好きになっていたら終わっていたって?」

「うん、僕はそう考えているかな」


 彼女は「そうかな」などと言いつつも蹴り続けることはやめなかった。

 サッカー部に所属していたわけでもないのにサッカーボールを持っていることを考えるとなんか面白い。

 野球ボールやテニスボールだってそうだから動くことが好きなんだとは見ているだけで伝わってくるが。


「とにかく、繰り返している内によく分からなくなっちゃってさ」

「好きってなんだろうって考えちゃったのか」

「うん、人として好きという気持ちはよく分かっているんだけどね」


 でも、それでもときどき考え込んでしまうことがある。

 だって優しいから好きなどと言った場合には問題が出てくるからだ。


「前回の失敗から学んでそれを活かそうとするんだけど、結局、いつも同じような結果で終わっちゃうんだ」

「好きな人がいる子を好きになっているとか?」

「いや、ちゃんと調べてから近づくからそういうのはないよ」

「あんまり関わったことがない状態なのによく知られているというのは怖いよ」


 よくも悪くも行動派というやつだった。

 僕みたいに待つしかできない人間よりはマシかもしれないが、かといって動きすぎるというのもそれもまた問題に繋がるようなことだ。


「す、ストーカーばりに調べているわけではないからね? 大体はその子と友達の女の子に恋人の有無を聞いているだけだし……」

「男の子としてはそれが気になるのかも、聞きたいことがあるなら直接聞いてほしいと感じるんじゃないかな」

「なるほど、ちなみに純は嫌?」

「僕の場合は僕のことを知っていれば聞かなくても分かることだからね」


 別にふたりに聞かれても全く気にならない。

 彼女ももし聞かれたとしてもあっさりと答えてくれることだろう。

「え、純に? ないない」的な感じで。


「それこそ私達はそういう対象として見られないの?」

「そんなことはないよ、僕はこの距離感に安心しているというだけで」

「なるほどね、やっぱり純は優柔不断だということか」


 ふたりがいいならという言葉を多用する。

 それがそれに該当するということならその通りなんだろう。

 でも、特にそう繰り返したことでなにか面倒くさいことになったとかそういうことはないため、僕はこれからも同じように相手をさせてもらうだけだった。


「大体さ、そういうのは女の子側が不安になるって分からないの?」

「分からないかな」


 正直、こっちの方が普通にしているだけでも不安になるぐらいだった。

 自分が不安にさせられているから相手にもそうしていいなんて考えているわけではないが、僕は僕らしく過ごすことしかできないからこれは仕方がないことだった。

 相手を困らせたりしないで済むのならその方が間違いなくいいに決まっている。

 ただ、どんな人間であれ一度も困らせたことがないということはないだろう。


「もちろん、そういう関係で直接指摘されれば変えようと努力をするよ、だけど一度もそういう存在が現れたことはないから無意味な思考なんだよ」


 いままで通りで考えればありえないことだった。

 結局、過去の経験などを参考に行動しなければならないわけなんだし、経験したことのないことを考えたところでそんなの妄想の域を超えない。


「つまらない、純の考え方はつまらないよ」

「挑戦はしていないということだからね、否定するつもりはないよ」


 分からないことだから調べよう、知ろうとするのが多分普通だ。

 だけど僕はそういうのを一切放棄して過ごしているだけだ。

 できないことはできないことだと片付けて、できることすらちゃんとやらないときだってある人間だった。

 それでもひとつ言い訳をさせてもらえるならこう言わせてもらう。

 例えばなにかの仕事に就きたいとか、誰かを振り向かせたいと考えている人間であれば間違いだと言えるが、僕はそのどちらでもないから放っておいてくれと言いたくなるんだ。

 なにも努力をしていないのに僕は○○になるんだ、なんて言っているわけではないんだから。

