第十八話 力と力、速さと速さ

「ドッ」という重苦しい衝突音が会場に響く、観客席の後ろから飛び出したエルンの飛び蹴りは正確にガブリエルの後頭部を捉える。

ガブリエルは不意をつかれ、地面を転がるが受け身を取り、立て膝でエルンを見上げる。


ガブリエルに声援を送っていた観客達や調子づいていた司会者も、突然の乱入者の登場に、何より吹き飛ばされたガブリエルを見て口を噤んだ。


観客にとっては予想外の事態。しかし、この状況をセッティングしたガブリエルにとっては、あり得る選択肢の一つが現実になった。という認識で驚きよりもむしろ喜びの方が強かった。

彼がソーンを闘技会に引きずり出したのは、ソーンがレーシンで騎士隊を足止めした魔物の使役者であるのかを確かめるためだが、それ以外にも理由があった。強いの因子を持つ者は、稀に他者の因子に気づくことが出来る。全く別の個体でありながら何処かで繋がっているような違和感がするのだ。そう、確かにガブリエルはあの日、違和感を覚えたのだ。レーシンでソーンが視界に入ったとき、そして地下礼拝堂でアーデンという男を見つけたとき。


(あのとき巫女は自分が二人を保護したと言っていたが、恐らく真実じゃない。街を保護する役目を負う巫女が、街の中心部である教会を放棄することなどあり得ない。ましてやあれほど加護が破壊されていた時間が長かったのに、他人を守る余裕などあるはずがない。つまり、巫女の近くにいた人間はどちらか一方の人間ということだ。事件を起こした側かはたまた解決した側か、まあどっちにしろ)


「お前も牢屋がお似合いの異端だ!アーデン!」


啖呵を切ったガブリエルに、エルンは間髪入れずに右ストレートを叩き込む。ガブリエルは頭部を守るように剣を構え、エルンの拳を防いだ。エルンはガブリエルが下がった分だけ距離を詰め、反撃の隙を与えずに顔面を狙い続ける。


「こんの‥」


ガブリエルは悪態をつくが、自身を上回るスピードを持つエルンを相手に防御を固めるしかない。しかも、エルンはガブリエルが自身の能力の発動に姿勢を維持して溜めを作る必要があることを看破しており、ガブリエルが防御で姿勢を維持しようとしたり、距離を取って構えを整えようとすると、構えを変えざる負えないような攻撃で揺さぶりをかけてくる。

ガブリエルはエルンの猛攻を耐えながら、自身の精神を研ぎ澄ます。次の瞬間、ガブリエルはエルンの拳に合わせて体ごと剣を押し出し、剣を滑らせて水平に振り抜く。エルンは後ろ飛びで回避するが、ガブリエルは剣を上段に構える。すると、剣と上半身に力が溜まっていき、光を放っているようにすら見えた。


「お察しの通り、俺の能力は『蓄積』だ。動きを固定した時間に応じて、次の攻撃のパワーやスピードを上昇させる。だが惜しかったな、俺が蓄積できるのは構えた時間だけじゃない。思考を止める。息を止める。心拍を止める。そうして本来垂れ流しにされるエネルギーすべてを時間で堰き止めて反撃として一気に放出するんだ。力まかせのインファイトでボコボコに出来るなら、分隊長になんてなってないよ」


振り上げたままの剣には既に膨大なエネルギーが蓄積されている。ガブリエルは大きく踏み込み、滑りながら剣を振り下ろす、ギリギリで躱したエルンを大きく通り過ぎると今度は剣を鞘に納めて居合の構えを取る。ガブリエルはエルンが距離を詰めようとすると長距離の居合斬りを放つ。攻撃と離脱を兼ね備えたヒットアンドアウェイの攻撃でエルンを翻弄する。

7度に渡る攻撃の後、再びガブリエルは居合斬りの構えとる。


「よく避けるな。だが、次で仕留める」


ガブリエルは先程よりも長く溜めを作ると今までで最も速い速度で地面を蹴った。


***


ー7度の居合。あなたは必ず踏み込む前に私がいた位置に向かって剣を振り抜いてくる。常に狙いは右脇から左肩へ振り抜く心臓を切り裂く為の一撃。ブラフかもしれない、でもあなたは。



ーー見えてるわけではないんでしょう?


***


ガブリエルがエルンを斬ろう鞘から剣を振り抜いた直後。ガブリエルの顎にエルンの足が激突する。エルンはガブリエルが飛び出したと同時に自身の体をガブリエル動線上に移動させ、振り抜くタイミングにサマーソルトを合わせたのだ。

顎を強打したガブリエルは脳が揺れてしまい仰向けになるように体勢を崩していく。

しかし、パキッという音と共に意識を取り戻し、今までを上回るスピードで回転斬りを放った。

しかし、手元の確認まではできず、振り回された剣は腹でエルンを捉えるとゲート付近までエルンを吹き飛ばした。


「くっそ。まさかこれまで使うことになるとはな」


ガブリエルはふらつく頭を抑えると、今しがた鳴らした親指を確認する。両指の第一関節。この十本の関節が、彼にとって最後の切り札だ。彼の体には常に生活の中で浪費するエネルギーが蓄積されていく。このエネルギーが関節を鳴らすことで開放され、使い捨てのエネルギーパックとして機能するのだ。


(一度使うとしばらくは十分な効果が得られない。レーシンで7本分使ったのが回復してないから、残り2本か‥)


しかし、エネルギーパックの効果は十分だったらしく、エルンの立ち姿は明らかに重心が安定していなかった。反面、一個分のエネルギーを回復と攻撃に振り分けたガブリエルは、先程のサマーソルトで受けた傷がおおよそ回復している。

ガブリエルは鞘に剣を納めると腰を落とし、柄を握る。その時、ゲートから、リリアの声が響いた。


「ぇ‥アーデン!これを!」


ゲート内からエルンのハンマーが鎖に巻かれて飛んでくる。エルンはそれを受け取ると体を捻り、スイッチを全開にしてガブリエルの一太刀にスイングを合わせる。2つの激しい衝撃が重なり合い、両者の武器は弾かれる。

ガブリエルの能力はさっきの一撃で溜めを使い切っている。しかし、エルンのハンマーは再び雄叫びを上げる。エルンは青ざめたガブリエルを無視して思いっきり踏み込む、そして、地面を抉る踏み込みが霞む程の威力のフルスイングをガブリエルの防御越しに叩き込んだ。


ガブリエルは威力に耐えきれずに地面に倒れ込む。見張りの騎士達がエルンに向かっていく中、エルンはフードを深く被り直すと伸びているクロを抱いて、大急ぎで場外へと跳んで逃げていった。



喧騒の舞う会場でアーデンの肩にピーターが留まる。アーデンはピーターの背を撫でると、ピーターはやりきったと言わんばかりの得意げな顔でアーデンを見る。


「お疲れ。リリア探し、よく間に合ったな」

「どっかのチキン野郎とは、やる気も実力を違うからナ!お前の親父の情報通りのリリアは闘技場の医務室にから楽勝ヨ!お前よりリリアやおっさんよりも役に立ってないじゃン!」

「お前が裏側に入れるように警備の目を引いたのも、リリアへの言伝を書いたのも俺なんだが?

さあ、俺達も早くここを出よう。早くしないと、戦ってたのが俺じゃなくてエルンだったってのがバレちまうからな」


一人と一匹は、人混みをかき分けると、静かに闘技場を立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る