第十九話 任務失敗の傷跡

メインイベントが終わり、観客たち他の者達と試合の感想を語らいながら立ち去っていく。観客たちが目を向けなくなったフィールドには、仰向けで寝転がるガブリエルと、彼に向かって歩いてくる騎士の姿があった。騎士はガブリエルの隣まで来るとしゃがみ込んだ。そのまま五指を組んでガブリエルの冥福を祈る。


「良い最期でしたよエイソン分隊長。空いた分隊長の責務は私がきちんと果たしますから、安心して眠ってくださいね」

「死んでない。勝手に殺すなモルガナ」


モルガナと呼ばれた騎士は、右手で自身の長髪をいじりながら微笑を漏らす。彼女は金髪だが、コメカミの部分のみが鮮やかな緑色をしており、その部分をイジるのが、返答に困った時に出る彼女の癖だった。


「まあいい、あいつの追跡はちゃんとしてるんだろうな?」

「もちろんさせてますが、貴方を負かした相手ですから、多分振り切られますよ?」


ガブリエルはモルガナの「負けた」という言葉を聞くと、眉間にシワを寄せてモルガナを睨む。


「うるさい!負けてない!最後にレーシンの巫女出て来なければ、俺の勝ちだったし、そもそも、こうしてピンピンしてるんだから、逃げたあいつの負けなんだよ!」

「見ていた観客たちは、全員貴方が負けたと思ってますけどね。多分今日『不敗のガブリエル。謎の挑戦者に敗れる!』っていうタイトルの号外が出ますよ」


「ぐぬぬぬ」と唸り声を上げるガブリエルをよそにモルガナは楽しそうにニヤニヤと笑う。


「いい加減に、剣持って闘技場に出るのやめたらどうですか?普段の討伐任務ではほとんど後ろから弓打ってるだけなのに、人が集まると剣振り回して居合とか始めちゃって‥。かっこいいと思ってやってます?」

「ずっと弓だけ撃ってたら魅せる試合にならないだろうが!闘技場は真剣勝負の前に、エンターテインメントなんだよ!」


ガブリエルの必死の弁論をモルガナは右から左に聞き流す。


「それで、素人相手に切り札を2枚切ってたら駄目でしょう。さあ、起きてください。貴方が失敗して仕事が増えてるんですから、元気ならちゃんと働いてくださいね」


モルガナはそう言うと立ち上がり、ゲートの方向へと歩いていく。ガブリエルも起き上がると彼女の後をついていく。二人はゲート内にいるリリアの手前で止まると、リリアも二人と顔を合わせた。


「ダッチマンさん、貴方はレーシンの巫女で教会へ所属する巫女でいらっしゃいます。しかし、先程の乱入者への支援、名前をアーデンと呼んでいましたね。確か、貴方が保護したと仰っていたレーシンの住民の生き残りがそのような名前だったと記憶しているのですが‥少々お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「まあ、仕方ないわね。あなた方への文句もあるし、付き合ってあげるわ」

「ありがとうございます」


これから取り調べを受けるというのにどこか高圧的な態度のリリアに、モルガナは礼を尽くす。

単純に班長でしかないモルガナが巫女であるリリアよりも身分が低いこともあるが、レーシンへ派遣された討伐隊の一員であった彼女には自分達の実力不足が、レーシンの崩壊を招いたという罪悪感があったのだ。

無言の二人をよそにリリアはエルンから一撃貰っている筈のガブリエルを気に掛ける。


「ガブリエル分隊長、大分派手にやられたように見えたけど体は大丈夫なの?」

「あぁ、はい。素人に負けるようなヤワな鍛え方はしておりませんので」

「‥そう。」


エルンの一撃をくらったあと、反撃出来ずに逃亡を許した時点で、誰がどう見ても負けているのだが、本人が治療が必要ないと言っている以上、リリアが巫女としてかける言葉はなかった。


三人が闘技場内の騎士隊控室に到着すると、モルガナは中にいた数人の騎士を外で待機させ、リリアを奥にある椅子へと案内する。モルガナはリリアと机を挟んで反対側の椅子に座り、ガブリエルは腕を組んで入口の壁に寄りかかった。

モルガナは調書を広げると、聴取を開始する。


「まず単刀直入にお聞きしますが、貴方がレーシンで保護したと仰っていたアーデンという名の青年が、先程の乱入者ということで間違いないですね。」

「さあね。私はそう頼まれたから、ああしただけで本人かどうかはわからないわ」

「頼まれたというのは、どなたからでしょうか?」

「伝書鳩の足に、メモがくくりつけてあったの」

「メモを拝見しても?」

「鳩に返したわ」

「では、内容を聞かせていただけますか?」

「"ガブリエルにうまくいっていると思わせろ"よ」

「!!!」


聴取を静観していたガブリエルが掌を机に叩きつける。ドンッという音と共にガブリエルはリリアを睨みつける。


「お前、それはどういう意味だ」

「あなたがアーデンの名前を叫んでたから、捕らえた彼を餌にアーデンを釣り出す作戦をなのだと思ったのだけれど、違ったかしら」


ガブリエルは依然としてリリアを睨みつける。対するリリアはそんなガブリエルに挑発的な笑みを向ける。モルガナは、二人の様子を傍目にリリアと鳩の差出人の意図を考える。


(狙いは分隊長と一対一の状態を維持することか?。しかし、何もしなくても決闘中に部下が助力に入ろうものなら、分隊長は怒って引かせるだろう。名前を出すという明確なデメリットがあるんだから、もっとはっきりとした目的が‥)


