第二十三話 広がる戦場
ピーターの鳴き声に応じるようにクロエの周りが球状に歪む。クロエが後方に下がるとピーターの鳴き声が微かに変わり、クロエの移動経路を塞ぐように数珠つなぎのように断続的に空間が歪む。クロエは躱すのをあきらめて自身の周囲を光の柱で覆う。しかし、衝撃波は柱の内側から広がり、クロエの鎧にヒビを入れる。
ガブリエルは鳴き声を上げようとくちばしを開くピーターの喉元と口を同時に狙撃する。声の出なくなったピーターは風穴の開いた自分の体を見つめる。しかし、200m以上離れたガブリエルを目視すると、修復させた喉で再び鳴き声を上げる。屋根の上にいるガブリエルを追うように数珠繋ぎに空間が歪んでいき、屋根の材木を巻き込んで破裂する。
ガブリエルが屋根を降りて衝撃波を避けたと同時に、空から複数の光線がピーターに降り注ぎ胴を貫通していく。クロエはお構いなしに衝撃波を放ち続けるピーターを避けて路地に入ると、獲物を見失ったピーターは途端に静かになった。
「やれやれ、防御不能に連発、同時発動可能な上にロングレンジの高威力攻撃ときた。発生隙もあるし懐に入ること自体は難しくないが耐久力があれじゃ意味ないからな。おいセプトラ、当然今の見てたんだろう?」
クロエは右耳のイヤリングに手を当てながら虚空に向かって話かける。しかし、イヤリングからは倦怠感に満ちた女性の声が返ってくる。
「今忙しいから、あなたの話し相手をしてる暇はないわ。後にしてくださる?」
忙しいという言葉とは裏腹にクロエの耳に伝わる、ポリポリと何か硬い物をかじる音にクロエは眉を顰める。
「セプトラお前。何か食べてるだろ」
「食べてないわ」
「嘘つけ聞こえてるぞ」
「別にいいじゃない。デスクワークを円滑にこなすには紅茶が必要で、紅茶にはそれにあった茶菓子がつきものってだけよ。」
「まあいいや、それでどうなんだ?」
「出現してる魔物はそこの鳥だけじゃないわ。モルガナの位置に闘技場に出てた狼と、他にも町の四方に植物型のが一体ずつ湧いてるわ。そこの鳥は置いておいて、速くモルガナと合流してそっちを狩りに行きなさい」
「!!。わかったすぐ行く」
クロエはセプトラとの通信を切ると、戻ってたガブリエルに指示を伝える。
「新手だ。お前は北東に急行しろ。鳥の射線に入るなよ。」
それだけ言い残すとクロエは商会方面へと走っていった。
***
商会付近ではモルガナの槍とクロの爪が交差する度に、鋭い金属音が周囲に鳴り響く。モルガナは後ろに下がりながらクロの攻撃を避けつつ、前脚を削っていく。しかし、与えるダメージをクロの修復能力が上回り、どんどんと商会と二人の距離が離れていく。
「本当なら、今すぐでも民家に逃げ込みたいところだけど…」
モルガナの遠隔透視は遮蔽物の多い地形でこそ有利に働く。しかし、街路樹をマッチのようにへし折り、道路に陥没を量産するクロ相手では遮蔽の方がもたない。
モルガナは浮遊させている槍の金属片6つをクロの死角から背中に打ち込む。モルガナの操作にクロの体が一瞬浮かびあがるが、直後に金属片が刺さった部分を切り離し、モルガナのいる空間を乱暴に薙ぐ。モルガナは自身を金属片で押してクロの内側に潜りこむと、槍をクロの腹部めがけて振り上げる。クロは、腹の半分を切り裂く攻撃を無視して後ろ足の爪を伸ばしてモルガナを攻撃する。モルガナは金属片でこれを防ぐが防御を搔い潜るように再度爪が変形する。
(なにそれ!)
