第二十一話 昇る太陽
アーデンが闘技場を出ると、大通りでは騎士達が周囲を警戒し乱入者の捜索を行っていた。アーデンは人ごみに紛れて大通りから路地裏に素早く抜ける。
「騎士達がここをまだ探してるってことは、エルンは捜索を巻いたってことだろうな」
「クロを抱えて観客席から塀を飛び越えて行ったからナ。追う方はどうしても出遅れるだロ」
アーデンの肩で当然のように羽を休めるピーターだが、静かな裏路地で鳥と話をしている青年など、どう考えても目立つ。
「ピーター、お前は先に商会まで行ってろ。こっから先は、できるだけ目立ちたくない」
そういうと、ピーターは仕方がないといったように飛び立ち、商会の方面へと向かっていく。それを眺めていたアーデンが歩みを進めようとしたその時、寒気を感じて後ろ振り返る。しかし、後ろに映る光景は先ほどまでと変わらず、大通りの人ごみと右往左往する騎士の姿があった。
(今視線を感じたが…気のせいか)
アーデンは違和感を覚えつつも商会へ進み始めた。
***
尾行を警戒したアーデンが、裏路地から郊外にある商会へ着いたのはそれから大分たった後だった。アーデンが商会の裏口を開けると、既にエルンとピーターはカウンターで間食を口にしていた。エルンの体には所々に包帯が巻かれており、ガブリエルとの試合が彼女にとっても重荷であったことを物語っていた。
「クロイツさん!遅かったので追われてるんじゃないか心配でしたよ。これ、お父さんが出してくれたお菓子なんですけど、一つどうです?」
エルンは部屋に入ってきたアーデンに気づくと、笑顔で手を振る。傷の具合に対して元気そうだが、それを見たアーデンの顔は次第に曇る。
「悪かったな。お前をガブリエルと戦わせて。あの時俺はそれ以外の解決法が思い浮かんでなかった。お前が我慢できずに突っ込むことをわかっていて、それを計画の一部に組み込んでたんだ。ガブリエルとお前の相性がいいのは認識してたが、明確な勝算があったわけでも負けた後のプランがあったわけでもなかった。いくら策を巡らしても結局はお前の自力だよりだった。すまない」
エルンは、アーデンの謝罪にポカンとしたように口を開ける。だが、その開いた口に菓子を放り込むと再び笑顔を作る。
「謝らないでくださいよ。マンジュさんとクロは無事で、私は五体満足でここにいるんですから。それに、誰かのために命を懸けるって言うのはとても素晴らしいことだと思うんです。そりゃあ負けた時のセーフティーネットがあるのはいいことですけど、そういう状況って『命を懸ける』とは言わないじゃないですか。そういう状況に臆せず突っ込めるのは私の長所で、今日それが皆さんの役に立ったんですから、私にとってこれはとても良いことなんです」
満足そうな表情を浮かべるエルンに、アーデンは長い溜息をしながら席に座り込む。
「それ、一枚もらえるか?」
「エルン、お前の治療用なんだから一枚も渡すなよ」
アーデンの要求に、ジョーカーが割って入る。
「傷が残ってたら戦ってたのがエルンだったとばれる。治るまで一歩も外に出歩くんじゃないぞ」
「は~い」
「親父、ソーンの様子は?」
「まだ眠ってる。命に別状はないが、内臓にダメージを受けているからしばらく無理をさせない方がいい。それでアーデン、お前これからどうするつもりだ」
「騎士達が俺とソーンを探してる以上、遅かれ速かれここに来る。ソーンを連れてすぐにでも出たいが、、」
ドンドンドンッ!