 所謂、ビッグマウスというわけではないんだからさ。


「盛り上がっている人を見る度に所詮○○なのにとか言ってそう」

「強制してこなければそんなこと考えないよ」


 盛り上がってくれればいい。

 だってそれだけでこっちもそういう雰囲気というやつを楽しめる。

 こちらとしてはそれこそなにも努力することなく少しだけでも味わえるということだから否定なんかするわけがない。

 大体、所詮なんて言ったところで「強がっているぜこいつ」としか思われない。


「帰る」

「それなら送るよ」

「うん」


 近くに人がいてくれるというのは大きいことだった。

 冬だというのに、寒いというのに、何故かその間は気にならないんだ。

 あ、まあ、相手が昔から一緒にいる柚月だからというのは間違いなくあるが。

 初対面の相手だったり、ただのクラスメイトというだけなら気まずさとかも加わって帰りたい気持ちが大きくなる可能性はある。


「純、ちょっと変えてみようよ、学生の間だけでもいいからさ」

「変えるってどうすればいいの? どんなに頑張っても僕は僕なんだけど」

「その考えが駄目、変われるって信じて行動してみようよ」


 だから変われると漠然に言われても困ってしまう……。

 きっと社会人になっても指示待ち人間になってしまうことだろうな。

 与えられた仕事だけをしっかりやっておけばいいというわけではないのに。


「じゃあね」

「うん」


 明日の自分というやつに任せるしかなかった。

 ちなみに、変われるとも一切考えていなかった。




「あ、いいところにいた」

「音羽ちゃんか、こんなところでなにをしていたの?」

「スマホをなくしちゃって」


 え、それはまた困ることだ。

 弄りながら歩いていたということだからどうすればなくせるのか分からないが、まあ、彼女が今日行った場所に行ってみることにした。

 その中には飲食店なんかも含まれており、確認するのに少し苦労した。


「ないね」

「そうだね」


 ここまできて「嘘でしたー」なんてことはないだろう。

 灯台下暗しという言葉もあるし、彼女の家に行くことにする。

 部屋やリビングなどといった主に利用する場所を探させたものの、ここでも見つかるということはなかったが。


「どうしたんだ?」

「音羽ちゃんがスマホをなくしちゃったみたいで」

「スマホ? 充電器が見つからないから私に貸してって言ってきただろ?」

「あ」


 えぇ、なんでそれを忘れてしまうのか。

 遊が少し呆れたような顔になりつつすぐに物を持ってきてくれた。

 冗談でもなんでもなく本気でどこかに置いてきたと考えていたのか、音羽ちゃんは「ごめん」と謝ってきた。


「見つかってよかったよ」

「そうだけど」


 一応、僕を振り回してしまったから気になる、というところだろうか?

 それとも、恥ずかしいところを見られてしまってどうするべきか考えているというところだろうか?

 どちらにしろ分からないが、なにかを言うと急かしているようにも見えてしまうから黙っていることにした。


「私――」

「この話はこれで終わりでいい、一緒に探してくれたことに感謝しておけばいい」

「うん……」


 遊にしては変なことをした。

 ふたりのことが大好きな遊ならしっかり最後まで聞こうとする。

 それなのにいまはまるで、不都合なことがある人間が急いだみたいだった。

 悪口を言うような子でもないのに、姉であればそれをもっと分かっているはずなのになんでなんだ。

 スマホが見つかったことでその点は満足できたのか「純、ありがとね」と言ってからこの前みたいにリビングから音羽ちゃんは去った。


「遊らしくないね」

「そうか? もう見つかった時点で終わっている話だろ」

「相手は柚月とか僕じゃないんだよ? 大好きな音羽ちゃんなのにあんなこと」

「音羽だろうと柚月だろうと純だろうと変わらない、同じような感じなら私はいまみたいに終わらせるだけだ。だってあれ以上どう続けると言うんだ? 一緒に探してくれた相手に感謝の言葉だけはしっかり伝えておけばいいんだ」


