第十話 侵食する邪悪
日が落ちていき、段々と世界が赤くなっていく中で一人の少女がより一層世界を赤く染め上げる。
「はぁーっ、はぁーっ」
教会に群がる魔物を蹴散らしたエルンはハンマーにもたれかかり、肩で息をする。あたりには魔物や市民の遺体が散乱し、赤黒く地面を覆っている。白かったはずの教会の壁も、今は所々にべっとりと血が張り付き、階段には所々に食い千切られたような跡のある死体が、先程エルンにミンチにされた魔物と混じって散乱している。
身体能力特化の因子を持つエルンにとって、ここまで走ってきたことも、ここまで倒し続けたことも体力という観点からすればなんと問題もない小事だった。しかし、肉体的な疲労を感じていないはずの体は屍を上で項垂れ、前に進むことを許さない。
(私、何やってるんだろう…)
既に教会前の通りで動いているのはエルン一人だった。彼女が到達したとき、かろうじて生きていた住人も、掬った水が隙間から流れるように、エルンの掌から零れ落ちていった。
返り血を浴びた彼女の顔に、また一筋の血が滴り落ちる。悔しさを噛み締めほどに、口内に鉄の味が広がりあたりの匂いと同化していく。
(バカみたいだ。私にはクロイツさんみたいな広範囲の攻撃手段も、マンジュさんみたいな手数もないのに、頑張れば全員助けられるなんて過信して、馬鹿みたいに飛び回って、結局誰一人守りきれてないじゃない!)
エルンはソーンからこの町の現状を聞いたときから、最悪な事態のイメージはなるべくしないようにしてきた。町を囲む魔物たちを討伐して、中にいる友人と笑顔で再会する。それが夢物語であったと告げるように、現実が彼女の両膝に乗りかかる。
"闇の発生源を叩いて全員救い出す。それが出来なければ巫女だけだ。"
馬車でのアーデンの言葉がエルンの頭に蘇る。彼女は体を持ち上げると、教会の扉に手をかけた。
***
「させるか!」
アーデンは男の呼び出した魔物に剣撃を飛ばす。同時に2方向へ飛んだそれは、的確に魔物の頭へ飛び、魔物達は仰向けに倒れる。
アーデンは攻撃が命中したのを確認すると、直ちに正面の男に向き直り距離を詰める。
(おそらくソーンと同じ魔物を生成して戦うタイプ。また出される前に、落す!)
アーデンは大剣を振り上げると、男は表情を変えずに受ける姿勢だ。アーデンはそのまま大剣を振り下ろす、右肩から左の脇腹へ喰らえば即死の袈裟斬りを、男は肩から短剣を出現させ防いだ。続く蹴りを盾で、横薙ぎを直剣で受け、上段からの真向切りを腕を交差させ凌ぎ切る。
暗器を忍ばせていたのではない、体に埋め込まれていた武器が飛び出し、アーデンの攻撃を防いだのだ。男は両腕の内側をアーデンに向けると数本の針が射出する。アーデンは身を捩り大剣でこれを受けると、針とは思えない重さに吹き飛ばされた。
「なんだよ、お前も異端ってわけか」
体内に武器を格納する能力、太刀筋がバレれば先程のように防がれてしまう。ならば死角から叩き込めばいい。
アーデンは火球を男に向かって放つ、すかさず男は腹部から盾を取り出し火球を防御するが、アーデンの目的はダメージではない。接触した火球は煙を上げ、男の周囲を覆う。直後、アーデンは背後から男の腹部を貫いた。
アーデンは一呼吸置くと男から剣を引き抜こうとするが、固定されているかのようにビクともしない。直後、男の後頭部から無数のナイフが射出される。アーデンは身を屈め後ろに退くが避けきれず数本の刃が肌を撫でる。
「なるほど、先程の炎は目眩ましが目的ですか。ノーモーションで防御が可能な私相手には確かに有効だ」
「お前、どうなってやがる。風穴開けられて生きてるなんて人間じゃねぇぞ」
男の胴体には深々とアーデンの大剣が貫通したまま刺さっている。だが、彼から一滴の血も流れておらず、彼にとってそれが、ダメージになっていないことを示していた。
