第13話 大夜会のあと。


 マリーメイ side



 マリーメイは自分が最も似合う色だと思っているピンクのドレスを翻し、ダンスを終えて休憩しているだろうシリウスを探す。

 大夜会はそろそろ終わりを迎える。

 ダンスを踊っている者達もほんの少しになってきた。

 どうしても踊りたいのに、何故シリウスはマリーメイの傍に居てくれないのか。

 上手く行かない現状にマリーメイは苛立ちを募らせた。


 帰り仕度をしていた知り合いの令嬢を捕まえて「シリウス様を見かけなかった?」と訊く。


「王太子殿下だったら、もうとっくに会場から去られたわよ。」と言われた。

 仲良しなのでしょうにそんなことも知らないの? と令嬢の目が語っていた。


「まあ、そう。合流出来なかったから私が帰ったと思ったのかしら。引き留めてごめんなさいね。」

 自分でも白々しいと思うが、事実なのだから仕方ない。

 ダンスを踊れなくてガッカリした姿を見せてしまったから、私がそのまま帰ってしまったと思われたのかも。


 シリウスが居ないのなら、この場に自分が留まるつもりもない。

 お父様を探してさっさと自分も帰ろう。





 先程まで群がっていた令嬢達の何人かとダンスをしていた。

 私もダンスをして欲しかったのに「今宵は決まった相手としか踊れない事になっている。申し訳ない」と硬い声で断られた。


 シリウス様の周りに居た令嬢たちが凄い目で私を見ていた。

 シリウス様の寵愛が私にあるのが分かってて、高位貴族の父親に強請って手をまわしてシリウス様が私と踊れないようにしたんだろう。


(性格が悪すぎよ、だからシリウス様に愛されないのだわ。)


 メイドのミリーも言ってたわ。

「お嬢様と皇太子殿下は、まるで今流行ってる劇の主人公のような関係なのですね」って。


 子爵令嬢と王子の運命の恋の物語は、平民や下位令嬢の憧れの物語だ。

 現実では有り得ない恋話を、作話だから叶う恋だというのに。

 子爵令嬢のヒロインを自分に当てはめて、せつない思いを共有しているのだ。


 大部分の者は「これは物語だから」と割り切って物語に夢中になっている。


 一部分の者が「出会いさえすればきっと殿下は――――」と夢見ている。


 マリーメイは一部の者であった。

「殿下は私と熱愛中だ」と茶会や夜会で知人に吹聴している。


 始めは妄言だと相手にされなかったマリーメイ。

 すぐに殿下の周囲から注意を受けるだろうと思われていた。

 そう思っていたのだが、何がどうなっているのか、嘘を吹聴しているとするならばそろそろ注意があるだろうに、何故かそのまま放置されている。


 と言う事は、もしかした本当の事だったのかも? と勘違いされ始めた。

 真実でないのなら王族との関係を匂わるだけでも不敬罪だ。

 誰かをぼかして話しているのならわかるが、マリーメイは「シリウス様」と断言している。

 名を呼ぶ事も咎められていないという事は……。


 ただの妄言であったが、人から人へと語られて行くにつれ、それをシリウスが放置している事から、真実として噂されるようになったのだ。


 それはやがて……


 フィーリアにも侯爵家にも届いてしまった。






 フィーリア side



 大夜会の開催されてから、早一時間と少し――――


 フィーリアは帰りの馬車の中にいた。


 師匠から「いつもと違うフィーリアを見せてきなさい」と言われていたが、

 シリウス殿下との時間は余りとれなかった為に実行出来ていない。

 大夜会の入場の時と、ファーストダンスの時のみのチャンスでは「いつもと違う」を演出しようにも「どうやればいいか」と悩んでるうちにあっという間に終わってしまった。


 まだチャンスはあったのだろうけど……


 チャンスを伺っている最中に口にした軽食かスイーツにお酒が入っていたらしい。

 お酒に激弱いフィーリアはスプーン一匙程度の酒量でも悪酔いしてしまう。


 その第一段階は血が下がり体調を崩したように青白い顔色になって吐き気がしてくる。第二段階で、人格が変わったようになる。

 その第二段階が厄介なので、早々に帰宅する事になったのだった。


 あんなフィーリアを野放しにするのは危険すぎる。



 ――帰宅後、眠くなりやすい薬湯を飲まされ、昼までぐっすりと眠らされたのだった。





 昼過ぎまで寝ていたフィーリア。

 目が覚めてすぐに頭を棍棒で殴られたような酷い頭痛に襲われた。


「少量でもこうなるなんて、自分の体質が嫌になるわ……」

 片手で額を撫でながら、呼び鈴を鳴らす。


「お呼びでしょうか?」

 入室してきた侍女は心得てるのか、フィーリアが何も言わずとも、その様子を見て頭痛に効く薬湯を用意する為にすぐに退室した。





 渡された薬湯を飲み、少し横になっていると頭痛が和らぎいつの間にかスッキリしていた。

 代々この家に伝わるこの薬湯の効果は抜群である。


「お嬢様、体調はどうですか? 朝食は召し上がられませんでしたので、昼食では何か少しでも召し上がりませんと。」


 心配する侍女の勧めで、食欲はないけれど、胃に優しいスープを頼んだ。


 スープはこのまま寝室へと運んでくれるというので、それに甘えることにした。



 スープを綺麗に食べ終え、口の中をスッキリさせようと果実水を飲んでいると、

 侍女がフィーリア宛にと手紙の束を持ってきた。


 お茶会の誘いや夜会の誘いなどを選り分ける。

 これらは参加しても大丈夫かどうかを父に決めて貰うのだ。

 仲良しな令嬢もいないので、派閥関係等のアレコレを家長に判断して貰うのが一番である。

 仲良しといったら師匠か、シオンくらいしかいないのだし。


「あ……」

 選り分けたもののひとつに、王家の紋章入りの手紙を見つける。

 紋章の右下にはシリウス殿下のSの文字が。


 個人的な手紙の時はこうやって頭文字だけで送ってくる事が多いので、早速封を開け手紙を読む。


 そこには体調を気遣う言葉と、三日後のお茶の誘いが書いてあった。


(殿下からだなんて、珍しい……)


 フィーリアが王宮に登城するついでに誘われた事はあるが、何も予定が入ってない日に誘われるのは初めてではないだろうか。


 断るだなんて選択肢はないので「お誘いお受けいたします。楽しみにしています。」と記入した殿下への手紙を書く。

 それを侍女に渡して早速送ってもらうようお願いした。



「師匠が言ってたいつもと違う私を、そのお茶会でやれるかしら。」


 誰もいなくなった部屋でぽつりと口にするフィーリア。

 今までが今までである。

 男女の駆け引き等、しようと思ってハイソウデスカと、そんな簡単に上手く出来そうにないよねと思うのだった。



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