第三話 出発

「さすがに夜は冷えますね…」


エルンがアンジャーの載った荷車を引っ張りながら言う。流石に大猿の一体の重量を引いたまま行きのように飛ばすのは難しいらしく、戦闘の疲れもあって帰りはゆっくりだった。


行きは10分程度だったが、アンジャーを荷台に乗せてからからかれこれ30分ほどたっているが未だに森の出口が見えてこない。森の暗闇が肌に触れる度に体温が奪われ、吐く息が白くなっていく。


戦闘と行きの猛ダッシュで温まっていたノルンの肌も赤みを失い始めている。


「これ持ってろ、近づけすぎるなよ。」


後ろから荷車を押していたアーデンは小枝を拾い上げると、火を灯しエルンに差し出す。炎を手にしたエルンは徐々に赤みを取り戻していく、夜風を受けなびく銀髪にそれが伝わり、ひと時の幻影を作り出す。


「そんなに注意しなくても、やけどなんてしませんよ?」


「ええっと、そうだよな…。」


アーデンはエルンの声で現実に引き戻されると、静かに荷車を押しに後ろに戻る。


この世界に髪を金色に染める染料は存在しない。というより、髪を染める行為自体が禁忌であり髪用の染料自体が生産されていなし、たとえあったとしても田舎町に出回るものではない。


アーデンが金髪の姿のエルンのについて思考を巡らせているうちに、二人は商会にたどり着いた。




「エル~ン~遅いよ心配したよ。大丈夫かい?ケガはないかい?何かあったんじゃないかと心配で心配で…」


ジャックはエルンがドアを開けるなり早口でまくし立てる。


「お兄様、私は大丈夫ですので解体をお願いします。」


「本当に良かった。寒かっただろう、風呂を沸かしてあるから入ってきなさい。」


「あの…」


ジャックは困惑するエルンを店裏に押し込めると、ほっと一息ついた。俺と視線が合うとジャックはバツが悪そうに髪を掻いた。


「友人に対する気遣いはなしかシスコン。」


「いやあ、悪かったね。お疲れ様。二人にケガがなくてよかったよ。事前情報では特殊個体って話だったからちょっと不安だったけど流石の腕だね。」


「エルンがいなかったら危なかったけどな。肋骨の数本は持ってかれるところだった。」


「そうか、、エルンがついていくって言ったときは身内びいきで反対したけど、結果的に連れて行ってよかったみたいだね。」


俺達の雑談中に作業場に死体が運び込まれ、従業員達がアンジャーの解体をしていく。何度か見ているが見事な手際だ。


「体晶は取れそうかい?」


「はい、規模の大きいものがすでにいくつか見つかっています。情報通りの個体で間違いないかと。」


ジャックは死体に近づきながら従業員に話しかける。魔物は年を経るごとに体組織が洗練されていき、老齢の個体からはより発達した器官が採取できる。老齢と言ってもやつらに年を経るごとに強くなる傾向があるらしく、貴重な器官の採取にはそれ相応の力が必要になる。


「時間が惜しいからね。今日中に仕上げる。アーデン、明日にはできてると思うから今日はもう休んで、また明日来てくれ。」


「ああ、無理するなよ。」


「大事な友人と妹が無理したんだ、僕も少しは頑張らないとね。」


俺は商会を後に帰路に就いた。生まれ育ったこの町を出る。その時が刻一刻と近づいてくる。不安ではあるが、不思議と足取りは軽かった。




次の日の朝、商会にアーデンがついたころには二人はとっくに積み込みの準備を終えていた。


「おはようアーデン。もうしばらくして来なかったら、呼びに行こうと思ってたところだよ。」


荷馬車から降りてきたジャックは例の瓶を数本アーデンに手渡した。


「エリーの分はいいのか。」


「十二分にあるよ。それに長旅になるんだ、君にだって奥の手の一つくらいは必要だろ?」


ジャックは荷台の方を親指で指すと自分は前方に乗り込む。アーデンは後ろの荷台に乗り込むと荷物に囲まれうずくまっているエルンを見つけた。髪を隠すためか、フード付きの上着を羽織っている。


「お前は残ってもいいんだぞ。」


「あなたが行くなら、私も同行します。それにフュリスには個人的な用もありますから。」


「僕も止めたんだけどねぇ。こんなに頑固に育てたつもりはないんだけどなぁ~」


いつもより顔が膨らんでいるエルンをよそにジャックは小刻み頭を揺らしている。フュリスはカンナスから聖都に行くまでにある隣町だ。ジャックはフュリスにある商会の支部に資材を運ぶという名目でアーデン達を連れていくということになっている。


しばらくすると町の中心についた。すぐに町を出ないのは、エリーに通行証を発行してもらうのだ。通行証は各町を移動するための申請書であるとともに、加護の力を持つお守りとして機能する。今回はアーデンが随行するため必要性は薄いが、どのみち検問で必要になる。


もちろん、例の瓶をエリーに渡す目的も彼らにはあった。教会に入るといつものようにエリーが出迎える。


「ようこそいらっしゃいました。ラフレシアさん、今日はどのようなご用件ですか?」


「たまには名前で呼んでもいいんだよ。マグノリアさん。今日は通行証を発行してほしいんだ。聖都までなんだけど頼めるかい?」


「申し訳ありません、ジャックさん。聖都に行くにはここからだとティージで通行証を発行する必要がありまして、ティージまでの通行証なら可能ですが、どうなさいますか?」


ティージは聖都の南にある大都市だ。アテナの南側の物流の要所で重要な施設も多い。聖都への人口の流入を防ぐためか、聖都へ入るためには、その前のティージでの許可が必要ということらしい。


「じゃあティージまでのをお願いするよ。あとそれから今回の運送なんだが、アーデンを連れていくことになってね。」


アーデンの名が出るとにエリーの笑みが薄れた。急に彼にいなくなられてはさしもの彼女も困る。彼女の表情の変化を読み取ったジャックは口角を上げるとおもむろに瓶の入った袋を取り出す。


「でも、そのお詫びとしてこんなものを用意したんだ。」


「あの、これは?」


エリーは不思議そうに瓶の入った赤い液体を眺める。


「これはうちの商会で開発した因子増強剤。これを飲めば神の因子に由来する能力をブーストすることができる。これは一瓶で10日もつタイプだね。」


「ジャックさん、疑っているわけではないんですが、本当に…大丈夫ですか?」


エリーは当然に薬の効果や副作用などの危険性について考えているのだが、そんな心配はをよそにジャックは自信満々に言い放つ。


「大丈夫だともエリー!ミントが苦手な君でも飲みやすいものでも飲みやすいように、カシスのフレーバーを利かせている!」


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