「ねえ、ソーン・マンジュは今どこにいるの?」


モルガナは外で待機していた騎士に尋ねる。


「闘技場のスタッフが気絶している彼を牢まで運ぶと言っていましたが、いなかったのですか?」


不意にモルガナの口から「チッ」という音が漏れる。すると、騎士は顔を青くして「かっ、確認して参ります」と言って牢へと走っていった。

その様子を見ていたリリアは「あらら」とわざとらしく口を覆う。


「その様子だと、せっかく捕まえた彼をみすみす逃しちゃったみたいね。」

「お前、俺達の邪魔して何が楽しいんだ?これは明らかな公務執行妨害だ。例えば巫女だとしても容赦しないぞ」

「もう巫女じゃないわ。町がなくなったからね」


襟を掴む勢いのガブリエルを、リリアは刺すような視線で固まらせる。


「お前まさか、壁内への突入が遅れた俺達の嫌がらせのために、あいつらに加担してるのか!?」

「馬鹿な事言わないで、確かにあなた達がもっと早く来てくれればとは思ったわよ。でも、それは持ちこたえられなかった私も同じこと。今更、あなた達を責めたりしないわ。けれど、生き残った住民を異端だからって理由だけで騒動の首謀者扱いするのはやめて」


リリアの嘆願にガブリエルが苦い顔をする。

ソーンの存在は騎士隊にとっては非常に都合の良いものだった。都市の陥落という大不祥事、今頃中央の関係各所は何処に責任を押し付けるかに躍起になっているに違いない。そしておそらく、それは南騎士隊と巫女に押し付けられることになるのだろう。だから、騎士隊には首謀者を捕らえて問題を収束したという手柄が必要だったのだ。

逆にソーンの潔白が証明されれば、騎士隊はみすみす首謀者を逃したことになってしまう。


「レーシンの魔物は何者かによって統率されていた。あいつは魔物を高水準で使役する。無関係じゃないだろ」

「じゃあ、その容疑者を実際にボコボコにしてどうだったのよ。アナウンスを聞いてる限りあなた随分余裕そうだったじゃない!派遣されてた隊員総掛かりで何日も町に辿り着けなかった癖に!」

「ただ疲弊してただけに決まってるだろ!それに、たかが異端一人闘技場でぶっ殺して何が悪い!」


ヒートアップする二人に、モルガナが割って入る。


「お二人共、落ち着いてください。分隊長、逃走者二人についてはともかく、魔物化する犬は早急に確保しないと大問題になります。感情的になってる暇はないんですよ。

こほんっ。申し訳ありませんダッチマンさん、最後に、魔物化する犬の行き先について心当たりを‥」

「確かに、、、傍から見れば大問題よね」


はー。と長い溜息の後、リリアは力が抜けたように椅子に座り込むと、静かに話し始める。


「クロは仲間に危害を加えない限り魔物化はしないわ。だから、そんなに焦らなくても大丈夫よ」

「ダッチマンさん。ソーン・マンジュと知り合いなのですか?」


モルガナはリリアの様子に驚きながらも聴取を続ける。リリアはまた溜息をついた。


「いいえ、ただの又聞きよ。私の友人から聞いたの。私を助けてくれた大切な友人からね」


その時、騎士の一人がガブリエルの名を叫びながら控室に飛び込んでくる。


「ガブリエル分隊長!いらっしゃいますか!?」

「ここにいるぞ、どうした。」


ガブリエルは息を切らす騎士に向かっていく手を挙げる。騎士はガブリエルの方を向いた後部屋の中を見回す。


「良かった!リーセリット班長と巫女様もこちらにいらっしゃいましたか。皆様へ隊長から召集命令が届いています。今すぐ、騎士隊本部へ同行を願います。」

「おいおい、俺達今忙しいんだが、そんなに大事な用なのか」


それどころではないという顔を隠さないガブリエルに伝令の騎士は敬礼のまま召集理由を告げる。


「聖都より、へウルア親衛隊隊長クロエ・カミリア様がいらしております。『防衛計画の重要事項について通達あり、指揮官級の騎士隊員は早急に本部へ集合せよ』とのことです。」


親衛隊隊長の銘を聞くとガブリエルは息を呑んだ。手を握ると微かにヒヤッとした感触に襲われる。


「そんなお偉いさんがわざわざ登場とは恐れ入るな、二人共早く行くぞ。中央のやつらは気が短いらしいからな」


三人は外の冷たい空気が肌を撫でる。先程の熱気が部屋に取り残され、外は新たなを空気を運んでくる。

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