記録情報No.3


「【忘却ヴィスムキ】」「【加速エクセレ】ッ!」「【減速ディザレ】」


 三者三様の言能が、素早く叶えられる。三人全員が、真っ白の光で包まれた。だが、〈加減則マイシスター〉の二人の身体はより強く輝き、光が引いた後も、その身体が僅かに光っている。



「あら、凄いわねぇ。私の【忘却ヴィスムキ】が叶え終わる前に、それを【減速ディザレ】しちゃうなんて。でも、いつまでつかしら?」


「先に貴様を倒せばいいことよ!」



 悠々と話す【忘却ヴィスムキ】の上空に、一瞬で現れた【加速エクセレ】が、まるでボールでも握ったかのように右手を大きく引いて構えた。その右手の中に空気中に浮遊する僅かな金属粒子などが集められていることを、【忘却ヴィスムキ】は恐らく知らない。



「【粒子真空砲デルチェ・カノン】ッッ‼」



 【忘却ヴィスムキ】には聞こえない少女の咆哮が、世界を揺らす。


 言能者は言うまでもなく、自らの言能しか使えない。だが、言能を使うために、その言能を言う必要はない。言葉にした方が、様々な正確性がより上がると言うだけだ。そのため、ある言葉を引き金として、自らの言能をあらかじめ決めていた通りに作用させることで、言能の複雑な併用を実現するという技術がある。それが、〈言能技スキル〉だ。【粒子真空砲デルチェ・カノン】は、【加速エクセレ】が編み出した言能技スキル。攻撃対象までの経路上の粒子を全て【加速エクセレ】で弾き出し、同時に【加速エクセレ】で集めた周囲の重粒子を同じく【加速エクセレ】で加速して発射する。人間ヒューマンの技術力を以てしても未だ拠点防衛用の大型短距離砲しか実現していない荷電粒子砲パーティクル・キャノンのように、被弾したものは何であろうと崩壊する、【加速エクセレ】が誇る攻撃用言能技スキルだった。


 音が消えた世界で【忘却ヴィスムキ】は、光速すれすれの速度で飛んでくる重粒子の群を感じる。万物の理に則れば、もう彼女がそれを避ける術はない。


 だが、彼女も伊達に〈忘却故の超越者〉——超越者トランスセンデンスの名を冠していなかった。



「【忘却ヴィスムキ】」



 空気のない世界で、【忘却ヴィスムキ】は自らの言能を叶える。そして、後ろに飛び退いた。


 轟音。コンクリートが成す術なく抉り飛ばされ、粒子同士の衝突によって原子核を崩壊させられたコンクリートとその下の大地を構成する原子が、空気中に拡散する。



「あらあら、危ないわねぇ」



 そして、数百m離れた大通りの先。何も変わらぬ姿で【忘却ヴィスムキ】が優雅に立っていた。



「ごめんなさいねぇ。私の身体、世界の言うことをきいてくれなくて」



 微塵も崩れぬ余裕と自信で、彼女は獰猛に笑う。



「全ての物質は光速以上で移動出来ないってこと、のよ」




 自らの身体、否、自らが望むもの全てから、世界の理を忘れさせることで、世界の理を超越する。


 これこそ、彼女が超越者たる所以。〈忘却故の超越者トランスセンデンス〉の二つ名を冠する、不条理言能者の中の不条理。この惑星全域を飛び回り、自らの欲望を満たす為だけに力を振るう、最強の一角に名を連ねる人型族ではない何かげんのうしゃ




「…バケモノめが」


「口が悪いわねぇ、【加速エクセレ】ちゃん。淑女レディーに対する言葉とは思えないじゃない」


「あぁ、魔女ウィッチに対する言葉だからな」



 一文字に口を結んだ【加速エクセレ】が、更に厳しく目を細める。



「想像以上に厄介そうだ、我が妹よマイシスター。私達の全力で以て当たるぞ」


「わかった」



 後方で控えていた【減速ディザレ】が、両手が離れないようにしながら指先を当てていた両手を閉じる。拳を突き合わせたその格好で、少女は脱力した。それこそ、【減速ディザレ】がその本気を表すときの構えだった。


 そして、少女二人が宣言する。




「【誰一人寄せ付けぬフィンブルヴェト】」


「【もうおわりラグナロク】」



 北欧の伝説に刻まれた、最期そのものの名で以て。




 世界は全く、動かなかった。


 ただ、その瞬間。【忘却ヴィスムキ】の身体が、消えた。


 文字通り、跡形もなく。



「……流石に、死ねば黙るか。【忘却ヴィスムキ】——〈忘却故の超越者トランスセンデンス〉よ」



 静かになった世界で、【加速エクセレ】は呟いた。そこには、僅かな安堵も見て取れた。いくら対策のしようがないとはいえ、切り札まで無効化されるかもしれないという恐怖が、心の何処かにあったのだろう。自らの力が破られなっかったことに、彼女は安心していた。



 【誰一人寄せ付けぬフィンブルヴェト】。それは、数多くの言能技スキルを持つ【加速エクセレ】が自ら切り札ジョーカーと言い切る、最期をもたらす攻撃。


 やっていることは、相も変わらぬ加速だ。自らの速度を跳ね上げ、超高速で移動する【加速エクセレ】。但し、その速度は、無限だ。光速をも超越し、如何なる地点へも時間経過ゼロで移動する、究極の速度。発動したが最後、周りの全てが止まった世界の中で、〈加減則マイシスター〉は力を振るう。抵抗する術はない。数も、力も、全て意味を成さない。これを叶えた瞬間が、〈加減則マイシスター〉に敵対した者全ての、最期なのだ。


 その世界の中で、【加速エクセレ】は【忘却ヴィスムキ】に一回、触れた。それで十分だ。無限の速度で触れられた対象は、無限のエネルギーを加えられ、無限のスピードで吹き飛ばされる。幾ら言能者と言えど、その元はただの人型族ヒューマノイド。それだけのパワーに、耐えられるべくもない。



「こちら【加速エクセレ】。【忘却ヴィスムキ】の殺害に成功。これより帰投する」



 首元の機械についたマイクにそう言って、いち早く【加速エクセレ】は右目の虹彩を黒に戻す。それに続いて【減速ディザレ】も、【もうおわりラグナロク】を終わらせようとした。



 そして、終わらせなくて正解だった。




「あはははっ! 【忘却ヴィスムキ】ぃっ!」

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