幕間 1-2 騎士隊長という男

聖都フロイズ、その正教会の一室は物々しい雰囲気に包まれていた。レーシン陥落の報はすぐさま教会へと伝わり、緊急の会合が開かれることになったのだ。大理石の長机には防衛を担う騎士隊長や衛士団長だけでなく、各都市や部署の長達が集まり、教皇やヘウルアの姿もあった。

司会者が参加者達に今回の事件の詳細を話していくにつれ、静寂に包まれていた会合の間にどよめきが起こる。



「捜索に当たった騎士隊によれば、生存者は巫女と住民二人のみとのことです。また、魔物を使役している不審人物を拘束したとのことで、現在尋問中です。」



司会者が一通りの説明を終えると、参加者が次々と口を開く。



「あそこは城塞都市だろう。なぜ魔物の侵攻を抑えられなかった」

「加護を維持できなかった当該巫女の除名が適切では?」

「ティージから派遣したはずの騎士達は何をやっていたんだ」

「派遣された騎士は精鋭揃いだ、首謀者側の保有戦力が想定を超えていたと考えるべきだ」

「魔物を使役する人間など悪魔に決まっているだろう、即刻処分するべきだ!」

「待て、何もわからないまま殺すつもりか」

「城壁はまだ無事なんだろう?魔物が住み着く前に、復興を急ぐべきでは?」

「一つの町が潰されるレベルの侵攻があったのに、人員を他所に派遣しろというのか」



会合が喧騒に包まれる中、教皇が手を上げ一つの咳払いをすると、あたり再び静寂に包まれた。そのまま教皇は静かに話し始める。



「皆さん。混乱するのは分かりますが、事は一刻を争う。まずは情報統制、その次に首謀者の捜査と防衛機構の再構築。復興計画や責任追及はそのあとでいいでしょう。」



司会は皆が静かになったのを手汗を流しながら見渡す。言葉に詰まるが、教皇の一瞥を受けて慌てて会議を再開する。



(教皇…いつも笑顔なのに、確実に笑っている顔じゃなくて身の毛がよだつんだよ…)

「でっ、では、まず初めに情報統制についてですが…」



***



そのまま終始重苦しい雰囲気の中で会議は終了し、皆足早に部屋を出て行った。


へウルアは部屋を出て重苦しい空気から解放されると、軽く伸びをしながら自室に向かう。すると、後ろから声を掛けられ、ヘウルアは首だけで後ろを振り返る。


声の主である騎士隊長のウォーレンハルトは右手を振りながら小走りで近づいてくる。ヘウルアはそれを確認すると、何も見なかったかのように直前の動作を継続させる。無視されたウォーレンハルトはスピードを上げてエウルアの隣につくと、軽口を叩く。



「よっ。終始教皇に押されてたな」

「別に政治であの人に張り合ってるわけじゃないんだからいいのよ。」

「政治で俺との婚儀を断った癖に、泣くぞ。」



少し拗ねたように言葉を選ぶウォーレンハルトに、ヘウルアは引き気味な表情を浮かべる。



「ちょっとふざけただけじゃん…」

「別にいいわよ。悪かったわ」



焦って小声になるウォーレンハルトに対し、ヘウルアは溜息混じりに謝罪をする。


互いに聖職者の親を持つ二人は昔からの顔なじみであり、ウォーレンハルトはヘウルアが敬語を使わない数少ない相手だ。このぞんざいな扱いも親密であることの裏返しであり、彼らにとってはこれが日常と言える。だが、ウォーレンハルトにはこのとげとげしさの中に彼女の揺らぎを感じ取っていた。



「ただ、今日のお前はさすがに静か過ぎたと思うぞ。巫女の加護が破壊されたこと、気にしてんのか?」

「…嫌でも考えるわよ。レーシンに派遣された巫女は戦闘にも利用できる因子の持ち主だった。それってつまり、巫女の領域内でも英雄を圧倒できるほどの力を発揮できる魔物がいるってことだもの。いざ魔物が加護の領域内に入ってきたら、私は彼女よりも先に加護を維持できなくなるわ」



