第十一話 光の中の闇

地下礼拝堂の入り口。先程アーデンが開けた縦穴に何者かが浮いている。先程の男ではない。その少年は浅黒い肌で頭には二本の角があった。彼は眠りから覚めるように、ゆっくりと両目を開ける。その目はルビーのような赤色に輝いていた。


「中にいた俺が出てきたってことは、アーセナルのおっさんはやられたのか」


少年は先程アーデンと闘っていた男の名を口にする。返事が無いことを確認すると床で倒れているアーデンと彼の大剣に目をやる。


「あの剣、見覚えがあるな。アーセナルの体内に埋まっていた。それが急に光りだして、外に出ていったんだ。じゃああの小僧がおっさんの仇か?」


少年は爪を延ばすと、そのまま重力にまかせてアーデンに向かって落ちていった。



***


アーデンがアーセナルと接触する少し前、ソーンは城門で蟹の魔物に致命打を与えていた。

オーリーが激突した衝撃で、今までびくともしなかった蟹の甲殻に深々とヒビが入る。オーリーは飛び退くと、入れ替わりでクロが渾身の力で前脚を叩き込む。穴の空いた背中に跳び乗ると、内臓を引き出し切り裂いた。


圧倒的な防御を持つ蟹の魔物も内部を破壊され倒れ込む。すると、森の奥から拍手が聞こえた。ソーンが驚いて振り返ると、馬に乗った少年が拍手しているのが見えた。


「すごいすごい!あんなに大きな魔物を倒しちゃうなんて、お兄さんの魔物は強いんだね!」


ソーンは取り繕うか迷った。相手は一般人だが、ソーンが魔物を従えているという認識を持っている。ソーンは少年に近寄ると彼の乗っている馬がエルンの乗っていったものと同一であることに気づいた。


「君は、壁の中から出てきたのかい?」

「うん、優しいお兄さんとお姉さんに助けてもらったんだ。僕の魔物は騎士隊の人の相手と、ここの門番に使っちゃってたから、おじさんが好き勝手にさせてる魔物達に襲われた時は、ホントに焦ったよ」


流暢に話す少年にゾーンは警戒の色を覗かせる。


(こんな少年がこの蟹の使役者!?しかもここ数日に渡ってティージの騎士隊を足止めしている張本人なのか)


ソーンは手持ちの二匹の魔物、オーリーとクロを右手で呼び寄せ、少年から距離を取る。少年は両手を顔の高さに上げると困ったように両手を振る。


「そんなに警戒しないでよ。お兄さん、あの二人の仲間でしょ?僕はシーザーを回収しに来ただけで、お兄さんとやり合う気はないって」

「あなたがこの騒動の加害者側というなら、そういう訳にはいきません。ここで拘束させて頂きます。クロ!」


クロは前脚を肥大化させ、少年を捕らえ持ち上げる。しかし、手首のところからクロの手が外れ、少年は地面に落ちた。クロの手だったものはクッションのように変形し、落下の衝撃から少年を守る。


「やっぱり優しいねぇお兄さん。捕らえるなんて考えずに、ただ殴り殺せば、闇を纏ってない僕は為す術がなかったのに」


クロは再生させた前脚を少年に叩きつける。少年は纏った闇を前脚の方へ向けるとクロの攻撃を防ぎ切る。その間クロを構成する闇は少年に吸収され続け、クロは再び距離を取る。ふと、ソーンが地面の黒い帯に気づく。それは蟹の魔物の残骸と少年を繋いでおり、蟹が萎むほどに、少年が纏う闇は大きくなっていった。

ソーンが攻めあぐねていると、突如街に大きな火柱が立った。


「あー、おじさん、やられちゃったかな〜。もう北門も保たないし、潮時かな」


少年は闇でドアを作り出すと、その中へ入っていく。


「あ、そうだ。お兄さん、僕達「イコン」に興味があったら、東のシェリーに来なよ!お兄さんみたいな人ならいつでも歓迎だからね」


ドアが閉じると、闇は霧散し、今までの会話が嘘だったかのように辺りは静寂に包まれる。

ソーンは未だに困惑を隠せずにいたが、今やるべきことは理解していた。彼は少年が乗り捨てた馬に跳び乗ると、火柱の方向を目指し手綱を握った。



***



教会のドアを開け、礼拝堂に入ったエルンの前に広がる景色は、今までと大差ないものだった。無数の住人達の死骸とあちらこちらに魔物の死体散らばっている。エルンは耳を澄まし、生存者を探す。しかし、遠くに魔物たちの咀嚼音が聞こえるのみで、悲鳴すら聞こえない。闇雲に闘っても意味はない。先程まででそれを痛いほど理解していたエルンは暗い表情のまま踵を返すと、礼拝堂を出ようとした。


「遅かったじゃない。エルン」


不意に懐かしい声で呼ばれ、エルンは声のする方へ振り返る。すると、修道服の女性が、椅子に座っているのが見えた。


「リリア?」


エルンは目を見開き友人の名を呼ぶ。表情には確かに安堵の色があったが、同時におどろきがあった。


「教会がこの有様なので、ここにはもういないかと思いました…」

「教会に巫女がいるのは当然のことでしょ?ここにいれば必ず貴方が会いに来てくれるもの」


その場に佇むエルンにレーシンの巫女、リリア・ダッチマンは席を立ち上がると顔を近づけ右手をエルンの頬に添え、左手を腰に回す。エルンそのままハグに応じる。自身の涙腺が緩むのを感じながらも、この状況に違和感を覚えていた。


ーいつものリリアだ。顔も、声も、服装も、妙に顔が近いのも、スキンシップが好きなのも。

でも、何かが、何かがおかしい気がする…。


エルンはリリアの両肩を手で押し退けると、目を逸らしながら尋ねる。


「ねぇ、リリア。こんな状況で貴方に会えてとてもうれしいです。でも一つ聞きたいのですが…」


「そんなに元気なのに、なぜ加護を展開していないんですか?」


リリアの雰囲気が、顔を見ていないエルンにすら伝わるほどに変化する。エルンはビリビリとした戦慄から後方に飛び退くと、巫女の両腕から闇を纏った鎖が放たれているのが見えた。

エルンは着地と同時に横に大きく移動し、鎖の束を回避する。追撃をステップで躱しつつ距離を詰める。ハンマーの間合いに入りつつエルンを横薙ぎをするためにハンマーを構える。


「…っ!」


しかし、友人と瓜二つの少女に対する攻撃に体が拒絶反応を起こし、エルンは咄嗟に距離を取る。


「そうよね。友人を傷付けるなんて怖いこと、貴方には出来ないわよね〜。エ・ル・ン♡」

「貴方一体誰なんですか!本物のリリアを何処へやったんですか!」

「私だって本物のリリアよ。あなたの知ってる子とは違うけどね」

「っ…!それはどういう」


会話の最中もリリアは攻撃の手を緩めない。踏ん切りのつかないエルンは中距離で彼女の攻撃をいなし続けた。


「影とは生者の写身、闇とは悪と影。あの量の闇を抑え続けて、かつ人々が死んでいく中で教会に溢れ出した魔物を一人で相手にする。いかに教会派遣の巫女でも、長時間悪に晒されるでしょう?」


そこまで聞いてエルンはようやく今自分が相手にしているものが何者なのかを悟る。鈍った足が鎖に捕まり、エルンは強力な力で引っ張られ壁に激突する。


「エルン。貴方も悪魔にしてあげる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る