第二十ニ話 守護者達

「噓でしょ…」


リリアは軽々とアーデンを吹き飛ばしたクロエに呆気にとられるように立ち尽くす。

リリアはアーデンが、悪魔と同化したアーセナルの腕を吹き飛ばし、その体を塵にした光景をその目で見ている。それほどの火力をもつアーデンの一振りを、クロエは完全に防ぎ切ったのだ。

つまりこの騎士は「リリアの鎖を破壊するだけの攻撃力と、アーデンの一刀を防ぎきるだけの防御力を併せ持っている」ということになる。


―勝てない。少なくともアーデンと自分ではこの騎士に敵わない。


そう思うだけで、念じるだけで動くはずの鎖がとても重くかんじられた。

そのクロエは「うーん」とうなりながら、片手でワシャワシャと頭を掻く。


「少しやり過ぎてしまったか、おいガブリエル。民間人の建築物は破壊してしまったんだが、ティージではこの場合、どうすればいいんだ?」

「被害状況の確認をして、始末書を提出します。後の処理は衛士がやってくれますので」

「おう!流石に中央より緩いな。では被害状況の確認からだ、いけ!」


ガブリエルが「お前が壊したんだからお前がやれよ」と言いたげな表情を浮かべていると、リリアが納屋に飛び込む。中には大剣を握ったまま目を瞑るアーデンの姿があった。


「アーデン、ねぇちょっとアーデン!早く起きてよ!」


リリアがアーデンを強く揺すると、アーデンは静かに目を覚ます。アーデンは上体を起こすと、遅れてやってくる激痛に舌打ちをしながら身を縮ませる。

遅れて入ってきたガブリエルが起き上がったアーデンを見て、ふたたび嫌そうな顔をする。


「げっ。生きてるじゃないか。おいお前、今度こそ手を出するじゃないぞ。」


ガブリエルはリリアを左手で指差すと、右手を構えて力を凝縮していく。


「親衛隊長に敵わなくても、アンタを通す理由にはなんないわよ!」


リリアは自分に向けられたガブリエルの腕を鎖で拘束すると、ハンマー投げのようにガブリエルを振り回して投擲する。物凄い勢いで空の彼方へと飛んでいったガブリエルをクロエは手で日除けを作りながら眺める。


「あいつ、本当に近接はからっきしだな。だが、あいつを宙に投げたのは失敗だったかもしれんな」


ガブリエルが投げられた方の空に一点の光が生じる。光はアーデンの腹部を貫通すると地面を深々と抉る。喀血と共にアーデンの腹部から大量の血が流れ出した。



***


アーデンが飛び出し、残ったの騎士が倒れた商会は静けさを取り戻す。エルンは武器を置くと、急いでバックヤードに入っていき、救急箱とともに戻ってきた。エルンは救急箱からガーゼを取り出し消毒液を塗ると傷口を直接抑えていたジョーカーの手をどけて丁寧に傷口をぬぐう。


「お父さんは普通の人間なんですから、無茶に体を張ったりしないでください。傷の治りだって遅いんですから」

「娘息子が捕まりそうだってのに、何もしない父親がいるか!っいててて…」

「私達だってちゃんと強いですから、一般兵になんて負けませんよ。ほら、ちゃんと抑えててくださいね」


エルンは、ジャックの傷口に数枚のガーゼを押し当てると自分で持つように促す。そして、未だに意識を失ったを騎士を見ると、「う~ん」と首をかしげる。


「この方、どうしましょう?」

「ジャックの調合した忘れ薬が倉庫に余ってる。取ってきて飲ませておいてくれ」


エルンが裏口から倉庫に向かう途中で中庭を歩いていると、倉庫に向かって腕を組んで悩む人影が見えた。背丈ほどある槍と制服、そしてミドルロングの金髪のその人物は、エルンの視線に気づくと、苦笑いで手を振る。


「ああ、すみません。珍しいものもあるものだと、見入ってしまいまして。流石、魔物の素材を専門に扱う商会だけあって、見たことのないものばかりですね」


明らかに騎士であるその女性の好意的な態度に、エルンは頭に疑問符を浮かべる。

ティージの騎士隊が二人を捕えに来たのなら、目の前の騎士もその為に来ているはずなのだ。しかしこの騎士はただ開いていない倉庫を興味津々に見つめ、家の者に見つかったことに照れている。


