第12話 大舞踏会。②
「殿下が留学に行ってしまわれた辺りですか、一度は疎遠になった幼馴染のあの二人の仲が戻ったようなのは。」
その言葉に、シリウスの肩がほんの僅かにピクリと反応する。
二人のダンスを静かな外面を保ち見守りながら、内心で荒れ狂っていた。
ある意味公務のようなものだが、踊ってあげろと指示されていた令嬢達数人とダンスを済ませ、休憩をしようと王族席に戻り飲み物を頼んで待っていた。
曲がスローテンポに変わり、ダンスホールの中央に見覚えのある煌めきが見えた。
フィーリアと、シオン・ラティレスト公爵子息だった。
二人の母親同士の仲が良く、幼馴染である二人。
私との婚約を結んだあとも、母親達のお茶会に共に参加して仲を深めていたらしいが、妃教育が進むと共にその時間が取りづらくなり、疎遠になっていた。
幼い頃にフィーリアと一緒に三人で共に遊んだ事もあるが、二人の間には兄妹のような気易い空気感しかなかったのを覚えている。
だが、それはまだ幼い時の事。
年齢を重ねた今、どのような思いを抱いているのか分かりはしない。
何より、私に対しては一定の距離感を感じるのに、ラティレスト公爵子息とはますます距離が近づいているように感じるのは、嫉妬のせいで何もかもを疑心で見てしまうからか。
フィーリアは淑女の鏡のような令嬢だ。
ほんの幼い頃から未来の国母として弛まぬ努力を重ねていた。
初顔合わせの時こそ幼過ぎる事もあり礼儀の知らぬ我儘な令嬢に育つ片鱗を感じたものだったが、それからはずっといい意味で裏切られ続けている。
一切手抜きも妥協もせず、全てにおいて最大限の努力、些末な事にも惜しまぬ労力を捧げ、今では誰も異を唱える事も出来ない淑女となった。
シリウスはそんな人一倍真面目で目標に向かって真っすぐなフィーリアを人として心から尊敬していた。
それは一年、また一年と共に過ごすうちに、シリウスの心の大部分がフィーリアで埋まっていく。思いは大きく深くなるばかりであった。
そして、着実に育っていったソレがやがて恋情へと形を変えた事にもちゃんと気付いた。
王族としての政略結婚の相手であったフィーリアに狂おしい程に恋をしている、と。
二人は国を民を守り、堅実に繁栄させていくという同じ目線を持つ同志であったから、信頼し合い互いを励まし合い、素晴らしい未来を語り合った。
でもその素晴らしい関係性は、いつの間にかシリウスの望むフィーリアとの関係性ではなくなっていく。
シリウスはフィーリアを見る度に抱きしめたくなった。
己の両腕で囲って誰の目にも触れさせたくない程に愛おしい。
フィーリアが何かを語る度に動く可憐で赤い薔薇の花びらような唇を、持て余した激情を込めて口づけたくなった。
艶やかな髪を撫で、頬と頬を摺り寄せ合い、赤くなった小さくて可愛い耳を愛でながら愛を囁きたかった。
けれどシリウスはそのどれもする事は無かった。
自分から言えばよかったのに「貴女を政略相手としての好意ではなく、たった一人自分だけの女の子として好きになってしまった」と。
フィーリアの中に自分と同じ思いを探していた。
狂おしい程に好きな私の思いと似た欠片が何処かにないかと。
同じ思いがひと欠片でもあれば、思いを告げる勇気が持てるかもしれないと。
そんな重い愛はフィーリアにはなく。
尊敬と信頼を湛えた瞳で見つめられる。
欲しいのは、ソレじゃない―――――。
そして、シリウスの中でその恋情が歪になっていった。
婚約者がいるのに不埒な行動をとる事はフィーリアは絶対にないだろう。
彼女の為人や日頃の真面目で真っすぐな性分から理解しているし信じている。
けれど、狂おしい程にフィーリアに恋する男の身勝手な感情としては、どんなに打ち消しても忍び寄る黒い気持ちが薄らぐ事も消す事も出来ず、己の振る舞いを棚に上げて酷く嫉妬していた。
日頃の自分の愚かで血迷った行動を省みれば、そのように嫉妬する事をすら烏滸がましいのである事も分かっている。
愚かなシリウスは、少年が抱えるには辛い程の重たい恋情を持て余し、留学という手段で他国へ逃げた。
このままでは、何をしてしまうか自分で自分を信じる事が出来ず、自分が怖くなったから。
汚い欲でフィーリアを穢してしまいそうで、留学直前くらいの時にはフィーリアに会うたびに、酷く緊張していた。
だから、留学で距離を取った時、寂しいという気持ちよりも安堵の気持ちの方が強かったかもしれない。
そして月日は静かに流れた。
他国の滞在中に、女性が望む男性像なる者をアドバイスして貰ったりした。
本当かどうか人の好みというのは千差万別の為、アドバイスの真偽は微妙な所ではあるが、シリウスは勧められるままにその仮面を被ってみた。
女性がときめく男性像を舞台役者のように演じてみたのだった。
フィーリアからは留学する前よりもずっと遠い距離を置かれてしまった。
だから、自分は間違えたのだとすぐに分かったのに――――
フィーリアに対してはいつも間違えてしまう。
他の人間には簡単に正解を導き出せるのに、フィーリアには正解が分からない。
分かっている。
他の令嬢に甘言を囁き、女性に優しく思わせぶりな頭の軽い王子の役を即刻やめてしまえばいいだけ、だと。
―――止めたとしても、フィーリアは私に思いを寄せる事はもうないだろう。
誠実さを感じれない男に恋情を抱くような男の趣味の悪い女性ではない。
それが分かっているから止められない。
止めた時にフィーリアとの距離も縮まらず、態度も変わる事がなかったら、私はもう立ち直れないと思うから。
フィーリアの愛を望めない現実に耐えられないだろうから。
もしかしたら、嫉妬して貰えるかもしれない。
これを切っ掛けに執着して欲しい、昔のように。
などと、くだらない事すら考えて、止めようと思うのに止められない。
「殿下が考えてるような関係ではないと思いますけどね。」
「ああ……分かっている。」
「もういい加減子供っぽい事するの止めないと捨てられるんじゃないですか? それか側妃候補とか見繕って来そうですけど。本来なら子が三年成せず場合のみの側妃ですが、白い結婚を三年続けて『はい、どうぞ』って用意しそうですよ。」
「側妃など……! ……要らない。」
ついカッと感情的に返し、その瞬間、ただの仮定に反応した事に感情をセーブする。
作った仮面も話がフィーリア関連だと外れ易い。
「手遅れにならないうちに、色々と省みた方がいいですよ。
皇太子教育で培った経験も形無しじゃないですか。
―――なぁ、そこまで重たく愛してる相手なら、尚更に大事にしなきゃダメだろ。」
幼い頃からの付き合いのある側近。
留学へも共に来てくれた。
ここが公式の場であるから口調は真面目くさったもの。
公式の場でなければ、互いに砕けた口調で話していた。
その口調が少し乱れているのは、とても心配をかけているからだと分かった。
腹を括るべきなのかもしれない。
現実を知り己がズタズタに傷つけられたとしても。
自分の重すぎる恋情から逃げ、愚かな想像や意味のないアドバイスを実行した行動の責任をしっかり取らないといけない。
フィーリアを失いたくないのなら。
決意を宿した瞳を見た側近ルークは「いい目になった」と笑った。
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