第二十七話 さようなら

――ガッガン、ガキッ、シュイン。バーー----ン!


氷と鋼が激しくぶつかり合い大きな音を上げる。攻撃や防御に繰り出される柱や氷柱は相手に叩き落され、破壊されるたびに破片となって地面へと転がる。しかし、破片は破片のままで終わらず氷塊は針のような形となってユーリサスを襲い、大理石の欠片は新たな石柱となって氷塊を遮る。


前のめりに攻め続けるズウェスタにユーリサスはその動線上に棘状の柱をせり上げ、ズウェスタの脹脛ふくらはぎを貫通させる。ズウェスタは足を氷剣に変形すると、リーチを伸ばして周囲の壁ごと部屋を薙ぎ払う。

刃は壁を貫通し、生暖かい隙間風が埃の舞う部屋に流れ込む。


「ふん、流石に単身で敵陣に飛び込んでくるだけのことはあるということか」


ズウェスタの横薙ぎを躱したユーリサスは首を鳴らしながら、姿勢を戻す。


「お!ようやくおしゃべりの時間か?」

「強いものには敬意を払うのは我々の流儀だ。たとえ罪人であっても、その強さには価値がある。お前達が町を狙う理由にも興味があるからな」

「丁度いいな。こっちも聞きたいことが幾つかあんだよ!」


ズウェスタは自分の腕を細かな氷塊に変え、ユーリサスに向けて放つ。ユーリサスは前方に壁を作って氷を防ぐが、氷塊は壁の前で軌道を変え、壁を回り込むようにしてユーリサスを襲う。


「チッ!」


ユーリサスは自分の四方を壁で囲んだ後、大きく舌打ちをする。壁の内部の床に転がる氷の粒や空気中に滞空する白い空気が急激に冷却され、ユーリサスを巻き込んで壁内の空間を”凍結”させる。

ユーリサスの体は凍り付き、動かそうとした腕や足にピシッという音とともに亀裂が入る。大理石の壁を破壊して氷漬けのユーリサスを眺めるズウェスタは余裕の笑みを浮かべながらユーリサスを見下ろす。


「お前とたたかっていて、ずっと違和感があったんだ。初めて戦うはずの相手が、なぜか自分の手の内を知っているような感覚、自分の攻撃を放つ前から見切られているような感覚。だかそれと同時にただ反応がいいだけのやつにはない動きのもつれがお前にはあった。他者の行動が直感ではなく事実として見えている者の動きだ」


口が凍り付いて動かないのか、そもそも喋る気がないのか。ユーリサスは無言でズウェスタを見つめる。


「だが、お前は俺の未来の動きが見えているのに、自分が動いた直後に動きが悪くなる瞬間がある。攻撃を捌いた直後、俺のスキを突こうと攻撃をねじ込んだ後だ。つまりお前が見えてるのは、自分が干渉する前の未来だけで、干渉した後の未来はもう一度見直さないといけないんだろ?なら未来を見ている間に詰みに持っていけば、そのあとは関係ねえってことだ。」


ズウェスタは口の部分だけを凍結状態から解除する。温度と柔らかさを失ったユーリサスの口元に血の気が戻る。


「おしゃべりの時間だ。わかるだろうがお前の命が俺が握ってる。死にたくなけりゃ俺の質問に正直に答えな」


ユーリサスは小さく長い溜息をした。


「未来が見えるといってもそれほど便利なものでもない。俺が見えているのは俺が何もしなかった世界線の景色だけだ。だがここからの未来はもう見ずとも決まっている。」


ズウェスタがユーリサスの周りに氷を操作しようとした瞬間、部屋の壁が音をたてて崩れる。開放された空間には外からの光が差し込んだ。一つは万民を照らす太陽の光、そしてもう一つは悪魔を射抜く騎士の一矢だった。


ズウェスタはステンドグラスをぶち抜いて外に放り出される。胴体には掌を覆えないほどの大きな穴が開き、穴の表面はまるで赤熱したマグマを含んだ火山岩のように赤くただれ、傷口からズウェスタを蝕む。ズウェスタは激痛の中でこの不可解な攻撃について思考を回していた。


(いくらなんでもタイミングが良すぎる。外の野郎、俺が外壁をぶった斬った時から、ずっとこっちに照準合わせて、中のやつが射線を開けるまでガン待ちしてやがった!) 


「アラン!回収しろ!」


ズウェスタは町のどこかにいるはずのアランに向かって叫ぶ。しかし、彼の前に現れたのは闇の扉ではなく光の鎖。そして、見たことのある炎の剣士だった。


「お前はお呼びじゃねえぞ、クソが」

「悪いな。指名通りの配役じゃなくてよ」


鎖を足場にアーデンが鎖に四肢を拘束されたズウェスタに切りかかる。

右肩から左のわきの下をバターのように切り裂き、切断面の高熱の光が集まり火柱となってズウェスタを覆う。氷塊は炎熱に溶け、みるみるうちにズウェスタの影は小さく、細かくなり火柱の中で消えた。