「受け入れたのですよ、あなたの武器を。どうやら特別製のようですから、私のコレクションに加えようと思いまして」
アーデンの武器はみるみるうちに男の体内に取り込まれていく。アーデンは火球を複数生成すると、カーブで発射した。爆炎を目眩ましに今度は斜め上から炎を纏った拳を叩きつける。が、攻撃の直前、角の生えたその男と目があった。
攻撃が命中する前に胴体を巨大な腕で掴まれる。顔こそ先程まで相手にしていた男と同じだが、腕は紫色に肥大し、頭には二本の角が生えていた。アーデンは圧倒的な力で胴を掴まれ、今にも意識が飛びそうだった。
「まさか、相手にしてたのが本物の悪魔とはな」
「いえいえ。私は人間ですとも、あなたと同じ。ただ受け入れたものが特殊だっただけです。少し話をしましょうか。」
男はそう言うと指を鳴らし魔物を呼び出す。入り口で二人の様子を眺めていた住人たちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「くっそ!やめろお前!」
「彼らに、君が守るほどの価値があると本当に思っているかね?」
「…!」
終始余裕の表情だった男が急に真剣な表情に変わる。
「君が彼らを助けたとき、彼らは君に感謝の言葉を述べたのか?ただ苛立ちをぶつける以外に何かをしたのかね?」
それを聞いたときアーデンは俯き黙り込む。それを見た男は静かに続ける。
「彼らは我々異端を同じ人間などとは考えていない。いや、本来であれば英雄や巫女ですら恐怖の対象なのだ。自身とは明らかに力の異なる者に、動物は恐怖を覚える。英雄が称賛されるのは権威によって安全が保障されているからに過ぎない。」
先程とは口調の変わった男は諭すように続ける。
「歴代の教皇に神の因子を受け継ぐものは居ない。権力の頂点が凡夫である故に未だ凡人の理屈に、人より優れた我々が付き合っているのだ。我々は我々自身の力で自由を勝ち取る。それが我々、『イコン』の理念だ。君も異端ならこの素晴らしさが理解出来るだろう?」
握られたまま男の話を聞いていたアーデンは静かに返答する。
「確かに、自分達の自由は自分達で勝ち取るその理念には賛成だ。だが、今の惨状を見てこれが正しいと思うやつは居ないよ。」
「君は優秀な戦士だ。仲間に加わってくれれば心強いのだがね」
「俺は、俺の納得の行く方法で今を変える。悪魔と手を組んで虐殺するのがお前らのやり方ならそれを受け入れる訳にはいかない。」
「体制をひっくり返すにはそれほど多くの力が必要なのだ。私は力のない神などに祈らない。この身の悪魔こそ我が信仰、そのための供物なら喜んで捧げよう。」
男の返答にアーデンは顔を横に振って答える。男は「では、仕方ないな」と抑えるだけだった手に力を込める。すると口を閉じたままだったアーデンが再び口を開く。
「お前がさっきいた言葉、当たってるよ。俺の武器、特別性なんだ。作ったやつが変人でな。そいつはお前なら切り捨てる一般人だ。」
アーデンの腕が炎に包まれる。それに呼応するように、男の体が赤くなり、腹部から赤熱した剣が飛び出す。剣はそのまま悪魔の腕を切り裂き、アーデンの右手に収まった。アーデンはのそまま地面に着地するとそのまま脇構えに移行する。
「余り出力がない上に結構集中してないと出来なくてな、話が長くて助かったよ。」
「愚か者め!では死ね!」
振り下ろされる悪魔の腕。今のアーデンの目には止まって見える。避けると同時に剣を振り上げる。剣撃は火柱となり、天高く悪魔を打ち上げ炭にしていく。
火柱が止まった後、アーデンはただ空を見上げて佇んでいた。
「ジャック、お前の仕込んだ悪ふざけが初めて役に立ったぞ。まあ、あいつが一般人かどうかは、怪しいところだけど…」
アーデンは力なく倒れ込む。動いているものは他には誰もいなかった。
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