第二十八話 疑念
「…綺麗にして返せって言ったじゃない」
襲撃から丸三日、住民が平穏を取り戻し、騎士や衛士が後片付けに追われるなか、セプトラは破壊された自分の居室を眺める。
ユーリサスの遺体は片付けられ、修道女や衛士によって掃除が行われる中、セプトラは遺体のあった場所を手でなぞる。
「どれだけ自分が死ぬ未来が視えてたんだか。あんなものよりももっとちゃんと守るべきものがあったでしょう」
部屋の破壊具合にも関わらず、街のジオラマやベット、ガラス細工の人形達は埃を被っただけで、その原型の忠実に維持している。どれもセプトラが大事にしていたものだ。
「本当に、馬鹿ななんだから」
セプトラは立ち上がると、荒れた自室を後にする。部屋の前で待機していたモルガナは階段を降るセプトラの後をついていく。
「…隊長が死んでしまうなんて、今でも信じられません。棺の中のお姿もただ眠っているだけのようで…」
モルガナは足元に目を落とし、両手で手元のバインダーを握りしめる。
セプトラは階段を下りながら脇目で一瞬だけ振り返ると、視線を前に戻す。
「遺体の状態が良かったのは、ダッチマンの仕業でしょうね。私が呼びかけても起きなかったし、私の部屋は三日経っても散らかったままだし、流石に死んでないなんて世迷言は通らないわ」
事実だけを並べるセプトラからは感情を読み取ることが出来ない。いつもと同じトーン、震えるでも小さくなるでもなくいつも通りの彼女の喋り声からは、ユーリサスの死を悲しむ様子はない。
セプトラは教会から出ると、迎えの馬車に乗り込む。
「あなたも凹んでないでさっさと業務に集中なさい。被害状況の報告がまだ済んでないでしょ?」
セプトラはドアから顔を出し、馬車に乗ってこないモルガナに呼びかけた。モルガナはハッとセプトラを見上げると、急いで馬車に乗り込みセプトラと反対の席に座る。
「今回の事件の人的被害についてですが、ユーリサス隊長を含め騎士隊員の死者が3名、行方不明が4名、重傷者が15名、軽症者31名です。住民は行方不明が5名で衛士は十数名の軽症者が出ました」
モルガナは手元の資料を眺めながら報告を続ける。読み終わった資料がモルガナの手が触れることなく、ゆっくりとめくられていく。
「それと、剣闘士の20名行方不明になっています。ユーリサス隊長以外で死亡、行方不明になった6名は皆闘技場と牢の警備に当たっていた人員で、以上のことより、今回の敵の狙いは異端の回収だったと考えられます」
その報告にセプトラは眉をひそめる。
「最初からそれを狙ってきてるんだったら、相当な下調べをしてるってことになるわね。植物型の魔物での戦力の分散、教会を急襲して戦局を監視の目を排除し指示系統を破壊、警備の薄くなった闘技場から異端を手早く回収。目標の位置や回収方法だけじゃなく、こっちの指揮系統や戦力を把握してないと実行できない計画じゃない。」
「ではやはり、最初はティージ自体を落とすことを目的に攻めてきたのに対し、想定以上にこちらの対応が速かったため、目的を異端の回収に絞ったということでしょうか?異端の収容場所や騎士隊の戦力はともかく、いつも部屋にこもりっぱなしで我々へ指示もメクリアの琥珀に頼り切りなセプトラ様の能力の詳細を、部外者が知っているとは考えずらいですから。」
モルガナの言いようににセプトラはまたも眉をひそめるが、すぐに真顔に戻す。
「モルガナ、悪いけど行方不明になった騎士達の調査をお願い」
「…?。内通者の疑い、ということですか?」
既にページをめくっていた視線を資料からセプトラに向ける。
「確かに行方不明の5人のうち、ブンド、マルス、アノスは異端ですが、騎士隊のしての立場を捨ててまで、悪魔と手を組んだりするでしょうか?それに、内通者がいるならわざわざこんなに派手に都市を襲わなくても異端の回収が出来そうですが…」
「中央から異端を使った戦力増強の指令が出てその日にこれだから、計画の内容と相まって前々から根回しをしてた内通者が、指令を聞いて決行を早めたように思えるのよ、本人たちの動機はともかく、剣闘士たちをさらうにしても騎士隊に入る前の方が、何かと都合がいいでしょうし。まあ一応よ、一応。私の考え過ぎの可能性もあるし」
セプトラと別れるとモルガナは神妙な面持ちで分隊室に入る。モルガナは分隊室のドアを閉めると大きく溜息をついてドアに寄りかかる。
モルガナがしばらくそうしていると、廊下側からの足音が留まりドアノブが回転する。
モルガナは慌ててドアから離れると、片手に木箱を複数抱えたエルンが開いた片手でドアを開ける。少々焦った表情のモルガナを見ると、エルンは申し訳なさそうに縮こまる。
「え~と。もしかして間が悪かったでしょうか…」
謝ろうとするエルンにセプトラは両手を小刻みに振る。
「いやいや全然、気にしなくて大丈夫だから。それ重いでしょ?私が運ぶよ」
モルガナが木箱に触れると、木箱が空中に浮かぶ。モルガナはそれらを室内の開いた場所に配置する。
「ありがとうございます、イーセリットさん」
「全然。隊服いいサイズのが見つかってよかったね。うちの隊服はスカートもあるけど、うちは女性の隊員が途中入隊してくることって滅多にないから予備がないんだよね~。そっちの方が良かったら頼んでおくけど、どうする?」
エルンは自分の来ているズボンを見ると、脹脛の部分をつまんで引っ張る。
「いえ。私はこれで大丈夫です。それよりもセプトラ様に頼まれていたものはあれでよかったでしょうか?」
「頼まれていたものって、あの木箱のこと?」
モルガナは先ほど自分が動かした木箱を指さす。
「はい、セプトラ様から行方不明になった隊員たちの遺留品を集めてイーセリットさんに届けてほしいと頼まれたのですが、何かお聞きになっていませんか?」
「あ~うん、ありがとう。確認しておくね」
モルガナは木箱の前でかがむと中身を確認する。筆記用具や教本、タオルや木剣や嗜好品など隊員ならだれでも持ち込むようなものしか見当たらず、モルガナは小さく溜息をつく。
(まあ、こんなところにわかりやすい証拠を残しているわけないか、隊員の自宅まで調査にいったとして、手がかりがあるかどうか…、隊員の家…そういえば)
「ねえ、エルン。あなた達が匿っていたマンジュって青年も行方不明なんだよね」
モルガナは窓から外を眺めていたエルンに問いかける。
「はい。ずっとうちの地下で匿っていたんですが、物音に気付いた父が地下へ見に行った時にはベッドごといなくなっていたそうです」
「…ベッドごと転送か。報告にあったワープゲートの仕業かな」
「多分そうだと思います。家にいた父も不審な人物を見ていませんから…」
モルガナは木箱を漁るのをやめて立ち上がると、ドアノブに手をかける。
「ねえエルン。悪いんだけど私の居場所を聞かれたら、見回りに行ってるって言ってくれる」
「?あーはい。わかりました。お気をつけて」
妙な言い方をするモルガナをエルンは首をかしげながら見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます