第十六話 格子の内側
観客達の歓声を、ソーンは入出ゲート近くの小部屋で聞いていた。
闘技場の入出ゲートには明かりが少ない。暗い通路から明るいフィールドへ、剣闘士の登場をより引き立たせるための工夫だが、ゲートの内側はその暗さから陰鬱な空気が漂っている。
試合終了を示す司会者の声がしたあと、魔物姿のクロが、フィールドからゲートへ戻ってくる。ソーンが合図を送ると、クロを覆っていた闇が薄れていき、本体の黒と白の毛並みが顔を出す。それを見ていたガブリエルは感心したように、「ほう…」と声を漏らす。
「魔物をここまでうまく手なずけてるとは、たいしたもんだな。この状態なら普通に町を歩いてる犬と区別なんてつきっこない。レーシンの巫女は、加護の領域内に魔物が現れたって言ってたが、これなら確かにできそうだ」
ガブリエルは、未だにソーンがレーシンでの惨劇に加害者側として関わっているということを疑わない。ガブリエルの態度にソーンは眉をひそめた。
「彼はあなたから出された指示に大人しく従っていますし、対戦相手も殺していません。彼が人間に友好的な存在であることは、あなたにも理解していただけると思いますが?」
ガブリエルからの指示は大人しく試合に参加すること、観衆に危害を加えない、逃走しないことの三つだ。ソーンがクロに対して行った指示は「身を守れ」のみだが、結果的にガブリエルからの指示をすべて完遂している。だが、ガブリエルはそれで疑いを晴らす男ではなかった。
「お前の指示を聞くっというところまでは確認したってそれだけだ。
じゃ、五試合目もいい試合見せてくれよな~」
そういうとガブリエルは首輪をはめたクロを連れていく。外では、既に第二試合が始まろうとしていた。
***
第二試合は先ほどとは打って変わって、剣闘士対剣闘士のシンプルな試合だった。司会者は選手の説明を終えると、試合開始の笛を鳴らす。
「それでは第二試合を開始したします。始め!」
二人の剣がぶつかり合う度に、闘技場に甲高い金属音が鳴り響く。だが、アーデンはピーターの伝言の真意を確かめるためにここに来たのであって、剣闘士同士の切り合いが見たいわけではない。剣闘士として戦っている彼らは、戦うためにそこにいるのではない。それがわかってしまったアーデンにとって彼らを見世物にするのは気分のいいものではなかった。それは、前の席の背にパンフレットを読み漁るエルンも同様だったようだ。
「…出るか」
「…そうですね」
多くの観客が試合に湧く中、二人は静かに闘技場を後にする。二人が出入り口を通った際に切符売りが二人に気づくと、不思議そうに声をかけてきた。
「お客さん、こっから出たら、入場券を買い直さないと入れないよ。午前の部はまだ二試合あるけど、いいのかい?」
「ああ、見たいものは見たしな。」
「お前さん、人間同士のやり合いには興味が無い口か。勿体ねぇ、対等なもの同士の駆け引きが闘技会の醍醐味だってのに」
「…やってる側が楽しそうにしてれば、見ごたえがあるんだろうがな。」
アーデンはそう呟いてその場を離れようとしたが、聞き慣れた言葉だったのか切符売りは身を乗り出す。
「わかるか兄ちゃん!そう!そうなんだよ。異端の奴らときたら、どいつもこいつも自分を守るために戦いやがる。ガブリエルみたいに、戦いを楽しもうって気概のやつが居ねえんだよな」
「…?ガブリエルってここの騎士だろう。あんた、アイツが戦ってるを見た事あるのか?」
「見たことあるも何も、あいつはここの闘技場の看板選手だよ。剣闘士じゃないが根っからの戦闘狂でな。よくトーナメントに参加してくれるんだよ」
エルンがアーデンの袖を強く握る。アーデンが驚いてエルンの方を向くと、エルンはパンフレットにあるトーナメント表をアーデンにみせる。
「同じ名前の方だと勝手に思っていたのですが、もしかしてこのガブリエルって…」
トーナメント表にはクロを示す狼王と対極の位置にガブリエル・エイソンの文字がしっかりと書かれている。つまり、このままクロが順当に勝ち進んでしまうと、最後には騎士と当たることになってしまうという事だ。自身の心拍が速くなっていくのを感じながら、アーデンは切符売りに尋ねる。
「なあ、そのガブリエルっていうのはどのくらい強いんだ?」
「少なくとも、剣闘士連中じゃ敵わないな。階級が分隊長って話だから、騎士の中でも相当強い方なんじゃないか?」
アーデンは「そうか」と言うと商会に向かって歩早歩きが進む。エルンは切符売りに会釈をすると、アーデンを追った。
「あの…クロは、大丈夫ですよね?」
「分からない。だが、クロは結果的には無傷だが、そこまで余裕で勝ったわけじゃない。ガブリエルの実力が剣闘士を凌駕するなら、相当しんどい。それに…」
ー恐らくクロは一度ガブリエルに敗れている。
ソーンが大人しく捕まっている以上、どんな形であれクロとソーンは騎士達に負けているのだ。
相手が部隊長だったガブリエルである可能性は高い。
アーデンは組んでいた腕を外し、走るスピードを上げる。
「とにかくどうするか考える。何も思い浮かばないかもしれないが、なにか手を打たねーと」
決勝は7戦目、刻一刻と、その時間が近づいていた。
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