「南騎士隊だ!逃亡者の隠匿の容疑で捜査令状が出ている」
ドアを叩く音がフロア中に響き渡る。ジョーカーはハンドサインでエルンを店の裏側へ、アーデンを裏口に急がせる。
苛立ちを込めたノックが再び鳴り響くと父親はドアを開け門前の騎士達に応対する。
「偉く物騒ですね。騎士様方が、ネペンテス商会へいかが用でしょうか?」
「ラフレシア、貴様に用はない。これからもこの町で商売がしたかったらお前が匿っている異端の二人、大人しく引き渡してもらおうか」
騎士笑顔で応対するジョーカーに、騎士は剣を突き付ける。その瞬間、裏口のドアが壁と衝突して大きな音を立てる、騎士達は一人を残して裏口から逃走したアーデンを追いに外へ出て行った。歯ぎしりをする騎士は剣をジョーカーの首筋に当てる。微かにジョーカーの首から血の滴が零れた瞬間。裏からハンマーを持って跳び出したエルンが騎士を反対側の壁に叩きつけた。
「当店では、店内での暴力は固く禁じておりますので」
エルンは崩れ落ちる騎士を横目にハンマーを担ぎながらそう言い放つ。
アーデンは狭い裏路地を頻繁に角を曲がりながら進む。三人の騎士は時折迷いながらも的確にアーデンの後をつけてくる。
(流石は騎士というべきかしっかりついてくるな、なら)
アーデンは角を曲がるとそのまま進まずに体を反転させる。そして火球を両手で溜め、角を曲がってきた騎士に零距離で爆裂させる。
「まず一人」
「貴様抵抗するか!うおおお!」
仲間を倒された騎士は怒りのままにアーデンへと切りかかる。アーデンは手元で炎を破裂させて煙幕を作ると、騎士の一振りは宙を空ぶった。
「煙幕を使えば逃げられると思ったか!見えずと攻撃は当たる!」
騎士は突進しながら突きを繰り出す。騎士達は未だに闘技場でガブリエルと戦ったのがアーデン本人だと思っている。身体機能に優れる代わりに何の能力も持ちえない、そして気配は前方向にあるゆえに壁が蹴られた音がしない限り、騎士の目の前にアーデンはいるはずなのだ。だが、自身の真上から放たれた爆発に巻き込まれ、そこで騎士の思考は止まった。
「おい気を付けろ。こいつ情報と能力が違うぞ」
「あと一人だな」
段々と薄くなる煙幕の中からアーデンが出てくる。剣先が微かに震え、騎士は身じろぎして半歩下がる。
「お前、一体…。」
そこまで言うと騎士は自身の背中に高温の物質が衝突してくるのを感じた。そのまま体勢を崩し慣性のままに前に放り出される。熱線で加速した拳が騎士の頬を捉えると、騎士はその場で一回転して失神した。
アーデンは、咳き込みながら近づいてくる人影に再び火球を溜めるが、相手がリリアであることを察すると炎を消す。
「コホッ、コホッ。あなた何してるのよ」
「騎士に家襲われたら誰でもこうするだろ、理屈は知らんがあいつら俺を的確に追跡してきたからな。振り切れないから返り討ちにしただけだ。
用がないならもう行くぞ、追手が来る前に隠れ場所を探さないといけないんでな」
「いや無理よ。捕まりたくないならこの町に残らない方がいいわ。だってここの都巫女は、」
リリアは悪寒を感じ、瞬時に鎖を張り巡らせる。直後路地裏の壁を蹴って突っ込んできたガブリエルの剣が鎖に絡まりアーデンの胸の二センチ手前で止まる。
―”
リリアが心の中で念じるとガブリエルの剣に錠前が取り付けられ、周辺の鎖とともに消える。同時に鎖にまかれ、錠前の取り付けられたアーデンの大剣が鎖の会った空間に現れ、錠前と鎖が崩壊する。上半身を鎖に絡めとられ、身動きの取れないガブリエルは顔を上げリリアを睨む。
「隊舎にいないと思ったらこんなところにいたのか。どうやら本当にそいつの肩を持つみたいだな。」
「投降しないと腕もぎ取るわよ分隊長。私の能力で出し入れできるのは鎖で包んだ無生物だけど、人間の部位を指定できないわけじゃないの」
リリアが鎖の張力を上げるとガブリエルは苦悶の表情を浮かべる。勝負あったかに見えたが、ガブリエルが光の柱に囲まれ、その境界面でリリアの鎖が切れる。
「ほう、過去に魔物に襲われた歴史のあるレーシンには、武闘派の巫女が配属されていると聞いていたが、中々に苛烈だな」
路地の角から新たな人影が現れる。甲冑に身を包み、金髪をなびかせるその姿は暗い路地にあって光を放っていた。比喩でもなんでもなく一人の人間が眩いばかりの光を放っている。クロエが地面を蹴ると、アーデンは大剣に火を灯しクロエの進行ルートに割って入ると大剣を振り下ろす。しかし、アーデンの攻撃はクロエの盾に弾かれ、大きくのけぞる。
(…重ッ!)
アーデンはクロエの袈裟切りを大剣で受けるが、大剣で塞がれた視界を見抜くように、右横腹に盾が食い込む。クロエはアーデンに蹴りを叩き込むと空中に浮遊する盾をキャッチし、アーデンの防御を削るように剣、盾、体術を用いて連撃を叩き込んでいく。
防戦一方のアーデンは自身の周りを灼熱で覆いクロエを引かせる。アーデンはそのまま熱気を剣に集中させ、普段の5倍以上の長さを持つ炎を剣を作り出すと、クロエに向かって振り下ろす。しかし、クロエは盾を起点に光で正方形を作り出すとアーデンの炎の剣と爆発を完全に防ぎ切り、盾を用いた突進で隙のできたアーデンを吹き飛ばす。
まともに突進を食らったアーデンは通りにある納屋の壁を貫通し、その中に放りこまれた。
「いい反応、そしていい火力だ。だが親衛隊を狩るにはそれでは足りんな」
日暮れの空、もう一度昇った太陽に、人々はただただ啞然とするほかなかった。
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