 本人がそう言うならと終わらせておけばいい話か。

 自分がいつも本人じゃないから分からない、考えても無駄って言っているのに矛盾しすぎてしまっている。


「それにまさか外にまで探しに行くとは考えていなかった私が悪い部分もあるんだ」

「帰ってきたばかりだったんだね?」

「ああ、そのときに充電してくれって言ってきたんだ。多分、私が自分で部屋まで持っていたのが悪かったと思う」

「なるほど」


 スマホ弄りが好きな子というのは僕も知っている。

 歩きながらでも使用する子だからそれだけはやめてほしいとしか言えなかった。

 落として壊してしまったというのならお金はかかるがなんとかなる。

 だが、事故に遭ってしまったとかなら取り返しのつかないことになる可能性だってゼロではないんだ。


「なにかをするとぽっかりと記憶から消えてしまうということは事実あることだからな、ただ、こっちも謝罪しなかったのは悪かったな」

「そうだったんだね」


 こういうことがあるから待ち続けるというのはいいことだった。

 失言もしないから恥をかくということもないし、迷惑をかけるわけでもない。

 いまみたいだと、さも分かっていますよ感を出してしまっているのが致命傷になりかねない。


「ごめん、分かっていないのに適当に言っちゃって」

「純はたまにそういうところがあるな」

「うん」

「そういうのをなくすためになるべくはっきりしないようにしているのか?」

「そう、失敗ばかりだからね」


 失敗しているくせに柚月みたいに次に活かせていない。

 そのうえでの失敗ならまだ救いようはあるが僕の場合は……。


「なんとかなっているのは遊や柚月が優しいからだよ」


 チャンスをくれている。

 一度や二度だけじゃない、少し大袈裟に言ってしまえば百度とかそれぐらいの機会を与えてくれている。

 そして僕は尽くその度に失敗してしまっているというわけだ。

 僕もアレだが言ってしまえばふたりも普通じゃない。

 選べる側なんだからふたりはすぐに離れておくべきだった。


「僕はその優しさを利用しているようなものだ、でも、離れたいとは思えない」

「利用できるからか? 自分に甘く対応してくれるからか?」

「そうかもしれない」


 ひとりとふたりといられるのとでは全く違う。

 ある意味残酷だ、こっちにいられないと嫌だという気持ちを刻み込んだ。

「被害者面してんじゃねえ」って正義感の強い男の子が聞いていたら間違いなくそう言うだろう。

 心の底からふたりと一緒にいたいと思ってしまっている時点で「離れた方がいい」なんて言うことは駄目だ。

「そんなことないよ」と言ってほしくて口にしているようにしか見えないから。


「それこそそういう機会というのはいくらでもあったよ」

「ははは、なるほど」


 全部を言わなくてもきっと分かってくれたと思う。


「でも、失敗したとは思えないな、柚月はどうか知らないが」

「そこだよ、そういうところに甘えたくなってしまうんだ」

「甘えたいならそうすればいいだろ? なにを遠慮しているんだ」

「僕ができるのは精々買い物に付き合ったりとか、話を聞いたりすることだけだ」

「だから利用しているように感じて引っかかるときもあるってことか、一緒にいたいということには変わらないが」


 そうだ、分かりやすく役に立てていたのならこんな思考はしない。

 これでもマイナス思考ばかりする人間というわけではないんだ。

 失敗まみれ、矛盾まみれの人生でも結構プラス方向に考えて動いている。

 だが、延々にことこういうことに関しては消えないと分かっていた。

 普通の人間であればそういうことがあると分かりつつもいい方へ変えようと動くだろうが、それをやろうともしていない僕は……なんてね。


「今日はこれで帰るよ」

「ああ」


 自覚できているだけまだマシな気がした。

 だから気分というのはそんなに悪くなかった。




「なんだこれ?」


 いやまあ、紙ということは分かっている。

 毎回机の中は完全に空にしてから学校をあとにするから気づけたことだった。


「『放課後、体育館裏に来てください』か」


 いたずらか、あのふたりのいたずらか、そうとしか考えられなかった。

 いまどき罰ゲームで告白なんてこともないだろうから反応を見て楽しもうとしているだけだ。

 だけど暇だから行ってみることにした。

 特に損することもないし、どうせやることもないから。


「あ、よく来てくれたね」

「君がこれを書いた人? 可愛らしい字を書くんだね」

「女の子の友達に頼んだんだ、その方が来てくれるかもって期待したんだけど」


 これだとまんまと釣られた哀れな人間にしか見えないか。

 周りを見てみても誰がいるというわけでもなかったから気にしないでおこう。


「寄り道しても仕方がないからもう言うけど、坂柴さんと仲良くしたいんだ」

「さかしば……ああ、柚月のことか」

「うん、それでどうかな? いつも近くにいる君としては反対かな?」

「いや、そんなこと思わないよ」


 僕に話しかけるぐらいなら本人に話しかけた方がいいと言っておく。

 僕としてはいたずらの類ではないと分かっただけで十分だ。

 それに前々からこういうことはあったから驚いたりもしない。


「よかった、たったそれだけでやりやすさというのが変わるからね」

「柚月のことだけ考えて行動すればいいよ」

「俺の考えていたように君は想像通りの人だったよ」

「俺、なんだ?」

「中学のときにみんなそう言い出したから変えたんだ、もうすっかり違和感も感じなくなったから続けている感じかな」


 確かにそうだった、周りはどんどん俺に変わっていった。

 違うか、小学校高学年のときから既にそうだったか。

 だからといって僕を貫き続けた人間がすごいというわけでもないが、まあ、余程恥ずかしいことでもなければ続けても問題はないだろう。

 他人はそこまで興味を示したりはしない。

 笑われたことがあったりした場合は気になってしまうかもしれないが。


「よし、こうなったら積極的に行動するだけだ」

「うん」

「今日はありがとう、それと、直接誘わなくてごめん」

「いいよ」


 歩いていったからこちらは教室に戻ることにした。

 早く帰ってだらだらするよりも教室で休んだ方がいい時間を過ごせる。

 ただ、残念ながら柚月も遊も既にいないから寂しい場所となっていた。


「って、あそこに行く前からそうだったんだから」


 やることは変わらない、頬杖でもついてぼけっとするだけだ。

 最近は少し踏み込んだ話ばかりしているからひとりだと少し気になる。

 あのふたりは益々僕がふたりといたくなる理由を作り、僕はますます離れられるようなことばかりしている。

 そういう人間なんだと片付けてしまえば楽なことだが、他者にまで影響を与えるということなら話は別だ。


「あの子に頑張ってもらうしかないな」


 そういう理由があればまた話も変わってくるわけで。

 あとは遊か、ただ遊の方はそういう風に動いているところすら一度も見たことがないからな。

 それにどちらも鋭いから変な考えで行動するのは危険だった。


「帰ろ――」

「ははは、実際にやってみると楽しいものだな」


 柚月のとは違って短く整えられているから痛いということはなかった。

 だが、誰もいないと考えていたから一気に恥ずかしくなる。

 だって独り言だってぺらぺら話していたわけだし……。


「……なんでいるの?」

「特に理由はない、純に合わせたわけでもない」


 そんなこと言われなくても分かっている。

 が、理由はないと答えたからなのかそれ以上はこれに関してなにも言わなかった。

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