モルガナは鎧で刺突をまともに受けるとクロの前方に放り出される。モルガナは振り下ろされる拳に槍を槍を合わせると拳の操作権を奪って威力を軽減させ、槍を空間に固定させつつそれをつかむことで民家への激突を防いだ。
しかし、クロの振り上げる爪は直撃を避けるモルガナの逃げ場を塞ぐように変形し、鎧越しにダメージを与えてくる。能力と槍でダメージを軽減しつつもジリジリとクロがモルガナを追い詰める。
「ひー---い!無理無理無理無理。無理ですってこれ。っていうかこれ以上離れると、あの子の拘束が解けちゃうって!」
モルガナはスライディングでクロの真下をくぐり抜けて商会へ戻る。遠隔透視でエルンの様子を確認すると、既に立ち上がりハンマーのブーストを入れる彼女の姿が見えた。
「あっ…やばっ」
迫りくるエルンの動線上に到着したクロエが割って入る。クロエはエルンの突進を剣の腹でガードしつつクロの巨体を丸々囲む光の柱でクロを覆う闇を祓った。
闇越しに大ダメージを食らったクロはそのまま地面に転がる。
「クロ!」
「戦いの最中に他のことなど考えるな」
クロエはエルンを盾で押し返す。体勢を崩したエルンにクロエは剣を振り下ろし、不安定なままガードに入ったエルンはモルガナの金属片を避けられずに再び地面に押し付けられた。クロエは剣を鞘に戻し。道に寝転がるクロを見る。モルガナは散らばっている金属片を自身の槍に収納した。
「ふ~。ありがとうごさいます。死ぬかと思いましたよ」
「…やはり、彼の作る魔物は一度に全体を攻撃するのが、一番手っ取り早いらしいな」
「それ、ほとんどの人には使えませんからね。攻略法みたいに言わないでください」
「お前達がレーシンで遭遇したのも再生するタイプだったか?」
「いえ、単純に装甲が硬いタイプでした。ガブリエル分隊長が穴を開けるまでろくにダメージが入らなかったんですが、削った装甲が復活するようなことはなかったです」
クロエは腕を組んで考え込む。そしてエルンの方へ歩いていくと、地面に這いつくばるエルンを向いてしゃがんだ。
「今、先ほどの狼と鳥のほかに四体の植物型の魔物が確認されている。それに関する情報を教えろ」
「教えろと言われましても…、かはっ」
エルンの体がより深く地面にめり込む。
「時間が惜しい。早くしろ」
「分かりません。マンジュさんの能力は動物との意思疎通です。植物型の魔物を使えるなんて私は知りません」
「そうだろうな。出現位置が北東、南東、北西、南西の四か所だ。ここから近い一体はともかく。自分を守るために動かしてるなら距離が遠すぎる。兵を散らすためにしても自身が寝ている状況で使う手ではないだろう」
クロエは立ち上がると、エルンをおいて移動を始める。モルガナはエルンの頭に触れると能力を発動させようと力を込める。
「迎えが来るから兵舎までじっとしててくださいね」
「待ってください。私たちも協力させてください!」
エルンは大声を張り上げて二人を呼び止める。しかし、モルガナはエルンの頭に置いた手をどけずに拒絶する。
「信用できませんよ。これから忙しくなるんです、ここで寝ててください」
「ピーターをおいてきたみたいですけど、本当に大丈夫ですか?」
「ほう。私がもう片付けたといったら。どうする」
「あなたはさっき”やはり、彼の作る魔物は一度に全体を攻撃するのが、一番手っ取り早いらしい”っとおっしゃっていました。らしいという言葉は確定した情報には使いませんなら、さっきクロに使った攻撃はマンジュさんの魔物には初めて使ったということではありませんか?」
「なるほど、ではお前ならあれをなんとかできると?」
「親衛隊長!この子を信用するんですか?」
「これからの隊の方針はさっき伝えただろ。これから使う駒の実力を確かめるのも悪い話じゃない。ラフレシア、お前は鳥の魔物を何とかしてクロイツ、ダッチマン両名を説得して南西の魔物を討伐しろ。それが出来たら今回の件は不問にしてやる。」
エルンは衝撃波のなった方角へ勢いよく走りだした。
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