第二十六話 厚い本丸

衝撃波の鳴り響いた市街地で、アーデンは砂塵を払ってあたりを見回す。アランは包まれた闇ごと消えており、二人の方を確認するとリリアを庇ったエルンが上体を起こしているのが見えた。


「二人とも無事か?」


アーデンは二人に近寄る。エルンは砂塵に咳き込むが近づいてくるアーデンを見返した。


「はい、なんとか。リリアもダメージは受けてないと思います。肉体的には…ですけど」


二人がリリアに目を向けると、リリアは地面に仰向けになったまま右手の前腕で顔を覆っていおり、固く結ばれた下唇はわずかに震えている。


「御免、私熱くなり過ぎて全然、相手の攻撃が見えてなかった。エルンが守ってくれなかったら、今頃…。戦闘もできる巫女が私の売りなのにこの様じゃどうしようもないな」


顔を隠したリリアの感情を表情から判断するのは難しい。しかし、声だけでも彼女が悔しさと悲しみに蝕まれているのが伝わってくる。


「謝らないでよ。あんな攻撃の直前にちょ――っとだけ周りが歪む攻撃なんて、中にいたら全!然!喰らっちゃって当然だから!」


エルンは落ち込むリリアを励ますように身振り腕を振り回して感情をしようとする。


「…それにしてもさっきのあの攻撃。ピーター君の攻撃とかなり似ていましたが…」

「使ったのはアランで間違いないだろうが、吸い込まれたピーターの魔物が関係あるかはわからないな…、お前らはここでちょっと待ってろ。俺は騎士のやつらと話を付けてくる」


アーデンはそっとしておくようにリリアから離れると、ヤウスとその周りの騎士達に近づいていく。騎士の一人は近づいてくるアーデンを見て彼に話しかける。


「騎士隊でもない君たちの助力に感謝する。クロエ様に命じられたと言っていたが、彼女の私設部隊の所属なのか?」

「いや。街に魔物が出たっていうから協力しただけだ。そんなものがあるとは初めて知った」

「そうか!まだあの知らせを知らないはずの君達が、我々の目の前で異端の能力そのちからを使うとは、なかなかの正義感だな。丁度いいから、これから騎士隊庁舎に来てくれないか?」

「騎士隊庁舎じゃないわ。行くべきなのは教会よ」


アーデンと騎士の会話に寝たままのリリアが割って入る。リリアは顔を二人の方に向けて起き上がると、埃を払いながら近づいてくる。


「お前もういいのか?」

「メソメソしてられないわよ。レーシンと同じ組織が絡んでるってわかったら事態はもっと深刻だもの」


会話をする二人に手をすり合わせながら騎士が話しかける。


「あなたは、集会の際に庁舎に来ていた隣町の巫女様でしたよね?事後処理がありますので、ご協力いただけるとうれしいのですが…」

「事後ではないわ。レーシンの時と相手の考えが同じなら、こいつらはただの陽動よ。実際に倒して分かったけど、この魔物は硬い上に闇を周囲にばら撒くから脅威なだけ。魔物の表皮を破壊するだけの攻撃力さえあれば制圧するのは難しいことじゃない。こんなのを四方に配置しただけじゃこの都市は落とせないもの」


沈んだ目で状況を測るリリアに騎士隊員に眉をひそめる。


「それは、我らの防衛能力が敵の侵略能力を単に上回っているということでは?」

「これを倒すだけならね。でも防御力と雑魚を生成する魔物を討伐するには騎士の頭数と攻撃力の高い隊員が両方いるわ、そして市街地での戦闘となれば隊員の数が必要なのは戦闘区域だけじゃない。そうなれば当然…」


「巫女の守りは薄くなる」



***



教会の最上階、巫女の部屋に突如闇の扉が出現する。出現と同時に扉の隙間から氷の刃が顔を出す。椅子に座って戦況を見守るセプトラは未だその凶牙に気づかない。しかし、その距離が40cmを切ろうとした瞬間にセプトラと刃の間に床から大理石の壁がせり上がる。刃は大理石の壁に深々と突き刺さるが、凶器としての役目を果たせなかったそれは、自身の重みで段々と壁から抜けていき、持ち手の部分が床との衝突で粉々に地面へと散らばる。


「誤差2mか、アランの野郎、雑な仕事しやがって」


闇の扉からズウェスタが現れる。するとズウェスタの周りの床が4つ、板状になってせり上がりズウェスタを押しつぶさんと倒れこむ。ズウェスタは氷塊に分かれて隙間を縫うように囲みを抜けると再びセプトラに刃を向ける。しかし、ズウェスタの逃げる方向を読んだかのように囲みが生成され、三度の追撃の後ズウェスタは部屋の隅に追いやられる。ズウェスタはいつの間にかセプトラの前に立っているユーリサスに目をやった。ユーリサスの瞳はわずかに黄緑色の光を発し、腕にはハルバード(斧槍)が握られている。


「お前、未来でも見えてんのか。最初の奇襲といい、今の追撃といい人間にしては反応が速すぎるぜ」


ユーリサスは左手を前に出すとズウェスタの質問を無視してズウェスタを大理石で密閉する。


「お前はこの部屋に無断で立ち入り、あまつさえセプトラ様の命を狙った。私は罪人と話す気はない。じっくりと頭を冷やして、悔い改めるがいい!」


ユーリサスが左手を握るとズウェスタを覆っている大理石が彼をそのまま押しつぶさんと膨張を始める。しかし、ズウェスタは内側から大理石を砕くと残った足場を踏み砕くと、肥大化し青紫に変色した握りこぶしをユーリサスに向ける。


「悪りぃなおっさん。生憎と俺は罪人じゃないんで悔い改める必要はねえ」

「貴様悪魔か」


ニタニタと笑うズウェスタをユーリサスは眉をひそめて睨む。


「セプトラ様。こいつは私がひきつけます。下の者を護衛につけて騎士隊舎まで引いてください」

「あなたがそう判断するならそうするけど、ここを離れると状況の確認と指示が出来なくなるわ。この悪魔、あなたでも手に余るのかしら」

「滅相もない!ただ周りに人がいると私が全力で戦えないだけです」


笑顔を作るユーリサスにセプトラもつられて笑みをこぼす。


「では任せるわ。できるだけきれいにして部屋を返して頂戴」


部屋を出ていこうとするセプトラにズウェスタは氷柱を飛ばす。しかし、氷柱はせり上がる大理石に阻まれ、セプトラは部屋を出て行った。

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