下向きのヘウルアの顔は身長の高いウォーレンハルトからは確認できない。



「まあ、そんな暗い顔すんなよ。ここの騎士達は俺含めて精鋭揃いだし、お前には直属の護衛だっているだろ?だから、ここはレーシンみたいにはならねーよ。

それはそうと、俺の代わりは見つかりそうか?」



ウォーレンハルトはヘウルアを励ますように言葉をかけると、にやけた顔で話題を変える。ヘウルアは小さく溜息をつくと顔を上げ顎に手を添える。



「まあ難航してるわね。教会から告知を出すのは教皇の邪魔が入っちゃったから、酒場や商店街、行商に情報を流させてるけど、彼らが正面からここに入れるようにしないと話にならないし…。って、言っとくけど邪魔しないでよ」

「まあ、お前がどこの馬の骨とも知らん奴を本気で娶るっていうなら、邪魔するのもやぶさかじゃないんだが…。」



ヘウルアは敵陣営にうかつに情報を漏らしてしまったことを後悔するが、ウォーレンハルトの続く言葉は彼女の予想の上を行くものだった。



「外から入れないっていうなら、中から入れればいいだろ、騎士を聖都の外に派遣して異端の連中を連れてくればいい。」

「あの、入れたところでそれだけじゃ意味ないし、最悪牢屋行きなんだけど…」



異端が聖都に入るには素性を隠す必要がある。しかし、素性を隠した異端が一人入ってきたところでヘウルアの目標は達成されない。彼女の目標のためには、あの教皇の支配区域で、異端であることを明示しつつ堂々と教会へ招き入れなければならない。実質的に詰みだ。

呆れるヘウルアにウォーレンハルトは説明を加える。



「別に一般人として入れるとは言ってないだろ。公に異端が活動してる都市があるだろ?

そっから、戦力を補強する騎士として異端連中をスカウトするんだよ。」


「確かに、ティージの騎士隊には異端のメンバーがいるって話は聞いたことあるけど、その騎士達が聖都に入ってきたことなんて今までで一度もないでしょう?」


「たった数日で町一つが陥落したことなんて、今までで一度でもあったか?」



それを聞いたヘウルアはようやくハッとなる。ヘウルアの表情を見たウォーレンハルトは悪い顔をして口角を上げる。



「お前は巫女の加護が破られたことに気を取られて気づいてなかっただろうが、おっさん連中の慌てふためき様は中々に見ものだったぞ。あの場にいた連中は、全員ここの加護が突破されるかもしれないって不安を意識し始めてる。あの教皇を説得するのはほぼ無理だろうが、自分の命がかかってるとなりゃ周りの連中は別だ。それにお前、演説は得意だろ?」


ヘウルアは大きく頷くと、初めてウォーレンハルトの目を見て微笑む。

「ありがとうウォーレン。今日あなたと話せてよかったわ、今度何かお礼をさせて頂戴」


早歩きで執務室へと向かうヘウルアの背中をウォーレンハルトはただ見送る。


「礼なんて必要ないさ。君の選んだとっておきを正々堂々捻り潰せればそれで。」


不気味な笑みを浮かべたウォーレンハルトの言葉は誰にも届かずに空中で霧散する。

ウォーレンハルトはヘウルアの走っていた方向へ背を向けると、騎士隊本部へと歩いていく。


(巫女が助かったのは騎士隊が間に合ったからじゃない。生存者三人のうちの誰かが首謀者を退けて巫女を奪還したんだ。騎士隊が手を焼く存在を討伐するほどの実力と地獄を生き抜くだけの胆力か…)


相変わらず不気味な笑みを浮かべる騎士隊長はまだ見ぬ人物に思いをはせる。



「悪魔を刈り取る英雄。相対あいたいするのが楽しみだよ」

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