第十三話 静けさに包まれた町で

太陽は沈み、真っ暗になった世界に一筋の光が放たれる。

街中のいたるところを覆っていた闇はその光に押しのけられ霧散していく。あの様子では、未成熟な魔物達は形を維持できないだろう。教会の鐘楼しょうろうの床に座りながら、悪魔の少年は不満げに事態が収束に向かっていく様を眺めていた。後ろに気配を感じ顔をそちらに向けると、何もなかった場所に扉が現れ、そこからアラン・ロータスが出てくるのが見えた。


「相変わらず、ズウェスタは高いところが好きだね」


手を下に振り、アランは扉を消すと、ズウェスタと呼ばれた悪魔に歩み寄る。ズウェスタはすぐに視線を町に戻すと、あぐらに切り替えながら肘をつく。


「高いところは状況が掴みやすい。加護が広がっていく様子も、北門が突破されたのもここからならよく見える」

「その様子だと、アーセナルさんはホントにやられちゃったみたいだね。悪魔でも故人を悼んだりするんだ?」


ズウェスタは応対せずに北門の方を見つめる。反論を期待していたアランは少し拍子抜けといった面持ちだったが、ズウェスタの視線を追うと話を切り替える。


「来てる騎士は中々手練れだね。特に二人やばいのがいる。足止めに専念してたからあっちの戦力を削れてないし、ばれる前にとっとと逃げた方がいいんじゃない?」

「首尾はどうだったんだ?」

「定着した魔物は必要数確保した。それに、いい実験結果も取れたし、まあまあじゃない?」

「おっさん分のロストと、ちゃんと釣り合ってんだろうな?」

「巫女のコピーはやられちゃったけど、まあ釣り合ってはいるんじゃない?」


アランが鐘楼の階段の方を目にやると、カツッ、カツッという軽い足音で誰かが登ってきていた。人型のそれは深くローブを被っており、顔を見ることが出来ない。

アランは再び扉を作り出すと、人型のそれへ目を向ける。


「君も僕たちと一緒に来るだろう?」


アランはそれに笑顔を向けると、それは小さく頷くと扉に向かって歩き始める。


「ええ、彼女にまた、会わなければなりませんから」


それは暗い雰囲気とはかけ離れた、明るい少女の声だった。



***



壁内に入ったソーンは、依然としてアーデンの起こした火柱の位置を探していた。彼はすでにおおよその位置は把握しているのだが、この暗闇の中、戦っていたのが地下であるとわかるはずもなくアーデン達と合流できずにいるのだ。


アーデン達の捜索をクロに任せ、ソーンが辺りを見回していると、北の方角から松明の光の束が迫ってくるのが見えた。どうやら、数人の人間が走ってきているらしい。光を放つ甲冑を身にまとった先頭の青年は、剣の柄に手をかけると地面を滑りながら居合の姿勢を取る。同じ姿勢を維持するごとに鞘や足が光はじめ青年が地面を蹴ると、人間離れしたスピードでソーンへと跳んで行った。

ソーンは突進してくる騎士に身構えるが、冷静に思考を巡らす。


(騎士からすれば僕が加害者側かそうでないかは一目では判断がつかないはず。確証がない限りは急に切りかかってはこないか…)


しかし、獣であるクロは本能的に行動する。

クロも突進してくる青年に気づくと、遠吠えをして地面を蹴ると前脚を闇で覆っていく。


「やめろクロ!ティージの騎士隊だ」


近寄ってきたクロに気づいたソーンが焦った顔でそう言ったが、したり顔の青年はそのままクロの肥大化した腕を切り飛ばすと、まだ闇で覆われていない部分に手刀を当てクロを気絶させた。青年は刀をソーンに向かって構えなおす。


「今の犬。未完成だが魔物化していた。ってことは、お前が俺達を足止めしてた魔物の主ってことでよさそうだ」


ソーンは吹き飛ばされたままクロに目をやる。クロは仰向けになったまま動かないが、胸部が浮き沈みを繰り返しており呼吸が止まっているわけではないことが確認できた。だが今のクロの魔物化でソーンが魔物のテイマーであることが露見してしまっている。


