第三十三話 聖都へとつづく街道

馬車を引く馬が地面を蹴る音が一定のリズムで繰り返される。南部都市のティージと聖都フロイズをつなぐ道はカンナスの村内よりも整備されており、路上を走る馬車はガタガタと揺れることもなくまっすぐの道を進んでいく。


ここ数年でフロイズが巨大化したこともあって、ティージの北門とフロイズの南門の距離は、レーシンとティージよりもずっと近く、半分程度しかないらしい。レーシンからティージまでに一晩かかったので、クロイズまでは休憩を入れても昼頃にはつくのだろう。


外をぼんやりと眺めるアーデンの耳にパラパラと紙束をめくる音が定期的に聞こえてくる。アーデンが馬車の中に目を向けるとエルンとリリアが何やら本を読んでいるらしかった。

リリアはアーデンの視線に気づくと、開いていたページに指を挟んで表紙をこちらに見せてくる。本の題名には「村娘の私が聖女に転生!?イケメン騎士からの猛烈アタックが止まりません!」と書いてある。


―――いや、どんな本だよ。



「聖女になった主人公が、イケメンの騎士団長や公爵家の跡取り、教会の修道士に求婚されてハーレム生活を送るっていう転生物よ。今、幼いころに離れ離れになった幼馴染が転生した主人公の前、ライバルキャラの騎士として現れたところよ」


「すごいな。内容の説明をしてもらったはずなのに、余計に意味が分からなくなったぞ」


「帯にも「考えるな…感じろ」って書いてあるから、それが正しいんじゃない?

でも結構売れてるらしいわよ。この本、セプトラから聖女様へのやがらせプレゼントとして、ラグラインで有名だったのを取り寄せたらしいから」


リリアはそう言うと読みかけのページを開きなおしてパラパラとめくっていく。

流し読みをしているリリアに対し、エルンは結構真面目に読んでいるらしく、時折頬を赤くして口元を抑えたり、紙面に顔を近づけて読んだりしている。



「っていうか、それなら手を出したらダメだろそれ」

「暇だしいいじゃない。というか、こんなのヘウルア様の目に入る前に検閲に引っ掛かって焼却処分よ。

聖女の名前がエレノアになってたり、騎士隊が騎士団になってたりするけど、モチーフになってるのは間違いないし、その上で内容が結構過激だもの。」

「でもこれ。結構面白くない?」



頬が赤くなったままのエルンは読みかけのページを両手で掴んだまま、リリアに同意を求める。


「まあ、引き出しの多さはすごいとは思うわ。」

「そうだよね!吟遊詩人のお兄さんが実は老婆の魔女だったとか、魔法が解けたのにそのまま押し倒してくるところとか、結構読んでて緊張し…」



エルンは前のめりで本の感想を語る。彼女の話を聞くに、大分ハードな内容らしい。

というかそれ、普通に恋愛小説の領域を超えて官能小説では?



いつもより饒舌なエルンに若干引き気味なリリアは相槌を打ちながらもじりじりと馬車の壁側に追いやられていく。


「あの、エルン。ちょっとちか…」



その直後、エルンは背筋を振るわせていつものさっきまでの体勢へ戻る。

冷や汗をかいていたリリアは右手で胸をなでおろした。

アーデンがエルンを見返すと、彼女はリリアと違い、血の気が引いたような顔でこちらを見返す。



「どうした。別にさっきの語り草は気にしてないぞ」



我に返ったのかと思いきやエルンは首を横に振る。


「いえ、あの私達…」


「誰かに見られてないですか?」



エルンの言葉にリリアとアーデンは目を見合わせる。リリアは小さく首を横に振ると、アーデンはそれに同調する。だが、エルンの勘は鋭い。

アーデンは後方から後ろの様子を確認するとともに、馬を引く御者に周囲を警戒するように伝える。

しかし、後方にも前方にもそれらしい影は見当たらなかった。




***



「はい、はい。了解です。これより追跡を開始します」


ティージの北門から数キロの地点で待機していたガブリエルは、矢をつがえたまま通信に答える。

ガブリエルは馬をフロイズに向けて走らせたまま、青色の宝石を括り付けた矢を上空に向かって放つ。矢は音速ははるかに上回る速度で飛んでいき、ちょうどアーデン達のいる地点とガブリエルのいる地点の中間で弾け、球状のオーラが拡散する。



