第六話 魔物の本質

「今、俺と同じと言ったか?」


アーデンは緊張を崩さずにソーンに聞き返す、今のソーンの発言で、彼がアーデンが異端であることを認識していること、自身も異端であること、彼の能力が動物と会話ができるものであることであることは明白だった。そうなれば次に浮かんでくるのはいつから監視されていたかだ。


「いつからだ。いつから俺達を監視してた?」


アーデンの質問にソーンは微笑を返す、いつの間にかソーンの周りには数匹の鳥が飛び、壁には蟻が行列を作っている。数体のイモリが協力して部屋の窓を閉めるとソーンは壁際でイモリを撫でながら質問に答える。


「監視なんて物騒なものじゃないですよ。私には友達がたくさんいるものですから、ここ数日の出来事を、周辺の町にいた子たちに話してもらっていたのです。特にこの子から聞いたあなた方の話は実に面白かった。是非ともあなた方がこの町に着いた際に詳しくお話をお聞きしたいと思っていました。」


「それが本当なら人が悪いな、いきなり名乗りもしてないやつに名前を呼ばれて、仲良く話す気持ちになると思うか?」


「驚かせてしまったことを謝罪しますが、実際にあなたはここにきて今私の話を聞いている。今から私がすることを考えれば、これが最も効率的な方法でした。」


その言葉を聞いた途端アーデンは地面を蹴りソーンから距離を取った。彼は図書館司書で体つきは平凡だが、異端である以上何らかの戦闘能力を有していても不思議ではない。現にこの部屋に多くの動物を呼び込んでいる点でテイマーの可能性が高く、高い戦闘力を持つアーデンを個室に招いた以上、動物と会話する能力が副次的なもので実際にはもっと大きな能力を有している可能性があった。そんなことを考えていたため、アーデンはソーンの友好的に差し出された右手への対応ができなかった。


「君たちの旅に、私も同行させてほしいのです。」


警戒状態から一気に解放されたアーデンはいまだに目をパチパチとさせたまま動けない。ソーンの言葉を反芻し、状況を理解したアーデンは頭をかかえると溜息交じりでソーンに話しかける。


「お前、それを言うために今までの脅しが本当に必要だったと思っているなら、人間関係について学びなおした方がいいぞ。」


「さっきも言いましたが、私はこれがあなたにここに来てもらうための最も効果的な方法だったと今でも思っています。ここでなければならない理由は複数ありますが、


一つは、私が異端であることを隠して生活していること。能力の使用を誰かに見られるわけにも、このことに聞き耳を立てられるわけにもいきません。それを考えれば、ここは図書館関係者でもめったに人が来ない場所ですし、外は事前にこの子たちに確認してもらっていますから問題ありません。


もう一つは、ここは色々な理由を付けて壁を厚く頑丈にしてもらっています。もしあなたが錯乱して襲い掛かってきても、ここでなら周りにばれることはありません。」


「俺が異端ってわかってて言ってるならリスクが大きいんじゃないか?俺は図書館司書様に腕っぷしで負けるヤワじゃないぞ。」


「人を見た目で判断するのは、あまり賢い選択ではないですよ。そうおっしゃるのでしたら、一つ試してみましょうか。ジーナ、こちらへ」


机の上で羽を休めていた小鳥が一羽、ソーンの指に留まった。対照的にほかの動物達は我先にと窓から外に逃げていく、アーデンは彼がその小鳥で戦うのかと一瞬目を疑ったが、次の瞬間、それが間違いであったことを理解した。机に置いてあるランプから出ている光によって、今壁にはソーンがジーナと呼んだ小鳥の影が映っている。ジーナが小刻みに動くため、影もそれに合わせて動くのだがだんだんと影が濃くなるにつれ、動きが合わなくなり、周りの影を吸収して影に”厚み”が感じられるようになっていく。アーデンは危険を察知すると素早く火球を生成するが、一歩遅く完成したそれは空中に飛び出し、猛烈な突風をアーデンに向けて放った。アーデンは顔を手で覆い、踏みとどまろうとするが、あまりの風速に体がぶわっと持ち上がりそのまま壁にたたきつけられた。アーデンが態勢を立て直し前を向くと、そこには大型の鳥の魔物が大きな羽を広げ佇んでいた。