リリアは自由落下するアーデンを鎖で支える。リリアはアーデンを鎖で固定すると、ゆっくりと地面へと下ろした。


「さっきのやつ、レーシンであった奴だったな」

「ええ。…?」


リリアは、アーデンが握った手の甲を差し出すのに戸惑いを見せる。


「ハイタッチ。お前の敵その1を倒した…記念に?」

「…ははっ。なんで疑問形なのよ」


リリアは自信の無さそうなアーデンを見て笑うと、手の甲を当ててハイタッチをする。


「あとは、あのワープする少年か…」


リリアは自身の片腕を抱くと溜息をつく。


「私、一瞬で逃げられるあの子を倒せるビションが浮かばないだけど…」

「まあ、あっちがリソースを使い切らないとムリだろ。地道にあっちのリソースを削っていくしかない」


リリアは腕組のまま地面を見下ろす。

「それじゃあ、まずはここの巫女に会いに行きましょう。あの子は自分の加護の領域内の状態を模型や地図に映すことが出来るから、あの少年の残したリソースがどこにあるか調べることが出来るはずよ」


それを聞いたアーデンは教会の上階を見上げる。教会の上階が巫女の居室だが、壁が切断されたり、大穴が空いたり、悪魔が落ちてきたりととても巫女のいる様ではない。


「巫女がいそうな場所は、検討つくか?」

「教会じゃないなら騎士隊舎でしょうね。あそこが都市の中で一番な訳だし。先に行ったエルンと合流したいところだけど、上階まで上がって行ったのかしら…」


教会の上階を見上げる二人の横を血相を変えたガブリエルが走り去る。ガブリエルは二人には目もくれずに教会の中へと走り去る。

それを見ていた二人は静かに顔を見合わせる。


「あいつ、エルンと戦ってたときよりよっぽど切迫詰まってたな」

「アーデン、あなたは騎士隊舎に向って。私は彼を追うわ」

「ついていかなくていいのか?」

「大丈夫。あそこに必要なのはあとは巫女だけだと思う」


それを聞くと、アーデンはガブリエルが走ってきた方へと走っていく。リリアはガブリエルの後を追うと、螺旋階段を駆け上がる。

巫女の部屋にたどり着いた彼女の眼前には氷漬けで横たわる騎士とそれの前で膝をつくガブリエルの姿があった。

ガブリエルは上ってきたリリアに気づくと彼女に向かって振り返る。


「おい、レーシンの巫女!隊長が死にかけてるんだ。早く来て治してくれ」

「言われなくても」


リリアはユーリサスのところまで走り寄ると、そのあまりの惨い姿が驚愕する。

ユーリサスは胴体が半分に折れ、凍りついた体には全身にヒビが入り細かいパーツが床に散乱している。

離れた胴体の結合、体の解凍、散乱したパーツの合成、一つ一つでも高度な治癒術が複数必要な状態が彼の体には同居している。もはや重症の領域内を超えていた。


「おい、巫女。時間がないんだ!早く始めてくれ」


焦りを隠せないガブリエルに言いにくそうにリリアが答える。


「ガブリエル分隊長。とてもいいにくい事だけど。貴方の上司は既に…」

「いいから!」


聞きたくないとばかりにガブリエルは大声を上げる。リリアは「わかった」と一言発するとユーリサスの前に座り、鎖からガブリエルの剣を取り出す


「地面にくっついている足を地面から切り離して。出来るだけ傷つけないようにね」


ガブリエルは地面と足のスレスレを剣で切り、分裂した胴だった部分に繋げる。リリアがユーリサスの胴に手を当てると傷口がきれいに繋がっていき、ユーリサスは次第に人間としての形を取り戻していく。リリアは傷口のあった部分を優しく擦ると立ち上がって、二人から距離をおいた。


「治療は終わったわ…」


ガブリエルは目を覚まさないユーリサスをただただ呆然と見下ろす。ただ寝ているようにすら見える遺体は生命を宿しているというには、あまりにも冷たく、人の温もりを感じなかった。


「この人が壁を壊して、射線を通してくれたときには隊長にはまだ息があった。でも、悪魔を撃ち抜いて隊長の方を見たときには多分もう隊長は生きてなかった。無理を言って悪かったな」


ガブリエルは弓を握ると崩れた壁に向かう。北東の方向へ向かって弓をつがえ、遠方のヤウスに照準を合わせた。


「レーシンの巫女。お前は騎士隊舎に向かってくれ。怪我人の救護とセプトラ様の護衛を頼む」


リリアは小さく頷くと階段を急いで降りていく。残ったガブリエルは弓つがえながら淡々と数字を数える。


(…23…22…21…………10…9…8…7…)


実態のないエネルギーの矢が次第に光を増していく。


(…3…2…1…)


仲間の窮地でも、師の亡骸を前にしても、やるべきことは変わらない。ただ冷静に、ただ一点の曇もなく、気負わす、焦らず、狙撃手としてその使命を全うする。


(…0)


放たれた極太の光帯はヤウスの胴体を適切に穿つ。ヤウスがその場に倒れるの確認すると、ガブリエルは振り返らずに壁の穴から飛び降りた。



***


商会の地下室に虚空から扉が現れる。扉から出てきたアランは「は〜」と溜息ついた。


「なんでこう、毎度完勝出来ないんだろうね。堅物のアーセナルさんはともかく、ズウェスタを失ったのは、ちょっとショックだな〜」


アランは扉を消すと、代わりにベットの周りを闇で囲む。静かに眠るソーンはベットごと、闇の中へと沈んでいく。


「まあでも足りない戦力は補えばいいしね。さあ、行こうかお兄さん。やはりあなたは僕達に優しい世界を一緒に作ろう」


地下室がまた静かになる。人一人の寝息さえ聞こえぬ程に。





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