第五話 耳澄の聖人
「ガラティア~さっきのをもう一杯~。」
ジャックはガラティアの店のカウンターで腕をぐるぐるさせながら話し続ける。酩酊の客に慣れきっている酒場の女亭主はシェイカーを無表情で振りながら酔っぱらいをなだめる。
「まだ日も落ちてないっていうのに、そのくらいにしておきなよ。食事中に吐いたら、またノルンからの評価が下がるよ。」
「またって何だい。僕は世界でも数少ない理想的な兄だよ。ノルンの僕の評価は常にガルダの飛行高度を上回ってるよ。」
ジャックは不服を声の強さで主張する。ガルダは高高度を音速で飛行する魔物だ。その高さと速さからいろいろな売り文句に引用されるが、実際にそれを上回っているならこの上ない。
「そりゃまた大層な信頼関係だね。あの坊やの方はどうなんだい?この町は初めてなんだろついて行ってやらなくてよかったのか?」
「アーデンはあれでも二十歳の大人だよ?人との接触を避けてるから礼儀作法はからっきしだけど、知らない町であたふたするような子供じゃないさ。」
「なんだ訳アリか。それなら隣町までわざわざ連れてくることもなかっただろうに。」
「まあ、普通に過ごす分にはカンナスにいるより気楽だろうけど、図書館で誰かに話かけれたら大丈夫かな~」
「あんたさっき、子供じゃないとかいってなかったかい?大丈夫だろそのくらい。」
「アーデンって結構引っ込み思案だからな~」
ジャックは空になったグラフを手首で回しながら次の注文を考えている。夕食が済むまでこの男が席を立つことはないだろう。
「あ、ああ。」
青年の挨拶に対して、自分でも情けないほどの返事しかできなかった。思えばカンナスで口をきいていたのはラフレシア兄弟とエリーくらいのもので、赤の他人と話す機会は全くと言っていいほどなかったのだ。俺が硬直していると、察したように青年が本棚に向かいながらを話し始める。
「緊張しなくでも大丈夫ですよ。本とは元々一人で読むもの、一人の時間を求めてここを訪れる方も多いので、普段は私から話しかけることはあまりしないのですが、あなたのここに見惚れている姿を見て、つい話しかけてしまいました。」
青年の手には二冊の本がもたれている。一つは「魔物大全」、もう一つは「光の旅人」というタイトルだ。青年は二つとも俺に差し出すと、
「引き留めてしまったお詫びにあなたに合いそうな本を選びました。ここにある机は自由に使って大丈夫ですから、気が向いたら読んでみてください。」
それだけ言うと、青年はカウンターへ戻っていった。聞きたいことがあったのだが、うまく引き留めることができず、俺は本に目を落とす。夕食までにはまだ随分と時間がある。パラパラとめくってみたが、二冊とも一時間もあれば読み終わる内容だろう。俺は近くの椅子に座り、まず魔物大全を開いた。
目次を開くと、ガルダやアンジャー、ラジットといった魔物の見た目や習性が事細かに書いてある。群れの構成や巣、生息域など狩りに応用できそうな内容もいくつか見つけることができた。それにしてもあの青年、俺が魔物に興味があることに何故気づいたのだろうか、今は武装は身に着けていないし、商会に出入りしているところを見られたわけでもおそらくない。ガタイがいい自覚はあるが、力仕事ならほかにもいくらでもあるだろう。そんなことを考えながらページをパラパラとめくっていいくと。アルースラという聞いたことのない魔物のページに目が留まった。
一般的に魔物というのは獣の姿をしている。姿こそ違えど猿や狼、鷲や猪といったように同じような特徴を持つ獣が存在するのだ。しかし、アルースラは獣というよりは人間に近い風貌に見えた。挿絵では黒く靄のかかったからだに白い目という不気味な風貌であり人間との区別ははっきりつくが、人間が原型だと考えてもおかしくない見た目だった。
さらにページをめくっていくと図鑑じみたページが終わり、文章で構成された章に突入した。
『昔々、この地には神がいた。神々は無から天地を作り上げ、人間とその他大勢の生命を生み出した。神は地上に光を、人間に知恵を与えた。しかし、光当たる裏に影が生まれ、知恵あるところに悪が生まれた。影は寄せ集まり闇となり、悪は闇と混ざりあい魔となった。