「私の専門分野は魔物の成り立ちについてでしてね。あなたに読んでもらったあの魔物大全。実は私、あの本の監修者のうちの一人なのです。後半部分の冒頭は読んでいただけたでしょうか、魔物とは生物の影、その集まりにすぎない。全くその通りでして、このように意図的に影を集めれば、巫女の加護の領域内であっても魔物の生成が叶うのです。」


アーデンは火球を生成しなおすと魔物に向かって連射した。火球は高速で魔物に着弾し、小規模な爆発を起こしたが、微かに靄が晴れただけで魔物は翼を広げたまま平然としている。アーデンは普段、大剣を触媒として炎を起こしているため、生身からの炎の生成は得意とするところでないが、それでも一、二発でラジットを屠るだけの威力はある。教会の加護の領域内のあってもソーンの作り出した魔物の耐久性は、一般的なそれを大きく上回っていた。アーデンは弱点部分を探るため火球を先ほどよりも広範囲に射出したが、魔物は先ほどと同様にすべてを受けきりなおも平然としている。


「あまり部屋を壊さないでくださいね。爆発物を無断で持ち込んでいると思われたら、大変なことになりますよ。」


「お前こそ、そいつの制御はちゃんとできているんだろうな。そいつが町に出たら、爆発物どころの話じゃないぞ。」


「この子はジーナから生成した魔物、ですからそのようなことにはなりませんよ。魔物というのは生命の影です。ですから、魔物が生まれるとき必ず型となる生命が存在する。そして、魔物は少なからず型の性質を受け継いでいるのです。ジーナは私の大切な友人、ですから私やこの研究室を壊して私に迷惑をかけるようなことはしません。そしてそれはこの子の影も同じ。あなたの火球をすべて受け止めているのがその証拠です。」


「そりゃあ安心したよ。ここで派手にやっても大丈夫ってわけだ。」


話を聞き終わる前にアーデンは次弾を掃射する。放たれた火球はすべて魔物の頭部に直撃した。生物の急所を狙ったのだ。だが、依然として攻撃が効いている兆候はない。アーデンが次の手を考えていると魔物の奥からソーンが顔をのぞかせる。


「先に仕掛けた私が言うのも何ですが、私たちが争う理由もありませんし、もう終わりにしませんか?」


ソーンの休戦の申し出にアーデンは鼻息で答える。


「俺はやられたら分だけやり返す質でな。最低限お前のその余裕顔を引きはがすまで、話し合いに応じる義理はない。」


やる気満々で体に炎を纏うアーデンに対し、ソーンは手を挙げながら溜息を返す。


「これ以上を続けるようなら、傷が増えることになると思いますが。」


初撃の風圧以降防御に徹していた魔物がソーンの合図に反応し再度突風を飛ばす、アーデンはジャンプでこれを躱すとソーンが狙える位置に回り込んだ。ボディーガードではなく、直接本体を狙うことにしたのだ。アーデンが火球を発射するよりも早く、魔物はソーンとアーデンの間に割って入り火球をすべてガードする。死角から放ったカーブもソーンを翼で覆うことでうまくガード仕切り、アーデンに向けて再度突風を起こす。同様のやり取りが数回続いたが、どちらも有効打を与えることが出来ず、アーデンは床に着地した。


“あなたの火球をすべて受け止めているのがその証拠です”


ふと、アーデンの頭にソーンの言葉がよみがえる。あの魔物はソーンや部屋の被害を抑えるように立ち回っている。であればあのボディーガードをソーンから引きはがすことは恐らく可能だ。未だアーデンは魔物がそのような行動をとることに半信半疑だったが、手段を選んでいる場合ではなかった。


アーデンは魔物に着弾地点がわかるように火球を溜めると、魔物はそれを見て空中に飛び出した。アーデンは魔物やソーンではなく、部屋の角を狙ったのだ。そのまま火球を発射すると魔物はそれを追うように壁に向かってジャンプする火球は魔物に直撃するが、今までのような小規模な爆発ではなく大量の煙を生じ魔物の視界を遮った。魔物は反射的にソーンの前に戻ろうとするが、無数の火球が飛びそれが魔物の判断を鈍らせる。角に魔物を追いやりながらアーデンはソーンに向かって全力で走る、ソーンは焦りの表情を見せないが、懐に入ればアーデンの勝ちなのは間違いない。彼の魔物の生成能力とテイム技術は評価に値するが、彼自身が戦闘に秀でているわけではない。アーデンはソーンの懐に潜り込むと一発叩き込むべく右手を強く握った。アーデンがそのままアッパーカットを決めようとしたところ、すんでのところで魔物がアーデンに馬乗りになりアーデンを押さえつける。アーデンは仰向けで抵抗するが、がっちりと足の爪で押さえつけられ身動きができない。


