第二話 金剛の英雄

「店で待ってても良かったんだぞ。いつもみたいに俺が討伐した後に運搬してくれれば。」


荷車を引きながら走るエルンに向かってアーデンは言った。ちなみに彼はエルンの引いている荷車の荷台に乗っている。エルンは青年一人を載せた大型の荷車を引きながら、かれこれ10分以上走っているが全く息が上がっていない。この状態を見ればエルンがただの人間ではないことは、だれの目にも明らかだろう。


「…隠し事をするなら、お兄様はもっと声量を落として喋るべきです。」


エルンは二人の会話をしっかりと聞いていたのだ。これからアーデンが聖都に行くことも、それが自分のためであることも。そして、教会の総本山である聖都が決して異端の英雄に優しくないことも知っている。だからジャックの反対を押し切って、今彼女はここにいる。


「すみません。少しの間車を押して頂けますか?」


エルンの要請に、流石に疲れてきたのかと思ったが、車を止めるなり武器を待ちあげた彼女を見て状況を察した。数体のラジットがこちらに向かってきているのだ。


「俺がやるぞ?」


「いいえ、すぐ済みますので。」


直後、お手製のハンマーが火を噴くのと同時に、向かってきたラジット二体がミンチになった。それを見た残りのラジット達は鳴き声を上げて逃げ去っていく。


「どうやら夜目が利くみたいだな」


もう既に日が沈んているので、町外れの森は暗闇に包まれている。神の因子を持つアーデンでも魔物の接近に気づくのには時間がかかる。


「ええ、私はあなたのように特殊な能力が使えるわけではないですが、その分身体機能が高いんです。瞬発力、持久力、耐久力、五感の鋭さ、どれをとってもクロイツ様より優れていると思いますよ。」


「…それは、頼もしいな。」


アーデンは聖火を操るが、あんなにも速くは動けない。今までちょっとした力持ちが友人の妹が自分よりも優れた英雄の片鱗を見せつけられたようで、アーデンは自分のプライドにひびが入っていくのを感じた。


「アンジャーの討伐でも、お役に立つと思います。見えてきましたよ。」


周辺にはアンジャーのものと思われる足跡が残っている。アーデンは大剣を担ぎなおし立ち上がった。エルンにはすでに見えていたようで緊張感が声に乗っていたが、近づくにつれて、アーデンにもうっすらとだが大きな黒い影が見えた。


「さっさと片づけるぞ。」


アーデンが大剣に力を籠めると呼応するように刀身が赤みを増していく。やがって赤みは炎を発し辺りを照らしだす、光に反応するようにアンジャーがその巨体を二人に向けると、炎の斬撃が目の前に飛んでくるのが見えた。


アンジャーの顔面で爆発を起こしたそれは間髪入れずに繰り出され、大猿の体がみるみるうちに火に包まれ、八発撃ち込まれだとき、ついに悲鳴を上げて大猿は倒れた。


「まさかこれ、丸々持っていくのか?」


アーデンは刀身を鞘に戻しながら倒れたアンジャーに近寄っていく。


「こんなに簡単に倒すとは思ってませんでした。」


自分も討伐に加わる気だったエルンは驚きながらも少し納得がいかない様子だった。


「このあたりに住んでいるアンジャーは普通のものより体格の大きい特殊個体だったはずなんですが…。」


「完全に不意打ちでやり切ったからな。さすがに死んでると思うが…。」


アーデンがアンジャーの死体に目をやると、微かに目が動いた気が…。


グァーーーーン。アーデンは咄嗟に身をよじり背中に背負った大剣で、地面から突如現れた大猿の拳をガードした。大猿が倒れた際に地面に埋まっていたのだ。


鞘の破片が飛びアーデンは空中に放りだされる。体勢を立て直した大猿はもう片方の拳で追い打ちをかける。この打撃自体を防ぐのは難しいことではない。しかし地面向けて放たれているこれをガードすれば、アーデンは地面にたたきつけられる。アーデンの脳裏に、たたきつけられた際の衝撃が浮かび上がる。このまま受ければ重傷は免れない。アーデンはできるだけ着地時の衝撃を受け流せるように、剣を構えなおそうとした。


だが、大猿の一撃はアーデンの左にずれ宙を空振った。エルンが横槍を入れ、大猿を押し出したのだ。大猿はエルンをとらえようとするが、攻撃を感知できても攻撃を主はすでにそこにはいない。エルンはハンマーを回転させながら両足の自由を奪うと、大猿は地面に四つん這いで倒れた。大猿はエルンのいた場所を力任せに払うが、砂埃を立てるばかりでまたしてもそこには誰もいない。


「待たせたな、今度はしっかり寝かしつけてやる。」


代わりに頭上に声と灼熱を感じると、爆音とともに大猿の意識はそこで途切れた。




「今度こそ、討伐完了ですね。」


エルンは大猿の死体を引っ張って荷車に載せようとしている。俺は壊れた鞘に大剣を納め荷車に載せた。


「悪い、助かったよ。」


エルンが横槍を入れなければ、俺は死んでいたかもしれない。油断をしていたわけでないが、魔物の死んだふりに騙されて死んだなんて言ったら笑い話にもならない。


「いえいえ、お役に立てたようで何よりです。それに、兄の依頼であなたが命を落としたなんて言ったら、兄がどんな顔をするか。私たちは望まれない命ですが、家族には笑っていてほしいですから。」


そう言ったエルンは安堵の表情を浮かべていた。そんな彼女の様子を見て、ジャックから聞いていた時からの疑問が想起された。


「お前が異端だってこと、どのくらいの人が知ってるんだ?」


「兄が気を使っていますから、直接見聞きした方は商会の数人だけです。しかし、どこに漏れているかは、私にもわかりません。ばれた分だけ損する事実ですし、私以外にも秘密にしている方は多いと思いますよ。」


そういったエルンはどこか寂しような表情で町の方向を見ている。兄のような金髪であれば、彼女の今は変わっていたかもしれない。俺は彼女が魔物の運搬以外で外に出るのを見たことがない。ジャックが神経質になっていることもあるが、やはり怖いのだろう。


自分と同じような境遇の人間が異端であることを隠して生活している。持っている力があるのに、権威から嫌われているというだけでその力を発揮できずに日々怯えて生きている。それが正しいなんてことが本当にあるのか。


俺は自分の中のわだかまりと向き合いながらエリンに語り掛けた。


「エルン、正直俺は、ジャックの計画に乗る気じゃなかった。友人の頼みだからってだけで現実味がないし、今のままでも俺はいいと思ってたから。」


エルンは静かに続きを待っている。


「でも、今のままじゃダメだ。異端ってだけで本来の自分を隠して、怯えて生きるのは正しいことじゃない。俺達が胸張って生きるためにできることがあるなら、俺はなんだってする。」


夕日が沈んだ方向、聖都フロイズを見つめて俺は誓った。


「俺は聖都に行く。」

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