記録情報No.2

 一言で殺戮した五千超の人型族ヒューマノイド全てを、女は一瞥する。その目に一切の感情はなく、それは実験用の鼠を眺める目と何一つとして差異無かった。



「この街も簡単に落ちたわねぇ。〈加減則〉も現れないみたいだし、頂くとしましょうか。魔族デーモン魔人イーヴォルが良いわね。人間ヒューマン精霊フェアリーも、脆すぎるんですもの」



 そう言って、女は視線を走らせ、回収する千の死体を選定する。ほんの一瞬で選び終わったのか、ひとしきり眺めると恍惚とした表情で満足そうに笑った。



「【忘却ヴィスムキ】。ついてきなさい、私の素晴らしい実験生物マウスたち」



 そしてまた彼女は自らの言能を叶え、死に絶えた幾多もの屈強な男が、その場でふらりと立ち上がる。男達は、死んだら動けないこと、死んだら命令を聞けないこと、敵の命令を聞いてはいけないこと、そして自我を忘れさせられ、女の言うがままに動く死体の群れゾンビと化した。


 そのまま女は優雅に、白濱城しらはまぎ大門ゲートまで歩を進めようと、その場でくるりと半回転した。思わず魅入りそうな、美しい身のこなしで、右足を一歩踏み出す——



「止まれ、【忘却ヴィスムキ】」



 その足先に、小さな金属弾が着弾し、そしてそれはアスファルトを砕き、地を穿つ。女は軽い身のこなしで飛び退き、その攻撃を避けた。


 女の目の前に、真っ白の光を纏った少女が二人、現れた。


 彼女達もまた、異質だった。女とは対照的なその真っ白いノーカラーコートは、恐らく普通の既製品だろう。それはどちらかと言えば生物的な異質さだった。まるで鏡に映したかのような、左右が反転した見紛うことなき二つの美貌。肩上で切り揃えられた髪は黒かったが、一房、彼女達のそれぞれ右目と左目にかかる胸元まで伸びる長髪は、また光を一切受け付けない白だった。



「あら、やっと来たの、〈加減則〉。遅かったじゃない」


「貴様を殺すために、充分早く来たつもりだが?」



 【忘却ヴィスムキ】の問いには、右目に髪が掛かった少女が答える。その言葉には、いつでも斬り掛からんとする剣呑さが宿っていた。



「でも、この子達の命を守るには、少々遅かったようだけど?」


「うるさい」



 続く【忘却ヴィスムキ】の挑発は、左目に髪が掛かった少女が一言で斬り捨てる。右目に髪の掛かった少女が鋭く研ぎ澄まされた刃なら、この少女は凍てつく冬の厳しさだった。



「……私達が秋鳴あきなり人型族自治区ヒューマノイド・エリアの防衛を始めてから約七百年。未熟な私達は幾人もの犠牲を出したが、これだけの規模の命をうしなったのはこれが初めてだ。百余年以来の世界的な大規模殺戮——白濱城しらはまぎの人々に申し訳が立たぬ。せめて、彼らの未来に、また同じ苦しみを与えるわけにはいかない。その命、此処で散らしてもらうぞ」



 右目に髪が掛かった少女が、苦し気に、悲し気に目を伏せて呟く。再び顔を上げた時には、その黒き両目には堅い決意が宿っていた。


 それから少女達は、ゆったりを身体を構えた。右目に髪が掛かった少女は、前屈みになって今にも飛び掛かるかのように。左目に髪が掛かった少女は、両手の指先を合わせて天に祈るように。



「あぁ、【破滅クハンジュラ】【煉獄ウタカーソ】【定期オブリチー】【清廉アケレオティタ】……あと誰だったっけ? 戦った相手の名前なんていちいち憶えてないわ。だけど多分、戦うのは初めてね、〈加減則〉。いいえ、ちゃんと名前で呼んであげる。ね、【加速エクセレ】ちゃん、【減速ディザレ】ちゃん?」


「軽々しく私達の名を呼ぶな!」


「許さない。たおす」



 その瞬間、少女達の片目、髪の掛かっている方の虹彩が、白く輝き始めた。



「良いわ。精々ここに来た思い出に、戦ってってあげる」



 〈忘却故の超越者トランスセンデンス〉が、男達をその場で崩れさせた。そして、微かに光ってるようにも見える白い目が鋭く細められる。


 右目を輝かせる【加速エクセレ】が、手を組んで静止した【減速ディザレ】に声を掛けた。



「行くぞ、我が妹よマイシスター


「もちろん、わたしのおねぇちゃんマイシスター



 〈加減則マイシスター〉が、光を放つ目と光を集める目の二つで、しかと相手を見据える。




「だから、ちゃんと私を楽しませてね?」


「ここで死ね!」「これでおわり」




 そして今、戦いの幕が切って落とされた。

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