これはアテナに伝わる昔話の一説である。魔物とは生物にあたる光、その影の集まりである。ゆえに光を嫌い、闇に集う。浄化される彼らは生物とは根本的に異なる生命であり、我々生物から生まれながらにして我々と常に敵対する存在であることを認識する必要がある…』
この章を要約すると、生物の影が魔物であるということで、そのあとは対処法について書かれており、加護の領域から出ないこと、加護のお守りを持ち歩くこと、痕跡を見つけたら教会に報告することなどが書かれていた。。著者を確認したが、聖都の聖職者であるらしく、この本も布教活動の一環ということらしい。
教会の息のかかった書物をこれ以上見る気にならず、俺は本を閉じるともう一方の「光の旅人」に手を伸ばした。こちらは小説で、英雄が強大な魔物を次々に打倒し、聖女と結ばれる物語だった。
『聖人たちの祈祷によって英雄の剣に光が集めれ、剣は眩い光を放ちました。バルドラが放つ冷気と光が激しくぶつかりあいます。光は冷気を押しのけバルドラの体を光が包みますが、まだ一歩バルドラに届きません。
そのとき、英雄の体が不意に光始めます。英雄は無意識のうちに剣を高く掲げ、空にむかって渾身の一振りを繰り出しました。英雄が放った一撃は暗く、厚い雲を切り裂きました。斬撃の軌跡には今まで誰も見たことがなかった青空が広がり、太陽が私たちを包み込みます。
魔力で空を覆っていたバルドラは太陽の暖かな日差しを受け少しずつ小さく、小さくなり最後には消えてしまいました。今まであたり一面に広がっていた雲は嘘のように晴れ、あたりにいた他の魔物達も太陽に光に照らされ、次々に姿を消していきます。
「これが神々が我々に残した「光」なのですね。」聖女はまぶしく光る太陽を見上げると英雄に語りかける。「あなたのおかげで、この世界は再び光を取り戻しました。ありがとう、これで皆安心して暮らすことができます。」
それを聞いた英雄は首を振って答えます。「私のおかげではありません。この世界にはまだ光があった。私やあなた、みんなの心の中に、私はそれを天に届けたにすぎません。みんなの光が世界を救ったのです。」
その後、英雄と聖女は結ばれ、暖かな日差しの下でみんな笑顔で暮らしました。』
読み終わったと同時に本を閉じた。途中の戦闘シーンは面白かったし、英雄が関わった人間の心の光を集めて旅をしていたことがラスボスを倒すことにつながったという付箋の回収は面白かったが、所々に教会の力が垣間見え、登場人物にも教会関係者が多いように思えた。
「読んでみた感想はどうですか。アーデン。」
不意に名前を呼ばれて振り向くとそこには先ほどの青年が立っていた。
「お前、なんで俺の名を…。」
困惑する俺をよそに青年は図書館の裏を指さした。
「ここではなんですから、人気のないところに移りましょうか。」
先ほどは親切そうにしていた青年の雰囲気が変わっていた。戸惑いながらを後をついていくと、長机と書きかけの資料が散乱した部屋に連れてこられた。青年はドアを閉めると机に向かって歩き出す。俺は威嚇気味に話しかける。
「色々聞きたいことがあるが、まずどうして俺の名を知ってる。自己紹介はしなかったはずだが。」
「それは、友人から聞いたのです。」
「友人?ジャックと知り合いなのか?」
先ほどは面食らったが、ジャックは俺と違って何度もこの町に来ている。この町のシンボルである図書館、その司書と面識があってもおかしい話ではない。それだと一番最初に他人のふりをしていることに違和感があるがそうであれば俺の名を知っていてもおかしくはない。
「ラフレシアさんとは知人ですが、彼からあなたの名を聞いたわけではありませんよ。あなたに人に真似できない特技があるように、私にも一つ特技がありましてね。」
ソーンと名乗ったその青年に指に窓から一羽の小鳥が留まる。ソーンが撫ででも逃げずにいる様子を見るに相当懐いているようだ。ソーンは小鳥を撫でながらこちらを向くと言い放つ。
「この子から聞いたんですよ、あなたのことを。私もあなたと同じ、異端なんです。」
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