「見えたわ。西側に30度弱。そこから見えるかしら?」


騎士隊舎のセプトラは街道の様子を能力で確認する。

先ほど放った矢に括り付けられていた宝石は”ラピスラズリ”。セプトラの”自分の加護の領域内の空間を地図などに投影できる”という能力の欠点である。領域外の監視を行うための代物である。

彼女の加護の力が注ぎ込まれたそれは、使用したあとしばらくの間、周囲の空間を彼女の能力の対象とすることが出来るのだ。


そしてセプトラは今、このタイミングで現れるだろう人物を探しだした。

街道から西側に逃げようとするしっかりとマーキングしている。



「ここからではまだ。少々お待ちください」


ガブリエルは馬から降りると矢をつがえたまま地面を蹴って大きく跳躍する。高くなった分広い範囲が視界に映り、逃走するフード姿が遠方に見える。

ガブリエルはフード姿に照準を合わせると、二本同時に矢を放つ。

一本は逃走者のふくらはぎを射抜き、もう一方は地面へとささった。体勢を崩した逃走者にガブリエルはついていた馬に跨り距離を詰める。


しかしガブリエルは、逃走者が黒い液体のようなものがはいった試験管を取り出すのを見ると



「―開放せよOuvrez-le


といって、地面に刺さっていた矢を爆発させる。

逃走者は爆風に巻き込まれて地面を転がる。持っていた試験管も地面に落ちて割れ、中に入っていたどす黒い液体が芝の生える平原にしみこんでいく。



「動くな!」



逃走者に追いついたガブリエルは、地面に仰向けになって這いずる逃亡者に向けて弓を引き絞る。


「へへっ!やるなあにいちゃん。てっきり同律は使えねえのかと思ってたぜ」


逃亡者はフードを深々と被ったまませせら笑う。


「お前、騎士隊舎に侵入したやつと同一人物だな?俺の同律調和は加減が効かないんだ。上半身だけの身体になりたくないなら、戻って洗いざらい吐いてもらうぞ」


そういって腕を掴んで手錠を掛けようとしたところに、逃亡者の背中から二本の剣が飛び出る。

ガブリエルは身をよじって剣を避けるも、体勢が崩れたところに蹴りを入れられ、逃走者は黒い水たまりに手を突っ込む。すると黒い水たまりは影となって逃走者を包み、その体は足から段々と消えていった。


「詰めが甘いぜ騎士さんよお!おらっ!」


逃走者はついでとばかりに剣を投げつけ完全に逃走者は消え去る。残されたガブリエルは、耳飾りに触るとセプトラに状況を説明する。



「申し訳ありませんセプトラ様。他にも能力を隠し持っていたようで、取り逃がしました」

「見ていたわ、できれば捕えたかったけど、見ていて色々わかったから大丈夫よ。

それに、マーキングはちゃんとできたのよね?」

「ええ、滞りなく」



それを聞くと、セプトラは満足そうな笑みを浮かべ、新たな投影図を作成する。


「ご苦労様、戻ってきていいわよ。他に気になるものがあったら回収してきて」


「…了解」



ガブリエルは割れた試験管と残された剣を回収すると、馬に跨りティージへと戻っていった。



***



「…すみません、やっぱり気のせいだったかもしれないです」


先ほどから周囲を警戒していたエルンは、ほっと一息をついて小説を開きなおす。

リリアは安心したように息を吐き出すが、同時に心配と呆れが混ざった声色でエルンに話しかける。


「エルン。貴方、前章にでてきたストーカーのメイドのせいで、疑心暗鬼になってるんじゃない?」

「見られてると思っただけどな~」



談笑する二人は気付かなかったようだが、何やら南の空に一瞬、青い光が広がるのが見えた。

何があったのかはここからは分からない。しかし三人にとってそれが、吉兆でなかったのは確かだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る