第九話 陥落都市レーシン その2

「くそ、どこもかしこも闇が濃いな。」


壁内に侵入した二人は、町の中心部に向けて馬を走らせている。両脇の家々の影は不自然なほど歪み、空中に黒いインクのような物質が立ち昇っている。すでに街中を走っているというのに魔物は入り口付近の数体を処理したのみで人影もなく、声も聞こえない。加護が壊れたのはつい先ほどであったため、街中に人が残っている。外縁部の住民に人がいないなら、中心部は人が密集していると考えていい。


「この様子だと住民は教会に避難してるって考えてよさそうだな、エルンこの町、住民の数はどのくらいなんだ?」


「レーシンの人口は6000人程です。ここの教会の収容人数が600人程度ですから単純に考えれば9割の人間は教会の外にいることになります。町の中心に住民が集まっていたら、教会内の巫女を探すだけでも一苦労ですね。」


「あぁ――――!こっち来るな―!」


二人が悲鳴の方向へ目を凝らすと、一人の少年が複数の魔物に追われているのが見えた。人型のそれはどんどん少年との距離を詰めると少年をとらえようと手を伸ばす。エルンは馬上からジャンプすると、腰に背負っていたハンマ―を取り出しスイッチを入れる。後面がジェットで赤くなるのと同時に高速で魔物に近づき、一番少年の近くにいた魔物の頭を粉砕すると、回転の慣性を利用して二体目を処理、ハンマーをかちあげてジャンプしながら三体目を、残りの一体にスタンプを叩き込んで魔物を消滅させた。アーデンがエルンの馬を引きながら近づいてくると、


「エルン、お前馬使うより自分で走った方が速いだろ。」


とあきれ顔で言いながら馬を降りた。そのまま立ち尽くした少年に近づくと、腰を落とし目線を合わせる。


「もう大丈夫だ。」


すると、少年は声を上げて泣き始める。アーデンは少年の頭をなでると落ち着いた声で少年に尋ねる。


「君、名前は?」


「えっと、アラン・ロータスです。」


「俺達は、ここの魔物の討伐に来たんだが、君は町の中心から来たのか?」


「う、うん。僕の家は教会の通りにあって、そこでずっと暮らしてたんだ。でもさっき家の中に急に魔物が出てきて、僕、教会に行こうとしたんだけど、教会の方も魔物でいっぱいで、必死に逃げてたらこんなとこまで来ちゃって、それで…」


ややパニック気味なアランはそれでも必死に状況を説明しようとする。それを聞いた二人は顔をしかめる。”家の中に急に魔物が出てきた。”というのはかなりまずい状況だ。外の魔物が押し寄せているのみならず。内部でも魔物が発生していることになる。この様子では、むしろ町の外縁よりも中心部の方が危険だろう。それを察したエルンがアーデンに提案する。


「クロイツさん、私の馬をこの子に預けるのはどうでしょうか?馬に彼を載せたまま外縁部に退避していた方が、中心部まで連れていくよりも安全だと思います。それに、この様子だと町の中心部では馬が邪魔になりますし、そもそも馬より私の方が速いですから。」


ノルンが乗ってきた馬は、腰に手を当てて自慢げなノルンの言葉を理解してか、やや不服そうな声を上げる。走ることが本懐の馬がいざというときに騎手に飛び降りられては当人からすれば面目が潰れるというものだろう。


「馬車の馬にサドルを付けてきて正解だったな。アラン、お姉さんが馬を貸してくれるから、こいつに従って逃げるんだ。」


アーデンはエルンに向かって頷いたあと、アランを馬に載せようと彼を持ち上げようとする。するとアランはアーデンの両腕をつかみ、震えながら言葉を吐き出す。


「ママが、ママがまだ商店街にいるんだ、お兄さんたち教会の方へ行くんだよね。そしたら、ママのことも助けてくれる?」


「ああ、約束だ。その代わり、アランもあいつらに捕まるんじゃないぞ、助かったのがママだけだったら、ママがかわいそうだからな。よしいけ!」


アーデンはアランを馬に乗せると馬を叩き走らせる。外縁部へとかけていくアランを見送ると、アーデンは急いで馬に跨またがり手綱を引く。エルンはすでに走り始めており、それを追うようにアーデンは町の中心部へ急いだ。



***



アーデンが中心部の商店街に着いたとき、そこは阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄だった。


「ぎゃあああああああぁ」


「誰かぁ!ダレカタスケt」


「あぁぁぁ~~パパ~~~~~」


「やめろ、ヤメロ――――!」



奇声を上げ逃げ惑う人、助けを乞う人、亡骸の前で泣き崩れる人、今まさに殺された人。二人の眼前には人間と同数かそれ以上の人型の魔物でひしめいており、逃げ惑う人々を無差別に襲っている。



「あ“あ”あ“あ”っー!」



エルンは半狂乱になりながら魔物達を薙ぎ払い続ける、しかし、彼女が瞬きする間に5体魔物を屠ほふってもその間に住人が数人殺され、5体以上の魔物が新たに眼前に現れた。アーデンは火球で住人に覆い被さる魔物を破壊すると飛び回るエルンに向かって声を張る。



「エルン、ここでこいつらとやりあってもジリ貧だ!お前は先に教会に向かえ。」


「ここの人達を見殺しにしろっていうんですか!」


「先にやることがあるって言ってるんだ!どのみち巫女の加護が復活しなけりゃここの住民は全滅する、境界面が裂けてから随分時間が経つのに、巫女の加護が復活してない!今の状況を考えれば巫女本人に何かあったと考えるべきだ。」