「これ以上暴れられても面倒ですから、少し頭を冷やしてもらいしょうか。」


ソーンの号令に合わせて魔物はブレスを溜め始める。この至近距離ではよけきれず、アーデンの意識は飛ぶだろう。しかし、アーデンは魔物が開いた口に手を突っ込むと溜められていたブレスが消え、魔物の口内に光が満ちる。


「待ってたぜ、魔物の体内なら遠慮なくぶっ飛ばしても問題ねーよな!」


「まずい、アーデンの意識を早く奪え!」


アーデンは初めて見せたソーンの焦りの表情を視界の端で捉えると満足そうに笑った。アーデンの本気の爆撃は魔物の上半身を風船のように割り、残った下半身は形を保てずに霧散した。アーデンは埃を払いながら立ち上がると口角を上げながらソーンに近づく。


「これでようやく握手ができるな。」


ソーンは対照的に呆れた顔で溜息をしながら握手に応じる。


「想像以上に厄介な方ですね、あなたは。」




「そういえば何の話だっけか」


握手を終えた後、場が静まって頭も冷えてくるといくつかの疑問がわいてきた。戦闘に集中していたせいか、戦闘前の会話内容が思い出せないのだ。もっと言えばなぜ戦っていたかもよく覚えていない。魔物の靄は晴らしたが、代わりに記憶に靄がかかってしまっている。そんな俺を見るとソーンはもう一度大きなため息をしながら質問に答える。


「仲間に入れてくれって話ですよ。ついでに私の戦闘能力を見せただけなのに、本筋を忘れないでください。」


「そういえばそうだったな。じゃあ聞きたいんだが、なんで旅に加わる?お前はここの司書だろ、社会的に迫害を受けてるわけでもないし、人前で魔物の生成でもしない限り異端とすぐわかるような能力でもない。俺達の旅に加わったら司書の立場は保証できないぞ。」


「あなたに渡した二冊の本、どんな感想をお持ちになりましたか?」


二冊の本、「魔物大全」と「光の旅人」についてだ。どちらも面白い内容はあったが、節々から教会の力を感じるものだった。


「今本を広く売ろうとすると、必ず教会の検閲が入ります。だから、本が教会の都合のいい内容であれば検閲が通り本を売ることができます。しかし、都合の悪い部分が含まれていると、修正を求められたり、差し止めを命じられたりするのです。


この本達はもっと素晴らしいものになるはずだったんです。魔物大全については先ほど言いましたが、光の旅人は私の友人が書いたものなのですが、彼の考えた原稿には、ラストシーンの教会の聖人は出てこないんですそれに、主人公は金髪の教会の英雄ではなく、地方の出の異端の英雄でした。


作者があの作品の通じて伝えたかったのは、みんなの心の中には光があること、そしてそれが集まれば強い力を発揮するというメッセージです。しかし、教会にとっての光とは巫女や聖人の加護であり、力は教会が持つべきという考えで異端の英雄が主人公など言語道断でした。結局、大幅な修正を行って販売こそ認められたのですが、彼は小説家の仕事を続けられず家業を手伝って生活しています。


教会の傲慢をこのまま黙って耐えることはもちろんできます。今まで私はそうしてきました。ですが、オーリーにあなた達に話を聞いて今がチャンスだと思ったのです。各地に散らばる異端の英雄達が集えば、彼の物語のようにきっと大きな力になる。まだ具体的なビジョンはありませんが、あなたがここに今日訪れたのは、私の人生の大きな転換点になる、運命だと私は思うのです。」


俺たちの旅の目的が現状認識を変えることだったのに対し、ソーンの目的は教会から表現の自由と取り返すことらしい。どちらも教会の力に抵抗しそれを改めさせる行為であり難易度の高さを再認識させられる。


「私は君達の目標に協力する、私自身にも利があることだし、私の目的にも通づるものがあるからね。そのために私の能力を最大限使うことを約束しよう。その代わり。」


ソーンは改めて手を伸ばすと熱い視線を向け語る。


「私も望みのために、君たちの力を貸してほしい。」

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