地点:白濱城 / 秋鳴 / イダス 時刻:107,942.3.17(Yin.R)・3044.5.5(Yan.R) 11:24 状態:通常
記録情報No.1
「み、みんな、逃げるよ! ほら、遊びはおしまい! 〈
水色のエプロンをした保育園の保育士が、公園で遊ぶ幼子たちを駆り立てて、その場から遠くへと去っていく。その他の
「命が惜しけりゃ逃げな、若造! 数十年無かった〈言能者〉の襲来だよ! あたいら普通の
「人を歩く災厄呼ばわりしないで欲しいんだけどねぇ…あ、人じゃないんだった、私」
そして、人っ子一人居ない大通りに、一人の女が立っていた。立ち並ぶビルとビルの間を涼しい風が吹き抜け、何かを呟いた女を撫でていく。
不思議な女だった。すらりと背が高く、整った顔立ちをしている。奇抜な髪形をしているわけでも、奇妙なものを持っているわけでもない。精々服装で変なのは、春先でまだ涼しいとはいえ、分厚い黒のスタンドコートを、襟まで立てて着込んでいることぐらいか。
異様なのは、その目と、髪だった。何の力みもなく開かれた虹彩と、肩を越えて伸ばされた綺麗な長髪は、
どちらも、雪に染まったような純白だった。
目と髪が僅かに光っているように見える奇妙な女は、ゆったりと人気のない大通りを歩いていく。
すると、先ほどまで人のいなかった大通りに、再び人が満ち始めた。しかしそれは日常での大通りの覇者たる無秩序な雑踏ではなく、整然とした動きで広がっていく秩序だった。それは正に、無秩序の相応しい大通りに現れた非日常に他ならなかった。
手に持つものは様々だ。肌色の肌を持ち、最も一般的な体格をした
数多くの
「私は
「私、言能者って言われるの、嫌いなのよねぇ。ちゃんと名前で呼んで下さる?」
「貴様に名前などないだろう、【
「いいえ、違うわ。それは私の
「……〈
「それ、それよ、私の名前はっ! はぁああ、私、それ、大好きよ……」
吐き捨てるかのように言ったその名前を聞いて、感極まったかのように女は叫び、うっとりと虚空を見つめる。まるで隙しかないが、防衛軍の誰一人として、攻撃を加えようとする気配はない。そこには、命令が下っていない以上の何かがあるようにも見えた。
「十秒経った。答えを言え」
「あはぁぁあぁ…あ、なんの答えだったかしら?」
「とぼけるな!! ここから退出しろと命じたはずだ。答えないのなら拒否と見做すが?」
「あぁ、それでいいわよ。だって私、一昨日始めた研究のために、」
女性が好ましい男性に微笑みかけるのと全く同じ笑みで、その女は言う。
「
命を、寄越せと。
「攻撃せよ!」
赤嶺准将は躊躇しなかった。女に再度の確認も取らず、大声でそう命令する。
黒肌の
数えきれない数の銃弾が、火薬の爆発によって推力を得、女に殺到する。その数、二千は下るまい。それらが空を切って進む間に、
「【
そして、女の一言が、世界に響いた。
銃弾と、魔族の身体と、術式が光に包まれる。
光が消えた時、銃弾は空中で静止し、体内の氣は放出され、描かれた術式は霧散していた。
「【
さらに、もう一言。
女を囲っていた、五千を超える
そして、その全てが地に崩れた。
たった二回の言葉が、全ての攻撃を防ぎ、全ての軍勢を殺した。
結局、大通りに立っているのは、また女だけとなった。
「全く、防衛軍の
先程と何ら変わらない、出来の悪い友人を憐れむような声で、女は言う。
それから口調は、クイズの答えの分からない友達に答えを教えるような、嬉々としたものに変わった。
「銃弾に
「そして肺に、
「幾ら増えようともたかが
とても楽しそうに、自らに酔いしれて、女の言葉が窒息死体だらけの大通りに響く。
「だって私は、〈
「〈忘却故の超越者〉が私。【
女は言う。狂気じみたことを、さも当たり前のように。
何故なら、それは彼女にとって、当たり前なのだから。
それは、魔術の全て、技術の全てを超越し、世界の理すらをも捻じ曲げる、絶対の言葉。
一言、それも基本は二字熟語に限定こそされるものの、言葉の数は無限に等しい。言うだけで力を持つそれは、如何なる兵器も、如何なる魔術も成す術与えず蹂躙する。そして、その一言は、使い方を工夫すれば、時に言葉の意味以上の力を持つ。
【
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