アーデンの言葉にエルンは目を見開き息を漏らす、俊敏だった動きが鈍り、遠くにいたアーデンにも彼女の動揺が伝わった。


「闇に耐え切れずに意識を失ったか、何者かに襲われたかどちらにせよまずい状況になってる、俺は巫女に顔がわからないから、お前が教会に行って状況を確認してこい!それに…」


アーデンは加熱した大剣を地面に突き刺した。すると、魔物のいる地面に次々と亀裂が入り亀裂から一斉に火柱が上がる。火柱に焼かれた魔物は炭と化し、灰となって消えた。火柱と光源として周囲の影がかき消され、一時的に魔物の再出現は収まった。


「こういうのは状況は、俺の方が向いてる。」


それを見たエルンは正気を取り戻すと肩の力が抜けたように息を吐き出す。


「すみません、熱くなり過ぎました…。外のこと、頼みますね。」


教会方面に走っていったエルンを見送りながら、アーデンは大剣を抜く。細かな火柱は止み、魔物の出現を抑えるための数か所の火柱のみが残された。火柱の熱気によって口を覆っていた住民の一人がアーデンににじり寄ると咳き込みながら怒鳴り散らす。


「熱いじゃねえかお前!それに遅い!ティージの騎士隊だろお前!いつの間にお前みたいな異端が隊に入れるようになったのか知らねえが、そんなだから加護がぶっ壊れる前に到着できなかったんじゃねえのか!」


男は今までの恐怖や理不尽の矛先をアーデンにぶつける。アーデンが他の住民に目をやると、彼のように直接非難することはないにしろ、助けられた感謝よりもこの事態に巻き込まれたことへの恨みの方が大きいように見えた。感情的な男とは対照的にアーデンは冷めた目つきで応対する。


「勘違いしているようだが、俺はティージの騎士隊じゃない。騎士隊奴らは北門で足止めを食らっていて、未だに壁内に侵入できてないんだ。だからお前の主張は検討外れだし、ここでお前らを助ける義理も俺にはない。」


それを聞くと、勢いづいていた男の顔が青白くなっていく。彼は今暗に自分が目の前の青年に切り捨てられることを告げられたのだ、この魔物がひしめく壁内で。


「だが、俺達はこの騒動の解決に来た。俺達にも助けたい人がいるんでな。この中で加護の境界面が割れた瞬間に何か見たやつはいないか。」


住民たちは顔を見合わせたり、小話をしたりしている。しばらくすると一人の女性が手を上げ、微かに震える声で証言する。


「あの、確証はないんですが、実は私加護が消える直前に教会の窓から黒い何者かが飛び出すのを見たんです。よくは見えなかったのですが、その時に何かを抱えているみたいでもしかしたらそれが巫女様だったのかも…。」


「そいつ、どっちの方向に行ったか分かるか?」


「多分、地下街の方です。」


彼女は教会と逆方向を指しながら質問に答える。アーデンは指をさされた方向を見たが、地下街というだけあってここから視認することが出来ない。


「ここの土地勘がなくてな、すまないんだが案内を頼めるか?」


女性が頷くと、先ほどの男がうろたえながら聞いてくる。


「ちょっと待ってくれ、まさかお前ここを移動するのか?お前がいなくなったらここのやつらはどうすればいいんだよ。」


「ここで死にたくないなら勝手についてこい、最もついてきたところで全員助かる保障はできないが。」


炎で一時的に魔物の出現を抑えることはできるが、そこらかしこに炎をバラまけば火災や窒息死の危険がある。移動しながら全員を守り切るのはどう考えても不可能だ。かといってもそこら中で魔物が発生しており、安全な場所はどこにもない。彼らはアーデンについていくことに決め、一行は女性の先導で地下街を進んでいった。

地下街では所々で魔物が出現し、地下街を進んでいくごとに密度を増していく。


「どんどん、魔物の数が増えてくな。ここの地下街、何か特別な闇の発生要因でもあるのか。」


アーデンの疑問に女性が答える。


「この地下街、古い礼拝堂があるんです。表向きはもう使われていないのですが、そこに出入りしている人を前に見たことがあって…。もし、地下街で巫女様をさらった連中の拠点があるとすれば、そこではないかと思うのですが。」


一行はその礼拝堂を目的地として進んでいく、地上の魔物が人間を無差別に襲っていたのに対し、地下街の魔物はその場から動かない個体が多く、まるで警備を担当している門番のような様子であったことも彼女の推測の裏付けとなっていた。


アーデンが門番の魔物を切り伏せると、一行は礼拝堂がある場所の入り口までたどり着いていた。アーデンは錠を破壊して中に入ろうとすると、奥から足音が聞こえ、聖職者の服を着た40歳ほどの見た目の男が現れる。


「おやおや、お客様は異端の方ですか。ここを引き当てるとはなかなかたいした嗅覚ですが、戦えるものが一人とは、無謀というものではないでしょうか。」


男はにこやかに言うが纏っているオーラが常人でではない。アーデンは皆を下がらせるが男が指を鳴らすと、通路に大型の魔物が二体現れ、一行の退路を塞ぐ。


「さあ、供物を捧げるとしましょうか。」


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