「違う。といって納得していただけるでしょうか。」

「それは大分苦しいな。あんたどこの誰だい」

「私は隣町のフュリスで図書館司書をしているソーン・マンジュというものです。あなた方のおっしゃっているテイマーにも心当たりがあります。」

「ほー。じゃあ大人しく隊舎まで来てもらおうか、まあどっちみち騎士として異端が力を行使してるところ目撃したら捕えないわけにいかないしな」


青年がソーンの両腕に枷をはめる。他の騎士達が彼に追いつくと、苦言を呈した。


「ガブリエルさん、いきなり飛び出さないでくださいよ。一人で対処できない対象だったらどうするつもりだったんですか。それに、一般人だったら始末書ものですよ」

「うるさいな。町がこんなボロボロになってるのに水色の髪のやつがウロウロしてたら怪しいに決まってんだろ。それに、実際に合ってたんだから何の問題もないだろう」


ガブリエルは部下の苦言を聞き流しながら、ソーンに掛けた枷に鎖をつなげる。


「よし、モルガナ。こいつを馬車まで連れてけ、あの魔物化する犬も忘れんなよ。残りは引き続き巫女と生存者の捜索だ」

「えー-、わたしですか⁉私絶対捜索の方が向いてる能力なんですが」

「うるせえ、部隊長にたてつく奴は行動班にはいらん。そいつが牙剝かないか見張ってろ」


先ほどガブリエルを注意した女性は渋々クロを抱きかかえると、戻ってきてガブリエルから鎖を受け取る。

女性はそのままソーンを引っ張っていき、他の騎士達はガブリエルに連れられて火柱の立った方向へと進んでいった。



***



ソーンが捕まったとき、アーデンとエルンはすでに地下礼拝堂で合流を果たしていた。

既に何度もレーシンを訪れているエルンにとって、地下礼拝堂を探し当てるのにそう時間はかからなかったのだ。

彼女が礼拝堂に到着したときにはすでにリリアは自身の治療を終えており、アーデンの治療を行っているところだった。二人は再開を喜び合うと、エルンは二人に教会で起こったことを話した。リリアは偽物の話が出た時から顔を真っ青にして口を押えている。


「私と全く同じ姿の悪魔かぁ…気味悪いね」

「はい、私もあの状況下でなければ気づくことが出来ませんでしたし、完全に別物であるという確信が持てたのは、リリアが加護を使用したのに気づいてからでした」

「えぇ~。あれはエルンに私が今どこにいるかを教えるためにやったんであって、それが私か偽物かどうかは一目で判断してほしかったな~」

「いや、姿も雰囲気も全く同じでしたし、本人に何かあってそうなっていた可能性もあるじゃないですか」


不平をこぼすリリアに慌て気味にエルンは弁明をする。そのあたふたとした弁論に微笑をもらすとリリアはエルンに向き直る。


「冗談よ。はい、傷の治療終わり~。次はエルンね、そこでじっとしてて」


リリアはアーデンの治療を済ませるとエルンに向き直る。エルンの体には至るところに切り傷や打撲痕がある。本人からすればたいしたことのない傷だが、他者からは痛々しく見えた。


「あの、それよりも早く状況確認とマンジュさんとの合流を…」

「ダ~メ。このレベルの傷を放置すると後々大変なことになるわよ。それに、もう加護が町の全域まで到達してるから、町の状況は大体把握できてるわ」


リリアは早く移動しようとするエルンを座らせると、治療を開始する。


「周辺を覆ってた闇の大半はもういなくなってるわ。特に圧の強かった北門付近のが丸々なくなってるから騎士隊はもう中に入ってるんじゃないかしら。それと領域内に魔物は私の認知できる範囲だともういないわ。」


リリアの報告に、無言で礼拝堂の入り口を警備していたアーデンは口を開く。


「巫女って領域内の魔物を認識できるのか」

「詳細な位置は分からないし、定着が済んでない存在が希薄な魔物は認知できないわ。それこそ影が集まってできただけのものはね」

「その定着ってどう意味だ。以前加護の領域内で魔物を生成したやつを見たことあるが、その時は教会のやつがとんできたりはしなかったぞ」


アーデンの疑問のリリアはやや暗い面持ちで答える。


「魔物が倒されるとき、ススみたいに散って何も残らないときがあるのと、死体が残る場合があるのって気づいてる?前者はただ影が集まっただけのもので、後者は実在の生物を取り込んで現世に定着したものよ。影の集合体の状態ってとても不安定なのよ。だから、自身と同質な実体を吸収して存在を安定させる必要があるの」


実在の生物を取り込む。つまり、町で魔物が人々を襲い、その死体を食べていたのは、魔物としての存在を定着させるための行為だったのだ。そして、魔物がその段階まで進むと、加護を展開している巫女に存在を検知されてしまう。


「加護を展開した段階ではまで何体も町にいたんだけど、今は一体もいないわ。私の領域内だと定着していない魔物は存在ができないから、町には魔物はもういないと思う」


リリアの現状認識にアーデンは一つの疑問を口にする。


「その展開段階ではいた魔物がいなくなっているってのは妙だな。自然に消滅しないなら、誰かに回収されたってことにならないか?」

「ええ、たぶんそれが今回の事件の目的ね。定着した魔物は加護の領域内でも活動できるから、その数を確保するためにこの町を襲ったんだと思う。」

「あの…リリア。大丈夫?」


状況を冷静に考えるリリアの顔は段々傷に癒えていくエルンと対照的にどんどんと暗くなっていく。加護の領域が戻ったからといって町が元通りになったわけではない。ほどんどの住民が殺され、レーシンは町としての機能を完全に失っていた。エルンは赤の他人の死でも精神がひどくすさんだのだ。巫女としてこの町を守ってきたリリアからすればこの喪失は言葉に表すことも難しい。

リリアはハッとしてエルンへ向き直るが顔をさげ、笑顔を返さなかった。


「大丈夫。と言いたいところだけど、中々厳しいね。別に町のみんなと面識があったわけじゃないけど、教会の子たちはみんな友達だったし、顔見知りは山ほどいたし…。ははっ、こういうのなんて言えばいいんだろうね」


エルンは俯くリリアを無言で抱き寄せる。


「…悲しい、でいいじゃねえか」


様子を見ていたアーデンは短くそう答える。リリアはエルンの肩を借りるとすすり泣くが、次第に抑えきれなくなり、礼拝堂には彼女の啼泣だけが響き渡った。

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