第14話 師匠の指南書



 師匠に「王太子殿下と三日後に王宮でお茶をする事になりました。普段の私と違う姿を見せようと思うのですが、殿下に対しての普段の私がどうであったかちょっと思い出せません。どうしたらいいですか……。」と手紙を送った。


 出すか出さないかは迷ったけれど「報告してね」と言われていたのだし、相談してもいいという事だと思う事にして出す事にした。


 返事はその日のうちに届いた。

 師匠も第二王子殿下の婚約者であるので、お忙しいと思われるのにすぐ対応してくれるなんて、ちょっと嬉しい。


 師匠から――――


「大夜会の時は何も出来なかったのは残念だけれど、フィーリアが登城していない日にお茶に誘うなんて初めてなんでしょう? いい傾向じゃない。

 もしかして、貴女が大夜会で早くに帰るなんて珍しい事をしたからかしら? もしかして、既に普段と違う事をしたことになっているんじゃないかしらと思うわ。

 という事で、第二段階に行きましょうね。

 普段の貴女が分からないという事ね、恐らく……

 貴女は今まで王太子殿下との間に信頼と尊敬をもって接していたと思うのだけれど、一度その思いを捨てて頂戴。

 フィーリアの態度はきっと王族に忠誠を誓う臣下のような態度であったと思うのよ。そういう態度の婚約者では殿下も高潔であろうとして常に気が抜けないと思うわ。それでは気易くて安らぐ女に逃げられてしまうわよ。

 お茶会では向かい合わせに座るのでしょうね。

 今回は隣同志に座ってみるのはどうかしら? 肉体的距離感が近いと異性は意識するものよ。でもね、ここで重要なのは触れ合っては駄目ということ。

 貴女は例の子爵令嬢のように安い女ではないのだから、長い間、婚約者だったとはいえ簡単に触れさせてはダメよ。

 貴女に触れられる権利は高い位置においておくの。

 殿下とは近くて遠いを心掛けなさいな。

 殿下が触れたそうにしても、距離をしっかりとるのよ。

 私が熟読した指南書を数冊貴女に手紙と一緒に送るわね。

 それもしっかり読んで予習すること。

 また報告してね。

 相談もいつでも大歓迎よ。将来の義姉妹ですものこれまで以上に仲良くしましょうね。」


 という長い手紙と、指南書と呼ばれる本が三冊届いた。

 上中下巻らしいその指南書のタイトルには「可愛がられる女になる方法 初級編」と書いてある。


「……可愛がられる女。初級編。」

 タイトルを声に出して読む。


 上巻を手に取り中身を少しだけ読んでみる。


(これって、師匠が私とお会いした前回にお話しされた内容だわ。)


 相手が何を望んでいるのかを見極める。

 今までのような「こうあらなければならない」ではなくて、肩の力を抜いて接してみること。

 殿下の前ですら一切の隙を見せないのは、男側からすれば可愛げがなく感じるだろうこと。

 他にも色々言われたけれど、そもそも隙ってどうやって作るのかしら……。


 手紙を貰ってすぐにまた手紙を出すなんてちょっと面倒な相手になってしまうと思うと分かっているのに、絶賛混乱中のフィーリアは送ってしまった。


「師匠、隙とはどうやって作るのですか?」と。


 流石にその日に返事が来る事はなかったが、翌日フィーリアの元に師匠から返事が届いた。


 上巻を熟読しても隙の作り方が分からなかったフィーリアは藁にもすがる思いで手紙を読み進める。


「隙の作り方ねぇ……

 取り敢えず貴女は殿下に近くて遠い距離感で焦れさせないといけない訳だから、

 肉体的接触の隙は要らないわね。

 となると肉体的接触無しに「こいつを口説けるんじゃないか?」の隙という事になるわ。

 という事は、熱心に殿下を見つめる事が隙を作るひとつかしらね。

「私に好意を持ってるのかも」と思わせるくらい好ましい思いで殿下を見つめるの。

 貴女は今まで王太子妃教育の賜物で淑女の笑みを浮かべて自分の内心を悟らせなかっただろうから、その仮面を一度脱いで感情を顔に出してみたらいいわ。

 言う事は簡単だけれど、実際にするとなれば長年の教育に背く事であるわけだし、

 習慣化してるでしょうから、始めはなかなか難しいかもしれないけれど、

 是非頑張って欲しいわ。

 政略で結ばれたとしても、心を寄せ合ったらダメというルールはないでしょう?

 いつでも相談してね。

 いい報告待ってるわね。」


 熟読した指南書上巻よりも分かり易い師匠の手紙を、フィーリアは何度も読み返す。


「感情を顔に出す……」


 それは簡単そうでいて、王族である殿下に対して行うには難しいだろう。

 師匠が言うように、私は今まで殿下に臣下として接していたのかもしれないと、気付いたのだった。


 まずは距離感から。

 臣下の距離ではなく、婚約者としての距離。

 国を背負うシリウス殿下を支える為に己を限界まで研鑽した日々は、無駄ではなかっただろう。

 けれど、婚約者としての距離はどうだっただろうか……。


 何かを掴めそうで掴めない思いを抱えフィーリアはお茶会の日を迎えたのだった。

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