第四話 フュリス

「ふ~ん。それは何とも、面白そうな連中だね。」


図書館の窓際で薄水色の髪の青年が誰かと談笑している。相手はいつの間にか立ち去り青年は一人外を眺める。


「そろそろ出ようか。」


青年は窓を閉めると部屋から出ていき、辺りには書きかけの資料と積みあがった本だけが残された。




「いや~いい天気だねぇ。」


荷馬車の御者席から景色を眺めるジャックは見るからに上機嫌だ。見送りの際のエリーの笑みに違和感を感じていたので何があったのか彼にと問いただしたのだが、ジャックは「予想通り、笑顔で受け取ってくれたよ。やっぱり彼女いい人だよね。」などと言っていたためおそらくエリーの苦笑いには気づいていないのだろう。


少なくとも、彼女があの得体のしれない瓶の山を受け取ってくれたことは確かで、その点は俺たちにとってはいいことなのだろう。だだ、彼女の安心のために試飲くらいは名乗り出るべきだったかもしれない。


「そういえばジャック。因子増強剤のレシピなんてどこから仕入れてきたんだ?」


「仕入れたんじゃないよアーデン。僕のオリジナルさ。魔物の体晶が神の因子と共鳴することを偶然発見してね。力の増強に使えるんじゃないかと思ったんだよ。ただ魔物の素材を体に取り入れるなんてリスクが大きいからね、負荷の少ない種や緩和方法については随分悩んだよ。」


「オリジナルなら誰かに試してもらったのか?お前の試薬の治験なんて俺でも御免だぞ。」


ジャックは商会の支店長ゆえに経営や営業も行うが、もともとこいつは生粋の科学者だ。マッドサイエンティストと言って差し支えない。どこからそんなアイディアが浮かんでくるのか不思議に思うほどの実験を繰り返し、とんでもないものを度々作ってくる。俺の耐熱大剣と鞘もこいつの研究成果の一つで俺の神の力を生かせるように設計されている。剣が切れ味を保ったまま発火した際にはさすがに驚いた。


そんなこともあり、ジャックの発明品が優れているのは認めているのだが、薬となると話が変わってくる。こいつの専門分野は魔物であり、発明品の原材料は十中八九魔物の素材だ。この世界では魔物の肉を食す文化はない。肉を食べるの文化自体はあるが、市場に出回るのは家畜で牛や鳥のものが一般的だ。実際に飯に困って焼いてみたことがあったが、あぶった時点でボロボロに崩れてしまい食べることができなかった。


家畜ではありえない現象であり、魔物がただの動物ではないのは間違いない。そんなものを体に入れるというのはさすがに気が引ける。


「この世には怖いもの知らずな人間だっているってことだよ、言い方を変えれば勇敢ってやつだね。」


もう加護の領域外に出ているはずだが、日中なこともあり魔物の気配はない。それを察してかジャックが話を続ける。


「この調子だと昼頃にはフリュスにつきそうだね。あっちについたらまず支店によって荷下ろしをする。僕はそのあとガラティアに話があるから、やりたいことがあったら自由にしてくれてかまわないよ。」


「そのガラティアってのは誰だ?」


俺の問いかけに今まで静かにしていた顔を上げながらエルンが答える。


「フュリス支店の支店長の方です。魔物の取り扱いのほかにも大きな酒場の経営をしているので広い情報網を持っている方です。それと…。」


エルンはそこで話を区切ると俺に手招きをする。俺は近寄って顔を近づけると、エルンは小声で続ける。


「お兄様と同じ雰囲気の方です。」


ジャックと同じ雰囲気っというと明るくておしゃべりということだろうか。だがあえてジャックに聞こえないように言ったということは…。


「もしかして、人の心情を読み取らないタイプの人間か?」


俺の問いかけに、エルンは無言でうなづいた。




それからハプニングもなくフュリスにつくと、ジャックはまっすぐ商会へ向かった。ジャックは頻繁にここにきているようで、ついてすぐに従業員達に指示をだしてテキパキと作業を進めていく、作業の終わりごろにガレージの奥から人影が現れた。


「今回は早いんだな。何かいいもんでもみつかったのかい?」


黒色の長髪の女性が微笑みながらジャックに語り掛ける。ジャックと同じくらいの長身だ。大人びた印象で事前に聞いていたような破天荒には見えない。


「久しぶりガラティア。今回はここで往復じゃなくてね。聖都まで行く予定なんだ。フュリスへの滞在も今日一日だけの予定だよ。」


「それは残念、でも聖都まで行くなら路銀替わりが必要じゃないか?いい商品があるんだが見ていかないかい。」


二人とも互いの話を聞いているような聞いていないような。言いたいことを言っているだけなのになぜか会話が続いている。長くなりそうなので俺は聞くのをやめて散策に出ることにした。いつの間にかエルンもいなくなっている。用事があると言っていたので済ませに行ったのだろう。


店を出ようとするとジャックに呼び止められた。


「町を散策するなら、中心部の大通りにある図書館がおすすめだよ。がらじゃないかもしれないけどこの町のシンボルみたいなものでね。あと、食事までには戻ってきてくれ。」


俺は背を向けながら手を振ると商会を出て行った。向かって右に教会が見えた。初めてくる町だが、巫女のことを考えればあそこが町の中心で間違いないだろう。まず大通りに出るべく教会に向かって歩きはじめた。


カンナスで大通りなど歩こうものなら冷たい視線を感じながら歩くことになったのだが、ここへは初めて来た上、装備をすべて外してきたので、俺が異端であることがばれることはまずないだろう。力を使わなければ異端は一般人と区別がつかない。一般人にも黒髪は多いし、他に特徴的な差異が現れるわけではないからだ。


また何事もなかったように大通りにでると、すぐに図書館を見つけた。4軒先の教会よりも目立っており、大通りに面した建物の中では一番大きい建物だった。白く塗られた外壁と仰々しい柱は荘厳というにふさわしい。


「これはなるほどだな。」


俺はその外観に圧倒されながらも階段を昇り中へ入った。そとの石の扉も重厚感があったが、入り口のドアも丁寧に模様が彫られており、格式を感じる。ドアノブに手をかけ中に入ると、カンナスの教会が6つは入りそうな広さの壁にびっしりと本が並べてある。中は吹き抜けになっており、天窓から太陽の暖かな光が室内全体に届いていた。


「驚いてますね。すごいでしょうここの図書館は」


急に声を掛けられ、反射で声の方向を振り返ると、そこには薄水色の髪と眼鏡をかけた青年が数冊の本を抱えて立っていた。見た目はジャックに似ているが、物静かで落ち着いた雰囲気はジャックのそれとは似ても似つかないものだった。青年は俺がただ黙っているのを見ると、


「失礼、驚かせてしまったようですね。私はソーン・マンジュここで研究員をしているものです。」

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