「あの、倉庫自体は特殊なものではないですが…」

「あははは、すみません。ただの一人事です。あなたは、エルン・ラフレシアさんですね?あなたのお父上に逃亡者隠匿の容疑がかけられているのですが、家の中を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


モルガナが雑談をやめて本題をに入る。上目遣いと目に掛かる長さの前髪によって目は影に隠れ、丁寧な口調にも拘わらず、モルガナは確かな威圧感を放っていた。

エルンは気圧されまいと唾を飲み込む。


「あいにくですが父は今体調がすぐれないので、日を改めてはいただけないでしょうか」

「体調が優れない…もしかしてですが、それは首筋から出血なされているとかでしょうか?それは大変お気の毒です」


モルガナは合掌を止めると立て掛けていた槍を握り半回転させて持ち直す。槍の一部が分離し、六つの細長い金属片が空中に浮遊する。


「先ほどの奇襲は素晴らしいスピードでしたね。室内で伸びている騎士は私と同じガブリエル分隊の班長なんですが、彼を一方的に片付けるとは大したものです。」

「貴方、さっきから何なんですか。まるで、室内の様子が見えてるみたいに」

「いえいえ、見えているんですよ。騎士隊の中でも巫女に選ばれた者はその騎士の専属の親衛隊に任命されます。中央にある教皇親衛隊と聖女親衛隊はそれぞれ独立の部隊ですが、その他にはそんな余力はないので巫女が勝手に選んで普通の騎士と兼任するんです。そんでもって」


モルガナは自身の右目を右手で見開く。その金色が混ざった瞳は蛍光色を放ち明かりを緩く照らす。


「自らの騎士である証として、祝福を授けるんです。祝福の効果は授ける側の巫女に依存するんですが、私の主の場合は"目"ですね。私達セプトラ親衛隊は皆特殊な目を持っているんです」


モルガナはエルンに向かって金属片を差し向ける。エルンは浮遊する金属片をくぐり抜けて屋内に戻ると、ハンマーを手にして表から再び裏庭に戻ろうとする。

しかし、先回りしていたモルガナは入り口で待ち伏せしていたモルガナが突きを繰り出す。エルンは体勢を崩しつつもモルガナにサマーソルトを叩き込むが、モルガナの金属片がエルンの肩を掠った瞬間、エルンの体は地面に叩きつけられた。


「あなた、一人でいくつ能力を持っているんですか」

「私固有の能力は一つだけですよ。触れたものの操作権を奪う能力、触れる条件は槍と金属片でも構いません。さっき行った通り遠隔視の能力は頂いたものです。」


エルンの体に信じられない程の重力がかかる。エルンは全力で地面を押してもなお全身が地面にへばりついて身動きが取れなかった。

モルガナは無力化されたエルンを他所にソーンの眠る地下へと進んでいった。



***




クロエは納屋の手前まで来ると、止血を済ませ、朧げながら立ち上がるアーデンとそれを支えるリリアを眺める。


「其奴らに助力する動機が分からんな、レーシンの巫女よ。たった3人の住民と教会への忠誠。その天秤の傾きを読み違えるな」

「穏健派筆頭の聖女様、その騎士様なら彼らを保護することに賛同してくれると思ったのだけどね。」

「確かに、ヘウルア様はこの過激派優勢の現状を快く思っておられない。だが貴様も隊舎にいたのなら聞いているだろう。あれが現時点でのあの方の答えだ。今までの扱いを考えれば破格の処遇ではないか」

「全員丸ごとそうしてくれるなら、別に文句なんてないわよ。でも魔物使いの彼はそうではないでしょう」

「騎士隊は教会に付属した組織。魔物を退けることを目的とした組織に魔物を使役する存在など不要だ。レーシンの後始末をかんがみても彼を活かす選択肢などない」

「"なるほど、主には勝手に動くなと命じられているが、それなら我らも動かざる負えんな"」


重苦しい声が響くと商会の地下と納屋の上空に同時に黒い影が集まりだす。地下に降りようとしていたモルガナは、下階から襲いかかるクロに構えた槍ごと建物の外に放り出される。

上空のピーターを見上げるクロエの周囲は、不自然に歪み、音を発しながら炸裂する。


二体の魔物は自らの主を守るため、その爪を振りかざす。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る